Itinerary: 5日目 その11
冬の太陽は、はやばやと山々の向こうに沈み、見えなくなっていた。森がすでに夜に溶けかけている中、鉱山施設は宙に浮かんだ要塞のように、山の中腹で煌々と照らし出されている。
ふもとで打ち合わせをした後、時宗はたったひとりで鉱山施設の正門に向かっていた。海斗の弐陸を自分で運転している。
海斗が警告した通り、この車はまったく時宗の思い通りにならなかった。ギアを切り替えるたびに、どこかで何かがガコガコ引っかかる。カーブを曲がろうとするとエンジンが止まり、加速しようとすると突然ギュンと吹っ飛ぶ。どうすれば海斗のように滑らかに運転できるのか、そっちの方が意味不明だ。
やっぱり正門近くまで海斗に運転してもらうべきだったか……。鉱山全体が晶石のために存在している。晶石回路が組み込まれた自動航行機能は、鉱脈に影響を及ぼす可能性があると同時に、逆に鉱脈のせいで誤作動を起こす可能性がある。だから、ふもとのゲートを抜けたら自動航行機能は使用禁止だ。操作盤の石は取り外され、海斗の手元に残される。
それを説明した上で、この車を運転させろと言った時の海斗の顔ときたら。「こいつ正真正銘のアホタレだ」というセリフは口に出さなくてもよ~く伝わった。
大型運搬車も通れるよう、道は広く作られているとはいえ、カーブは容赦なく連続している。森の中を進んでいる間はマシだったが、崖に張り付くように切り拓かれた場所は恐怖しかない。
時宗は慎重に登っていった。なにせ車を運転するのは教習所以来なのだ。幸い? 今日はこの道を通る車両がほとんどいない。普段なら晶石を積んだ大型運搬車やら、自分のシフトに合わせて出退勤する車やらで渋滞気味のはずなのだが。
世界に晶石を供給している超重要施設で誰も仕事をしていないのは大事件に違いないのに、時宗にはありがたいことだった。マスコミには今日の夜まで待ってほしいと要請をかけてある。世界のトップニュースになってしまうかどうかは、時宗の能力次第というわけだ。
海斗と敬樹は、警備部隊と共に別な方向から密かに鉱山に近づく手はずだった。なにせ機械が今誰の手にあるのか、未だにはっきりしていない。
自分たちが安全に移動し、時宗ひとりが囮のように鉱山に向かうことにも、海斗は嫌な顔をした。ヨツヤでついた車体前面の傷を見ながら、海斗は頑固に言った。
「誰も連れないでひとりで行くってのも、気にくわね。時宗はどうせ、オレの車で行ったら向こうが全員オレが来たって思うから、ちょうどいいって思ってんだ。身代わりとか、ふざけんな。オレ自分で運転してお前と行くんでなかったら、絶対嫌だ」
身代わりじゃない。俺がよたよた運転していけば、鉱山全体が油断する。時宗はそう言って海斗を説得した。ここ数年、兄の時頼が義時に鉱山を任されているのだ。鉱山にかかわる者は皆、時頼の無能っぷりを知っている。だから時宗のことも運動音痴で無能だと思うに違いない。
しぶしぶ差し出された鍵を受け取り、時宗は弐陸を運転して来たわけだが……。
目的地にたどり着く前に崖から落っこちそうだ。南条の私有地だから、もはや事故も違反もどうでもいいし管理局も関係ないのだが、それにしたって運転が危なっかしすぎる。
青い車が本来の勇姿とは程遠いノロノロした動きで正門にたどり着くと、見張りに立っていた男たち数人が驚いた顔を向けた。そりゃそうだ。ひとりが慌てたように端末で通話を始め、ひとりが進入を遮るように手を振る。時宗は車をガタガタさせながら、それを無視して入っていった。
周囲は真昼のように明るかった。正門は大型運搬車四台分の幅が取られている。片側二車線の広い道路が、開けた敷地の中央を奥へ伸びていた。道路は浅い谷を使った緩い上り坂になっていて、上の方には選鉱場や動力供給所などの巨大施設が並び、一番奥の坑道入口は見えない。
道の左側には広い駐車場があり、さらに道に沿って福利厚生施設や事務棟が並んでいる。手前の食堂の奥には、三階建ての寮が整然と並んでいるのが見てとれた。
