Itinerary: 5日目 その22
時宗が触れた瞬間、装置は身震いした。石の光が夜空を貫いて伸びていく。
出てきたキーボードに、時宗は名前を打ち込んでいった。
『起動権限者の姓名を入力してください』
ナンジョウ トキムネ
『初期開発権限者の姓名を入力してください』
コンノ タクト
『結晶体所有者の姓名を入力してください』
ナンジョウ トキムネ
ぶぅん、と装置内部の何かが回転を始めた。操作盤に指を伸ばす。
「結晶体エネルギー入力値1%、出力値1%」
「1%?!」
横にいたマキが驚いた声を出す。だが時宗は構わず数字を絞っていった。はっきり言って、1%でも人々の安全は保証しきれない。
「よかったな、起動できなくて。50%になってたから、そのまま動かせば、間違いなくあんたは未曾有の大災害を引き起こしていた」
「……」
絶句するマキを尻目に、時宗は並んでいる数字を確認した。
ざわざわしていた群集が、ぴたりと静かになる。深呼吸をして、時宗は石に手を置いた。
ヒトとイシを分けて。どうか。お互いが自由であるように。
キィィィィィンと回転が上がる。自分の手の代わりにパーツの一部、装置下で地面に刺さっている探知棒に、エネルギーが満ちるのを感じる。
ドン!と地面が揺れた。
人々が、弾かれたようにひっくり返った。姿勢を正す間もなく、ほとんどの人間が腹を押さえてうずくまり、咳き込み始める。中には吐く者もいて、スタンドとトラックは一瞬で苦しみの空間と化した。横のマキや代表者たちも倒れ、丸くなって痛みに耐えている。
驚いた弥二郎たちが駆け寄ってきたが、時宗は手でそれを制し、よく通る声で群集に呼びかけた。
「心配はいらない。全員の体の内部に蓄積した大きめの結晶を砕いた。エネルギーも全部放出させたから、数日中に、晶石の粒子とそれに付着した有害な薬物は体外に排出される」
のろのろと動きながら、群集が時宗を見る。
「今のって……」
「いきなり本格的にこれを稼働させたら、今の数十倍の衝撃が体に当たることになる。だから、先に体内の晶石を無害化させただけだ。落ち着いて、体調がすぐれない者は今すぐこの場を離脱し、麓の病院へ向かうこと」
冷静な時宗の声に、代表者たちが身を起こした。一か八か、荒療治は成功したようだ。スタンドの方からも、ほっとしたようなざわめきが起こる。
「なんか、確かに楽になった気がする」
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫だ……ていうか、なんでオレら、こんな必死で集まってたんだろ」
「ストライキやるって言われたから」
「あれ? おれはイベントあるからって」
「めっちゃ疲れて眠いから帰って寝てもいいだろか」
口々に言う情報はどれもバラバラだった。動き方も、さっきまでとは打って変わって統一感がない。
「帰りたい者は帰ってよく眠ること。明日の心配はしなくていい」
意識して明るく言うと、人々は好き勝手に動き始めた。帰る者、見物がてらベンチに寝転がる者、ポケットから何か出して食べ始める者。飲み物を調達しに移動する者。まだ具合が悪い者には、周囲が手を貸して一緒に移動して行く。
マキに言う。
「よく見ておくんだな。自分の意志を押し付けてコントロールしたところで、物事が思い通りになるわけじゃない。この山を生かすのは、人の意志じゃない。自由に生き、動き回ろうとする命のエネルギーこそが、石にとって大切なもの」
操作盤の目盛りを30%まで動かすと、受け継いだ石に再び手を置く。
機械の回転が上がっていく。さっきより大きな回転音に、人々が怯えたように身を縮める。時宗は山全体に呼びかけた。
今、どこにいるの? この山はきみの場所。ぼくの場所。おしえて。きみを、さがしに、いくから。
空気がチリチリ鳴り出す。装置が揺れる。同時に地面も揺れ始める。山の底深くに向かって、時宗は意識を集中する。注射針のように。鋭く、深く!
答えた!
