Itinerary: 5日目 その14
義時と男は黙りこくっていた。時頼が苦労して床に座り直し、ぶつぶつ言う。
「なんで蹴られなきゃいけないんだ。手錠痛いし」
「この期に及んで、蹴られる理由がわからないって? ……もうダメだな」
時宗は、さっき時頼ごとひっくり返したソファーに手を伸ばした。やっとわかったかという顔をする時頼を尻目に、ソファーを引きずって遠くに持っていく。
「おい何で椅子持っていくんだよ!」
「犯罪者は地べたに座ってろ」
「は?!」
尻が汚れるだろうが、という文句は聞こえないふりをし、時宗はまず男に聞く。
「名前は?」
「……」
「答える気がないなら、俺が名前をつけてやろう。鈴木太郎……は全国の鈴木太郎さんに失礼だな。お前なんかと同姓同名なんて、よろしくない。う~ん、おい、ダンゴムシ」
「野崎だ! 舐めやがって……右竜会若頭の野崎だ。オレに手ぇ出したら、うちのモンが黙ってないからな」
「南条に手ぇ出したら、俺が黙ってねぇんだよ。どっちが先にやらかしたのか、わかってないみたいだから教えてやる」
悔しそうに黙る野崎とやらは、計算が狂ったのだろう。義時についていれば南条を操れるはずだったのだ。義時に負けず劣らず不健康な太り方をした男は、ネクタイをしていなかった。ワイシャツのボタンが留められないほど首が太い。むっちりした肉襞に金のネックレスが食い込んでおり、時宗はそれを見てダンゴムシと言ったのだった。
「で? うちの事務所を襲撃して弥二郎を誘拐することを、最初に考えたのはどいつだ?」
再びだんまり。
これ見よがしに溜息をつくと、時宗は足元にちんまりしていた歩行箱に手を伸ばした。晶石に指を当てて蓋を開けると、中から晶石銃を出して安全装置をはずす。三人の顔色が変わったのがわかった。敬樹がぎゅっと弥二郎の腕を握ったが、弥二郎は動じず、敬樹の頭を抱え込んでいる。
「お前らは、俺を怒らせた。黙ってんならそれでもいい。だが、弥二郎を傷つけたお前らに対して、俺が冷静でいられる人間だと思うなら、その認識は今すぐ改めたほうがいい。まして……義時、時頼、自分たちが過去、俺に対してどういう態度だったかを、しっかり思い出すんだな。同じことを自分がされたらどう思うか、その想像力が欠けてるのなら、今から教えてやる」
「脅しか。金持ち坊ちゃんが慣れないことなんか、すんじゃねぇよ」
野崎がせせら笑った。横目でぎろりと睨む。
「お前は自分が脅しをやり慣れてるって言いたいのか? やられる側に立ったことは? あぁ……そもそも、被害者の気持ちがわかるような、まともな感性を持っているなら最初から組織になんか入らないか」
ゆっくりと野崎に近づき、見下ろす。その場にいた全員が、『身内』ではない人間から尋問を始めるのだろうと思ったであろう瞬間、時宗は時頼を蹴り飛ばした。そのまま胸を踏みつけ、銃口を額に向ける。
「おじい様の家のお手伝いさんに盗聴させてたのはわかってんだ。で? 抜いた情報を使って何をしようとしていた? 機械はどこだ?」
「ななななんで俺なんだよぅ!」
「この場で一番、俺にとって必要ない人間だからだ。一族の人間だから守られるってか? 一族の人間『だから』、最初に殺されるのさ。俺の上にいる後継者候補は少ない方がいい。違うか?」
時宗の本気を感じ取って、時頼はブルブル震えだした。
「切り捨てるのは、一番要らない人間からだ。とっととしゃべれよ。しゃべらないなら、お前に価値はない。殺して次に行くだけだ」
「俺は知らない! と、父さんが、父さんが、おじい様と弥二郎が、なんか鉱山にとって大事な機械と『カイト』をお前にサッポロまで取りに行かせるから、それを横取りして、お前に解析させたらいいんじゃないかって、野崎と話してて、それで、機械運ぶんなら超高幹線道かなって、思って、で見つけろって、部下たちに写真見せて探させただけだ!」
「写真?」
「お前の卒業アルバムの写真回して、こいつ『カイト』と一緒だから捕まえろって。でもタテバヤシで撒かれたって言われて」
「あの黒い車、お前だったのか」
まさかのアナログかよ?! 『カイト』と時宗のどっちを探すのかも曖昧な指示だ。こいつの言い方なら、時宗を『カイト』と思っても仕方ない。それなのに、こいつが出した命令が、俺と海斗に最も近づいていたってのか。バカは恐ろしい。
弥二郎が呟く。
「まぁ……顔が似てるっちゃ似てるしな……」
「んなわけあるか。海斗の方が顔がいいんだから」
どうでもいい会話の間、義時は愕然と時頼の顔を見つめていた。
「なん……時頼、お前、機械も鍵も時宗も見つけていたのか?!」
義時が驚いた声を出したことに、こっちが驚く。
「おい義時に報告してなかったのか?」