気温は下がっていたが、歩道にも食堂にも駐車場にも人があふれていた。防寒服を着て白い息を吐きながら、全員が道の反対側を伺い何かを待っているような雰囲気で地面に座り込んでいる。
道の右側は、打って変わって閑散とした印象だった。こちらにも駐車場があるが、左ほど広くはない。駐車場の横には、管理職向けの戸建て住宅がきれいに並んでいる。
住宅街の向こう、かなり奥まったところに、問題のゲストハウスが建っていた。
四階建ての建築物は、手前のマッチ箱のような家々と比べると城のようだった。森だったところを新しく整地して作ったのだろう。建物に続く専用道路が、中央の道路から分岐し、高い植え込みの中へ消えている。
中央道を挟んで、ここには対照的な世界が広がっている。左はいかにも労働者たちの街といった感じのアパートが並び、駐車場にあるのも通勤用の安くて小さい車が多い。昔はそれぞれの好みに合わせた車が並んでいる印象だったのに。
建物に続く歩行者用通路は整備が追い付いておらず、建物自体も、昔よりくすんだ印象だ。一方、右の戸建て住宅にはそれぞれ車で行けるようになっていて、高価な車が駐車されていた。
正門を入ってすぐ、時宗はそろそろと車を路肩に寄せた。その辺の数人が左の駐車場の方を指示しているのが見えたが、時宗は首を振って断る。この群集を割って入って、誰にも車をぶつけずに駐車スペースに真っ直ぐ停めるなんぞ、時宗には不可能な話だ。
顔を上げると、ずっと奥の事務棟からマキが走り出てくるところだった。面長で彫の深い整った顔は、どこで見ても目立つ。背が高く、引き締まった体はきびきびと動いていた。時宗は車を進めようと、少しだけアクセルを踏んだ。途端、ぷすんとエンジンが止まる。
マキも、座り込んでいる労働者たちも、全員が呆れかえった顔で時宗を見ていた。もはや諦め、習った手順を思い出しながらなんとかかんとか安全に車を駐車させると、時宗は歩行箱に助手席でおとなしくしているように命じ、車から鍵を抜いて降りた。
外に出ると、山の空気は冷え切っていた。かつて時宗が来ていた頃とは違い、山は沈黙している。トウキョウの街の中の方がマシと思えるほど、晶石の気配は消え失せ、足元のはるか下にかすかな、聞こえないほどの囁きがあるだけだ。
ただ……。ゼロじゃない。瀕死ではあるが、まだ、死に絶えたわけじゃない。
時宗はそれだけで泣きそうな気分になった。
大丈夫。間に合った。ぎりぎりだし、今回の件をしくじれば時宗自身がヤマの息の根を止めることになりかねない。それでも、まだ微かにヤマは息をしている。
絶対に失敗できない。この大一番で、時宗は逆に腹が据わっていた。やりたいようにやってやる。この場にいる全員に命令できる立場は時宗に自信を与えていた。
歩道を歩きながら、左の方を見渡す。
人々の口から出た息は靄となって漂っていた。震えている者もいるのに、互いが身を寄せ合って暖を取りながら頑固に座り込んでいる。体勢を変えたかったのか、立ったままひそひそ話しているグループもちらほらいて、座り込みが長時間に及んでいることを感じさせた。
人々の三割ほどは女性だった。時宗が来ていた頃は、事務職や福利厚生施設はもとより、坑道に入る者も男女が半々の構成になっていたはずだ。独身寮も男女それぞれに用意され、ふもとの街には家族向けの住宅や学校などが用意されている。荒事のために男が多く集まっているのか、あるいは雇用自体に男女差が生まれているのか……。
全員の視線を浴びても、時宗は動じなかった。真っ向から見返し、軽く一礼する。会釈を返す者もいたが、大部分は冷たく睨んでくるだけだ。
ざっと見る限り、時宗が誰なのか気づいた者はほぼいない。
山の愛子が帰還したというのに、出迎えは静かなものだった。代わりに時宗に刺さるのは殺伐とした視線だけ。敵意九割、残りは様子見といったところか。ざっと見ても数千人いる。数万人規模の全労働者数から見れば少ないが、群集として見れば侮れない数だ。それが一様に黙りこくって、突然現れたスーツ姿の若造が何者なのかを推し量っている。
