Itinerary: 5日目 その16
警察との連携、立て籠もっていた連中の搬送など、すべての手筈を整えると、時宗はゲストハウスを出た。義時と時頼、それに野崎は一度警察に引き渡すことにして、飛行艇でトウキョウに運ぶべく、鉱山中央まで護送車両で連行するよう指示を出す。
飛行艇は、麓の病院へ女性たちの搬送を終えて、現在は中央で次の搬送の準備中であるという報告は来ていた。
ゲストハウスの入口で、義時たちはわめいていた。犯罪者扱いで護送車両にブチ込まれるのが我慢ならないらしい。
「病院に連れていけ! 時宗! 私は当主だぞ」
「なんでこんな車に乗らなきゃいけないんだよ!」
「なんだ? 窓の鉄格子が気に食わないのか? 刑務所でずっと見なきゃならないんだから、今から慣れておけ」
往生際が悪い。せめて全員の前で潔く謝るぐらいのことはしろよ。もう怒りを通り越して、バカバカしくなってくる。一族の時宗と弥二郎だけでなく、警備部隊にまで親子が馬鹿にされているのを感じ取ったか、野崎はむっつりと黙りこくったままだ。親子より、よっぽど賢い。
帰ったら情報チップの分析も終わらせ、報告書を完成させて、警察と検察に提出しないとな。横領に背任、監禁、暴行、強要……その他、数え切れない法令違反。今の時宗をもってすれば、二人を刑務所に入れる理由はいくらでも出せる。
護送車両を送り出してから、一同が徒歩で中央の道へ戻ると、辺りの雰囲気は一変していた。
座り込みをしていた連中が、興奮して騒いでいる。マキと三好、それにゲストハウスに監禁されていた者たちは、まるで英雄のように讃えられ、もみくちゃにされている最中だった。
「マキさん! マキさん!」
山に轟く名前に、マキが酔ったように手を振る。
俺たちの救世主が、虐げられていた仲間を救って連れ戻してくれた。そんな感じだ。人々の顔は狂ったように輝いている。高く上げた拳が振り回され、手が打ち鳴らされ、喧騒の中で互いの声など聞こえない。
爆発するような騒ぎの隅で、敬樹と海斗が怯えた顔をした。弥二郎が唇を引き結んで警備部隊員と話し始める。
泳がせていたのが裏目に出たな。
時宗は舌打ちしそうになった。
「ヤマの愛子さんだ! 愛子さんになる人だ!」
気になるコールが始まり、時宗はその中心を見た。誰かに肩車されたマキに向かって、人々が叫んでいる。愛子。かつて時宗や祖父に与えられていた呼び名だ。山に愛された子。マキは鉱脈を感じ取れるのだろうか? とはいえ、愛子に『なる』という言い方は引っかかる。
労働者の視界に入らないよう、管理職側の駐車場の奥で待機するよう、時宗は一同に指示を出した。
落ちていた小石を拾い、手の平で包み込む。目をつぶり、ざらざらした石の肌の感触に集中する。
久しぶりの問いかけに、石は答えなかった。街の石と同様、それはただの物質で、探ってもエネルギーの気配はない。
相当まずいな。
地面に膝をつき、直接、舗装していない山の肌に手を当てる。弥二郎が近づいてくる気配を感じながら、手の平に意識を向けていく。
「時宗。護送車両どうする? 飛行艇までの道は、思ったより人が多い」
「無理そうなら進行を中止して……くれ……」
「わかった……て、おい! なんでいきなり始めた?!」
弥二郎の制止を無視し、じっと地面の奥へ意識をこらす。
遥か下、奥の、奥。鉱脈がかすかな波動で呼びかけに答える。弥二郎が警備部隊に指示を出す焦った声が、意識から遠ざかる。
「滝田。時宗を護衛しろ! やばい。時宗! ここでやるな! おい! くそっ誰か時宗を囲め! 時宗!」
慌ただしく数人が寄って来るが、時宗はかまわず集中した。意識の核心部分を極限まで細く、鋭く。注射針のように、山の底まで一気に突き刺す。
どくん、と鉱脈が震えた。
「来た」
呟くと同時に、鉱脈から波動が跳ね返ってくる。煽られ、時宗は後ろに倒れこんだ。
「あぶねぇ!」
抱きとめたのは海斗だった。後頭部がガツンと海斗の胸に当たり、呻き声が上から聞こえる。
「時宗! いきなりかがんで、な、何やってんだ……?」
「ちょっと聞いてみた」
「聞いて? 何を?」
その質問には答えず、立ち上がる。
「なんっでこの騒動の中でやるんだお前は!」
弥二郎が怒鳴るのにかまわず、時宗はたった今受け取った情報について思いを巡らす。
鉱脈は、マキに怯えている。愛子? 違う……。晶石は謎のメッセージを伝えてきた。
ヒトが、イシになるのは、いや。ともだちがいい。うごく、ちいさな、かわいいともだちが、いなくなる。いなくなる。いなくなる。