「い、言ってない……いきなり連れてきて、父さんをびっくりさせて……やりたくて……」
脱力。
「アホか。まともに仕事してない俺でさえ、ホウレンソウが大事なことぐらい知ってる。こんなとこで仕事のワクワクドキドキは要らねぇんだよ。義時にも同情する。よくもこんなの息子って言えるよな。俺なら恥ずかしすぎて、とっくに首絞めてる」
時頼から身を起こし、時宗は呆れ返ったまま義時を見た。
「てことは、弥二郎を拉致するのを最初に言い出したのは?」
「……私じゃない。私は直接『買い手』を見つけて叩こうと、組合側を探らせていた。弥二郎に連絡しようとしても、こいつは応答しなくて」
「ふ~ん」
一応、弥二郎に手を出せばどうなるかの認識は残っていたらしい。
「じゃあやっぱり、義時がふんぞり返って遊んでる時に、イキってしゃしゃり出てきたダンゴムシが、知りもしない一族の人間関係に首を突っ込んだってことか」
野崎が無言で目を逸らす。
「弥次郎を拉致して何をするつもりだったんだ? 弥次郎、何を聞かれた?」
「海斗と機械の場所、後は連絡先ってとこかな。俺は端末を事務所のセーフボックスに入れておいたから、襲撃してきた下っ端は見つけられなかった」
セーフボックスは弥二郎しか開けられない。敬樹と時宗もそれぞれのボックスを持っている。情報保持のため、そのボックスはいかなる理由があっても互いに開けられないようにしてあった。
「要は何にも知らないで行動してんじゃねぇか。義時、お前さ、誰もお前の言うこと聞かないで勝手にウロウロしてるだけだって、自覚してるか?」
くすくすと弥二郎が笑っている。
「鬱憤晴らしはその辺にしといてやれ。迫真の演技はおもしろかったが、やりすぎたら時頼が漏らすぞ」
「ふん。脅しってのは、相手を見てやるもんだ。漏らしそうな奴だから脅すのさ」
警備部隊の隊長、滝田が近づいてくる。
「探索が完了しましたが、このゲストハウス全体で、ご指示のとおりの機械の類は発見されませんでした」
その言葉を聞いた時の三人の反応を観察してから、時宗は返答した。
「ご苦労でした」
義時たちの反応は、『見つからなくてよかった』というものではなかった。最初からないんだから、見つからないのは当たり前という態度だ。予測の裏づけがとれたので、時宗は改めて『買い手』について考え始めた。
「状況を整理させろ。おじい様と弥二郎、義時は元々、政子叔母様の駆け落ちを知っていた組になる。サッポロで機械が作られ、それが売られるところまでは、それぞれの手段で情報を追っていた。で、その情報を共有して時頼と野崎が勝手に動いた。機械の買い手は誰だ?」
互いが互いの様子を伺い、黙っている。
「雁首揃えて、誰も買い手がわかってないのか?」
肩をすくめた弥二郎を詰める。
「ったく、弥二郎、あんたもおじい様に、買い手を見つけに鉱山に行くって言ったんだろ? 俺をサッポロに足止めして探ってたんじゃないのか?」
「別に足止めを狙ってたわけじゃない。ただ、買い手探しだけでなく、野崎の動きを探るのにも手を取られて忙しかったから、お前にどこまで情報を絞ってたのか思い出してただけだ。とにかくあっちもこっちも手一杯でな。義時がギンザで遊んでるのはいつものことだから、放っておいたが」
「よくもやってくれたな。弁護士……小林さんの行方は誰が知ってる?」
弥二郎がひらひら手を振った。
「小林さんは、俺の方で保護してる。うちの事務所が前から見張られてるのは知ってたから、取引直前までお前を動かすわけにはいかなかったし、小林さんの方もぎりぎりまで野崎の注意を引き付ける囮になってくれた。野崎の部下が動いたという報告を受けて、間一髪、退勤中の小林さんに接触して、今、彼は安全な場所にいる。八木沢さんの娘婿ってだけで、かなり世話になった」
「八木沢さんって、海斗を連れてこいって当初言った時の依頼人だろ。そういや、メモのとこに通話したら小林さんの奥様に繋がったな。関係ないって言われたが?」
「そりゃそうだ。八木沢さん本人はもう意識がほとんどないからな」
「誰なんだよ」
弥二郎はニンマリした。
「いくらお前でも、やっぱり覚えてないもんだな。八木沢さんは昔、親父の顧問弁護士だった人だ。口が回らないお前は、壮って名前が言えなくてショウさんって呼んでたろ」
海斗が興味深そうに会話を聞いている。「自分を探している祖父」とやらが実在していたことに、何やら感慨を覚えているらしい。
「ショウさんって……俺が初等に入る前によく……おじい様と一緒にいた……」
「そうだ」
「ちっちゃいのに、めちゃくちゃデカい声で笑う、ちょこまかした……」
「それ」
海斗と目が合う。おもしろそうに笑っている目だ。