きっと、時宗が幼い頃に働いていた人たちは、もういない。
その感覚は、時宗に幾許かの哀しみを与えた。義時に代替わりしてから、すべては変わってしまったのだ。昔の環境にいた人々は耐えきれずに去ったのだということを、時宗は肌で感じていた。
ゲストハウスの方へ視線を向けかけた時、マキが横に着いた。息を切らしている。スーツのジャケットは事務室を出る時に慌てて着てきたようで、肩の辺りがたるんでいた。ネクタイを締めておらず、二つボタンをはずしたワイシャツの隙間から、汗ばんだ肌が見えていた。
「やっと来てくれたか」
「顔を合わせるのは久しぶりですね。去年以来?」
「だな。ひとりか?」
緊張しているのか、妙にギラついている目を時宗は見返した。
「見習いは用事があって、途中で帰っちゃいましてね」
マキは弐陸の方をじっと見て、それから強張った笑顔を時宗に向けた。
「とにかく、来てくれてよかった」
「状況は?」
「撃たれた奴のうち、助かるかどうか危ないのが……ひとりいる」
「自分のところで働いている人を撃つとは、救いようのないバカどもだな。ずっと籠もってるんですか?」
軽く親指でゲストハウスの方を指すと、マキは頷いた。
「やれやれ。ちょっと行ってきてもいいですかね」
「いきなり? ひとりで行くのか?」
「ええ」
近くで話を聞いていた連中が、口を開けて時宗を見ている。辺りは静かだった。静かすぎる。全員が話すのをやめ、こちらに注目しているのだが、誰も無駄口を叩いていない。
「連れていかれたのは三好さんとあと数人、でしたっけ。連れて戻ってくれば、とりあえず今日は解散できますか? 労働条件の交渉は改めてやらないと、体力がもたないのでは?」
飄々と言うと、マキは目を丸くした。
「そんな簡単にいかないだろ? 適当にほいほい歩いて行って、返してもらえるわけない。なぁまず事務所に行ってこっちの代表と打ち合わせをして欲しいんだが」
事務所ね。
「いや、他にもちょっと用があるので、先にゲストハウスに行ってこようかと」
「そんな簡単なことじゃないだろう!」
イライラしたようにマキの口調が荒くなった。時宗は目を細めて相手を観察する。はっと気づいたようにマキの口が閉じられる。
「……いや、その、とにかく事務所にまず来てほしい」
かぶせるように、時宗は言った。
「マキさん」
「なんだ?」
「労働者側の代表者はどこですか?」
「え? だから事務所……」
気に食わない。何が、というかマキのすべての仕草が気に食わない。本能的に、密閉された空間に入ることを脳が拒否している。事務所で打ち合わせをという普通の頼みに、どこか執拗な響きを感じる。
「マキさん、この施設におけるあなたの地位と肩書は、何ですか?」
「俺? 俺は」
言いかけた時、横で会話を聞いていた採掘人の一人が鋭く言った。
「おいあんた、誰だか知らないが、マキさんに失礼な態度とるなよな」
「そうだそうだ。マキさんはここの職員じゃないが、おれらのために色々やってくれてんだ」
近くの鉱夫たちが唐突にガヤガヤし始めたので、時宗は再び口をつぐみ群集を見た。声を出した連中だけではなく、駐車場にいる者が一斉に、スイッチが入ったように目をギラつかせ、こちらを睨んでいる。この妙な統率は何だろう。
時宗は努めて穏やかに言った。
「マキさん。あなたはここの労働者の方々のために尽力しているんでしょう? ならば、皆さんの前で話したい。代表者の方々にここまで出てきて頂くことは可能でしょうか?」
その言葉に、採掘人たちが納得したように口を閉じた。時宗の中で嫌な感覚はさらに膨らむ。
彼らの目は、どこかまともじゃない。マキをまるで教祖のように崇める目つきだ。さっきまで寒さに震えて押し黙っていたのに、マキが現れた途端、彼らはその一挙手一投足を熱心に見つめている。