どういうことだ? 力の限り騒いでいる労働者たちは、自由を叫んでいる。かつて時宗が遊んでいた頃、山は穏やかだった。採掘人たちものんびりしていた。常に意図的に、平和な性格の人間が雇われてきた空間だ。そこに今、耳に刺さるような大声が満ちている。
たとえ本人たちが自由を感じていても、時宗には違和感しかなかった。その自由が心からのものであれば、石が怯えるのはおかしいのだ。
違和感。なにもかもが、おかしい。
今ここには人間の興奮があふれかえっている。でもその興奮の源となるところに、恐怖と苦痛、そして敵意が混ざっている。
護送車両は、飛行艇へ行く途中で立ち往生していた。群集がおかまいなしに走り回るので、運転手は進むも退くもできなくなったのだ。思いつきでヤマと話すんじゃなかった。指示が遅れた。
群集を先に何とかする。そう声に出そうとした時、誰かがわめいた。
「おい! この車、義時と時頼が乗ってるんじゃないか?」
「なんだって?」
叫びに誰かが答え、情報は大波となった。群集の頭が揺れ、拳が振り上げられる。
さっきまでマキを賛美していた声が、あっという間に怨嗟の叫びに変わる。
ただの愚鈍な障害物だった護送車両が、瞬時に攻撃対象となった。
時宗は咄嗟に指示を出した。
「滝田さん! 飛行艇の離陸を中止させてください。護送車両も絶対に動かないよう。敬樹! 弥二郎を守れ。海斗は警備から離れるな」
足元の歩行箱にかがみ込み、晶石に触れる。
「コード〇五。障害物の迂回を最優先にして、俺についてこい!」
立ち上がり、時宗は群集の奥にマキを探した。
いた。従業員用の駐車場の方、時宗の場所から少し高台になったところで、マキは愕然とした顔で群集を見ている。その口が大きく動いた。
『やめろ!』
だが力一杯出した声は、騒ぎの中に溶け込んでしまっていた。統率から外れた群集はもうマキを見ていない。人間の塊は護送車両を中心にしてどんどん膨れ上がり、歯をむき出しにし、唸り、吠え始めている。
走る人々の群れを避けながら、時宗はマキの方へ走った。どんどんぶつかってくる人々をかきわけ、人の塊の外を遠回りしてマキの下へ駆け寄る。
「マキさん! あんた何やってんだ」
青ざめた顔が時宗を認めた。
「南条。こんなことになるなんて」
「なんで皆がこんなに興奮してるんだ。何かしたんですか?」
ゴン! ゴン!と護送車両を叩く音が耳を打つ。よってたかって車両を蹴り、殴っている。車両は激しく揺れ、今にもひっくり返されそうだった。中の運転手や部隊員も危ない。
ほんのわずかな時間で、群集は手がつけられない暴徒となっていた。
「どうすれば、どう、どうすれば」
呟くマキの横で、時宗は逆に冷静になっていた。
ふり返り、歩行箱を探す。
少し待つと、山の下側、群集が途切れたところから歩行箱がよたよたと姿を現した。さんざん蹴られ、進路を妨害されて流されたものらしい。もっと遠回りしてくると思ったのに、時宗が自分でも気づいていなかった焦りを読み取らせてしまった。
「こっちだ! がんばったな!」
やっとのことで足元へたどりついた歩行箱の晶石に触れ、感謝と労いを伝える。その蓋を開けながら、時宗はマキに宣言した。
「連中を止めます」
「どうやって?」
答えず、箱に手を突っ込んで信号弾専用の銃を出し、中身を確認してから歩行箱を閉める。
「おい、人を撃つのか?」
無言のまま、歩行箱に手をかけ命令する。
「固定。一番高く!」
銃の安全装置を外すと同時に時宗は歩行箱に飛び乗った。箱の脚先が鋭い金属音と共に地面に食い込む。マキの胸の高さまで、脚が勢いよく伸びていく。
「全員! 静まれ!」
腹の底から怒鳴ると同時に、時宗は天に向かって銃を撃った。
パァンという乾いた発砲音と同時に、太い閃光がまっすぐ空を突き抜けていく。
それがすっと消え……ドン!という花火のような音とともに、オレンジの強烈な光が空に広がった。
ド派手な音と光に、群集の動きが止まった。え、という口のまま、空を見ている。時宗は腹の底から声を張り上げた。
「義時と時頼は法の下に裁かれる。車両から離れろ! パーティーやりたきゃグラウンドでやれ!!」
マキが横でぎょっとした顔になったのがわかった。
「グ、グラウンドはちょっと」
「何です? あそこは広くて、お祭り騒ぎにはちょうどいい」
「……」
黙り込むマキを尻目に、時宗は群集に向かって叫んだ。
「マキさんがグラウンドでスピーチをやる。そちらへ! グラウンドへ!」