「じゃあ一応、本当に海斗を探す依頼人として機能はしてたのか」
「そういうことだな。表立って親父の名前を出すわけにいかなかった。お前も多分覚えてないだろうと思ったから使ったんだ。意識があっても、きっと協力してくれただろうし」
何度もお菓子をもらったことがある。祖父と一緒にいた、人のいい笑顔の男性を思い出して、時宗は溜息をついた。
「どこまで俺を試してんだ? まったく。で? 機械については?」
「あの機械自体は、長年サッポロで開発されていた。取引などの動きが最初に見られたのは半年前だ」
義時が立ち上がろうとした。
「半年前? バカな、私のところへ報告が来たのは二ヶ月前だぞ?!」
弥二郎は薄目で自分の兄を見た。
「毎度毎度、愛人のとこかギンザかゴルフしかしてない奴に報告上げなきゃならん部下も気の毒だな」
真っ赤になった義時を眺めながら、時宗は続ける。
「取引の相手は結局だれだ」
「それが、リーダー格の人間がわからん」
「おい」
「ヨツヤの久令会がサッポロとつながっていて、受け取った荷物をこの鉱山に運び込んでるとこまでは、二ヶ月前の取引の時に突き止めたんだ。途中で車を変えたり倉庫内で別な荷物とすりかえたりしてて、かなり手こずったが。その後、今回の取引まで動きがなくて、全体を指揮しているリーダー格の尻尾が掴めないままだ。
お前をサッポロに送り出した日の夜に、久令会の人間が事務所を出たという報告を受けて尾行したら、この鉱山の連中と一緒にグラウンドに穴を掘ってただけで、やはり指示役は見つからなかった」
グラウンドというのは、従業員の福利厚生の一環で寮の後ろに作られたものだ。様々な運動ができるほか、夏には花火大会、秋には祭りと、色々な行事にも使われる。
「潜入は?」
「それが……鉱山従業員に潜入調査をした者が、ことごとく姿を消すか、あるいは寝返ってこっちの情報を向こうに流すか、どっちかだったんだ。それで潜入は早々に中止した」
「どういうことだ」
「わからん。リーダー格の奴のことを、誰も名前で呼ばないしな。ここの従業員全員を洗ったが、それらしい人間が見つからない」
時宗は自分の直感が裏づけされたことを、恨めしく思った。この鉱山の労働者全体を世話しているのに、この鉱山には所属していない人間。かつて鉱山に勤務したことがあって、その経営のしかたを知っている人間。南条の家系史について、ある程度知っている人間。他ならぬその人間に、自分は家庭の事情をぽつぽつ話してきた。
いや、まだ……まだ敵と決まったわけではない。彼はただ、富と権力を独占する南条家に叛旗を翻し、労働者を守りたいだけなんだ。話さなければ。本当の意図を聞いて、もし時宗が納得できる理由があるなら、あるいは。
「ていうか時宗、お前と海斗こそ、久令会と直接顔を合わせたんだろ? 一番核心に近づいてるのは、お前らなんじゃないか?」
今度は弥二郎が、時宗を詰める番のようだ。
「命からがら逃げるのがやっとだった」
もしかしたら、大立ち回りなんぞする必要はなかったのかもしれないが、あの時はそんな余裕はなかった。
そうか……。あそこで海斗と時宗が逃げたことで、『向こう』は焦ったんだ。『鍵』がなければ、あの装置は起動できない。せっかく時頼がゲストハウスにいる時に暴動とクーデターの準備を整えたというのに、肝心のメインイベントが開始できなくなった。だから口実をつけて、『鍵』を握っている時宗をなんとか自然に呼び寄せようとした……。
「結局、例の機械の正体は何だ? それも分かってないのかよ」
弥二郎が静かに言う。
「明らかにはなってない。従来の晶石エンジンに代わる動力源であることは確かなんだが、あれ単体じゃなく、組み合わせて使う何かのパーツがあるはずなんだ。それがわかれば、何を動かす物なのかがわかると思う。……ひとつ言えるのは、使われている石がこの鉱山から掘り出された高純度の結晶体から削った物だという点だ。それはつまり、ここの鉱脈と相性がいい」
「パネルとバッテリーだ」
突然響いた声に、全員がそちらを向いた。海斗だ。部隊員と同じ服装な上に、キャップを目深にかぶったまま、海斗は続けた。
「四ヶ月ぐらい前、たぶんバッテリー運んだ。二ヶ月前に荷物運んだ時、サッポロの連中が話してたんだ。パネルの上に残りのバッテリー載せたら傷がつきそうだ。緩衝材入れるか別な箱にしたほうがいいって。あいつら、オレがまだトイレ行ってるって思ってたらしい」
義時と時頼、それに野崎が驚いて見つめる中、海斗の口元がニヤリと笑った。キャップの鍔を持ち上げると、祖父によく似た目が光った。
「どうも。時宗が最初に言ったとおりだったんだな。甥を狙うロクデナシの伯父さんと、従兄さん。それに弥二郎叔父さん。どうぞよろしく」