稲妻のように石の応答が上がってきた。だが弱い。それが装置内部を駆け抜け、バッテリー・カートリッジを淡い光で満たし、パネルに向かって流れていく。
ぶわんとパネルがたわんだ。その上に、山の立体映像が浮かび上がる。山頂は見上げなければならないほど上へ。そして地面の遥か下から、青い光の筋が伸びる。伸びて、伸びて、山の内部の鉱脈地図になっていく。
石から手を離して、時宗は立体地図を眺めた。
「すげぇ。オレなんか絶対こんなのできね」
隣にいた海斗が、地図を見て呟く。
「ここ、この光が溜まってるとこが、選鉱場だな。その横が安定加工施設」
弥二郎が地図を指さすと、代表者たちが一緒にのぞきこんだ。呆然としているマキをおいて、人々も寄ってくる。
「え、選鉱場がここってことは、鉱脈の本筋は第三坑道より下じゃねぇか?」
「ほんとだ。やばいな。放出部分がもう坑道のどこにもねぇ」
「新しい坑道をもっと麓から掘らない限り、無理だ」
自分たちが思っていた以上に危機的な山の様子に、帰りかけていた人々もグラウンドに降りてきていた。
「麓の岩盤はすごい硬いぞ。こんなの、おれたちだけじゃ……」
「資金とかどうすんだ?」
「どうもならんだろ」
ガヤガヤ騒ぐ採掘人たちは、立体地図を取り囲んで夢中になっていた。
「資金は……この機械を担保に借りられるはずだ」
マキが言うと、人々が一斉にそちらを向く。
「資金は俺が調達する。みんな、自主採掘権を取ろうと言ったじゃないか」
その提案に賛成する者、反対する者。
本来、こうした議論こそが必要だったのだ。だがマキは唇を噛みしめ、反対する者を睨みつけた。
「俺がなんとかする! だから」
「でも鉱脈は、これ見る限り深すぎる。どれだけの金が必要になるか、わかんない状況でしょうよ」
しばらく人々を観察しながら気力を回復させていた時宗は、息を吸うと声を出した。
「全員、パネルから離れてください。まだ俺にはやるべきことがある。離れて! 危険ですから、座ってください」
なんだなんだ。これ以上、何があるんだ。好奇の視線を時宗に向けながら、言われた通りに座った人々に、時宗は呼びかけた。
「皆さん。自己紹介をさせてください」
ニッコリ笑ってみせる。
「僕の名前は南条時宗と申します。本日、僕は祖父、南条時政からこの石と共に、当主としてのすべての権限を受け継ぎました。
皆様ご存知の通り、南条家は、本鉱山における結晶体鉱脈を僕の曾祖父が発見したことから始まりました。晶石発見及び採掘にとって最も重要なものは、人間にとっても晶石にとっても平穏な環境です。南条家は、その環境を維持するために、常に人々の生活向上に努めてまいりました。
……しかし不幸にも僕の父、南条義時は、僕の祖父、南条時政から実権を奪い取った。南条家にとって、本社を始めとするグループ企業の経営は鉱山経営を安定化させるための付随的なものに過ぎない。しかし父は、そちらをこそ本体であると、見誤った。結果は御覧の通りです。
本来、南条家の当主は、この石を受け継ぐ能力を持つ者が就任することになっています。この石。本鉱山の鉱脈を読み取る上で、最も重要な石です。この石は曾祖父が最初に鉱脈を見つけた折に持ち帰り研磨したものです。
僕はかつて、この鉱山を遊び場として育ちました。山の恵みの中で、僕は晶石に様々なことを教えられた。生きるとはどういうことか。人間とはどういうものか。今なお、僕は晶石と心通わせることに喜びを覚えます。
皆様。どうか、諦めないでいただきたい。人間が己の意志で生きようとする限り、晶石は私たちのために、心を開いてくれる。僕はこの鉱山の環境を立て直し、働くことに意義と誇りを持てる場所にするよう、全力を尽くします」
返事を聞かず、時宗は操作盤に触った。三度目の正直だ。出力を一気に80%まで上げると、石に手を置く。さっきの起動でわかったことが確かなら、この装置と自分の能力を合わせることで、世界の誰もできなかったことを成し遂げられる可能性がある。
自分の能力のすべて、そして生命エネルギーのすべてを賭けて、やってみる価値はある。
「海斗。弥二郎。俺に何かあったら、とりあえず後は頼む」
「やだよ。自分でやれ」
間髪入れずに戻ってきた弥二郎の声に、思わず見返す。目を細めた弥二郎が、微笑んでいた。
「お前はこんなところで終わる奴じゃないだろが」
海斗と敬樹も笑っていた。
そうだ。俺はここで終わるわけにはいかない。家族と一緒に……そして懐かしい山と、母の思い出と共に、俺は、生きていく。
深く息を吸い、時宗は、この山を蘇らせるための力を、脳の奥底から呼び起こした。