我に返ったように、群集の拳が下ろされる。
「マキさんがスピーチやるって」
「いよいよだな」
「そうだそうだ」
口々に言いながら、今度はゾンビのように群集が動き始める。時宗は人々を刺激しないよう、じっと待った。
ほとんどの人間が移動して行ってから、時宗はようやく歩行箱から降り、地面にへたり込んでいたマキを引っ張り起こす。
「……ありがとう……」
放心したような声を聞き、盛大な溜息をついて時宗は言った。
「人の上に立つには、それなりの覚悟が必要だと思いませんか? 権力の使い方を間違えれば……ああなる」
時宗の視線につられて、マキも中央の道の方を見る。
護送車両がぽつんと取り残されていた。飛行艇は道の遥か上の方に駐機してあるし、時宗が駐車した弐陸改造型参は、正門のすぐそば、もっと下の方で無傷だ。
護送車両だけが、まるで恐竜に蹴られたようにボロボロだった。鉄格子が歪み、車体のあちこちが凹み、哀愁を漂わせてたたずんでいる。
ゆっくり歩いて車両に近づき、中をのぞく。運転手が座席の下からおそるおそる顔を出していた。
道の向こうから、弥二郎たちと部隊員たちも近づいてくる。
「中身……無事なんか?」
海斗の問いかけに、滝田がドアをコンコンと叩いた。運転手がロックを外してドアを開ける。滝田に続いて、時宗は頭を突っ込んだ。
ひとつずつ床に固定された椅子にロープと手錠で拘束されたまま、義時たちは震えていた。時頼に至っては、床に水溜まりができている。
「人を抑圧すれば、必ず報いを受ける。よかったな、俺の指示じゃなくて。俺なら確実に息の根を止めてるとこだ」
そう言い捨てると、時宗はさっさと車両を出た。
「中、どうだった?」
弥二郎が好奇心を見せてきたので、時宗は肩をすくめる。
「時頼が漏らしてた。義時もガタガタ震えてた」
「そうか」
もう、暴れて人をののしる気力もないのだろう。その姿を見たせいで妙に気が抜けて、時宗は後ろにいた歩行箱に手をついた。
正直、どっと疲れた。
群集が義時と時頼をなぶり殺しにするのを放っておくことも、考えなかったわけじゃない。時宗の言うことを一度も聞かなかった奴らが、誰かの主張の犠牲になることに、ドス黒い喜びがないわけじゃない。
それでも、自分は踏みとどまった。
甘いのだろうか。当主になるのなら、自分の地位を脅かす者には容赦しないことも、必要なのではないか。
いや……ここは晶石鉱山だ。たとえ誰かを傷つけ横暴なことをした人間のものであっても、断末魔の叫びを晶石に聞かせるわけにはいかない。
自分の咄嗟の判断を後悔すべきじゃない。殺せば、すべてが終わる。でも自分は誰も死なない選択をした。何か不都合が生じても取り戻せる選択だ。
ぽんと肩を叩かれ、時宗は顔を上げた。弥二郎だった。
「座るか? ん?」
「からかうな」
「座っていいぞ、ほれほれ」
元の高さに戻った歩行箱を指差し、ニヤニヤしている。
「俺が座れないの、わかってんだよな?」
海斗が目を丸くして弥二郎を見つめ、弥二郎を支えている敬樹が、心配そうに口を挟む。
「時宗さん、少し休んだ方がいいんじゃないですか? 弥二郎さんだって、時宗さんが心配だから……」
「んなわけあるか。弥二郎は俺が当主としてどのぐらい働いたかを、おじい様に報告するんだろ、どうせ」
「そりゃ~。可愛い孫がどんだけ活躍したかは、毎月全部聞かないと気が済まないからな~」
「もしかして、今までずっと……?」
「お前が親父と会わなくなってからな。報告が遅れると、俺が行くまで毎日通話してくるんで、しょうがなく」
呆れた。
横で海斗が呟く。
「なんか……思ってたんと違うんだけども……じいさんも弥二郎さんも、おもしれぇなぁ」
ほんわか笑う海斗に、弥二郎が嬉しそうに答えた。
「だろ? お前ならそう言ってくれると思った! 時宗は真面目すぎてな~」
「黙れ。弥二郎がいい加減すぎるんだ」
「息抜きだ、息抜き」
ぽんと弥二郎に肩を叩かれ、時宗は息を吐いた。顔を上げると、弥二郎は足を引きずったまま、グラウンドの方へゆっくり歩き始めている。敬樹がずっと心配そうにくっついていた。
別に、傷が治ったわけじゃないし、平気なわけでもない。歩くのもしんどいはずなのに、弥二郎は絶対に、一人で先に病院に行こうとはしない。最後まで時宗のサポートを続ける気なのだ。いつもと変わらぬ、飄々とした顔で。
弥二郎の背中を、時宗は見つめた。
それは確かに、時宗を育てた『父親』の背中だった。