マキは少し迷い、それから携帯端末をポケットから出した。時宗を見ながら誰かに通話をかけ、事務室から出てくるように促す。
しばらく待つと、男たちが数人やってきた。小太りの中年男と、背が高く筋肉質の三十代の男、定年間際らしき猫背の男。他にもいる。
彼らは時宗を胡散臭そうに見た。変な若者が突然一人でやってきただけで、なんで自分たちが呼び出されなきゃならないんだという態度だ。しかも時宗が着ているのは鼻につく高価なスーツ。どこからどう見ても労働者の敵。
「なんなんだ。こっちは忙しいんだがね。あんたは?」
三十代の男が言った。ポロシャツにジーンズ、歩きにくそうなローファー。この山の中で? まぁ時宗も革靴だから、人のことは言えないんだが。
やれやれ。
時宗は全員をざっと見た。小太りの中年男の灰色のスーツはそこそこ高いものなのに、ビチビチでボタンが弾け飛びそうだ。一方で定年間際の男は何の権力もないらしく、しょぼくれた顔で後ろの方にいる。スーツは長年使っていなかったのを引っ張り出してきたように、よれよれで変なところに折り目がついていた。こいつは時宗のことを知らないのだろうか。いつ入社したんだろうと時宗は思った。
威圧感を与えないよう、相手を刺激しないよう意識しながら、時宗は名乗る。
「僕は南条時宗と申します。鉱山における今回の懸念事項を解決するよう、祖父である南条時政から直接仰せつかりました」
事務室から出てきた連中や聞いていた群集、全員の顔がぎょっとした。定年間際の男の目が細くなり、それから何かを思い出したように目を見開く。
「時宗って……」
「ゲストハウスにいる南条義時は僕の父であり、時頼は僕の兄に当たります」
『当主』となったことを、時宗は言わなかった。伏せた切り札は多い方がいい。
全員がひそひそし始めた。聞こえてくる情報に噴き出しそうになる。なんか次男って知能が低すぎて屋敷でゲームしかしてないって。いや、頭がおかしくて入院させられてるって聞いたぞ? あれだろ、伝説の愛子で、昔よく来てたって。本物なのか?
黒いⅠDカードをちらりと見せて、時宗はすぐにしまった。
「労使交渉における代表者は、どなたですか?」
「私ですが」
小太りの男が言った。歩いてきただけで汗をかいている。
「そうですか。僕がこれからゲストハウスに行って、向こうの者を連れて参りますが、よろしいですか?」
途端に、代表者たちはバカにしたような顔をした。
「連れてくる? 我々はすでに一度失敗してるし、向こうは違法行為をしまくった挙句、シールド下ろして立て籠もってるんですよ。息子だかなんだか知らないが、呼び鈴鳴らせばホイホイ出てくると思ってるんですか? 子供の遊び友だちじゃないんだ。いきなり来て、なんにも知らんまま事態を引っ掻き回すのはやめてもらいたいもんですな。これだから」
お坊ちゃんは。
時宗は相手の言葉など半分しか聞かず、別なことを考えていた。そろそろ警備部隊の配置が完了する頃合いだ。通信機のマイクは開きっぱなしになっており、こちらの会話は部隊長のイヤホンに常に流れるようにしてある。
ゲストハウスの遥か奥で、カラスの鳴き声が響いた。応じるように、ゲストハウスの手前でもカラスが鳴く。
時宗はゆらりと姿勢を変えた。重心を落とし、両足に乗る。
マキだけが、時宗の雰囲気が変わったのを感じたらしい。焦ったように他の連中の説得にかかる。
「南条は、ゲストハウスにこちらの意志を伝えに行ってくれるっていう話なんだ」
代表陣の顔つきは、さらに高慢になった。三十代の男は鼻で嗤い、事務所に戻ろうと背を向ける。
時宗は静かに言った。
「失礼ですが、あなた方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
気圧されたように、小太りの男が一歩下がった。
「吉田です」
「ありがとうございます。あなたは?」
定年間際の男が小声で「市村です」と答える。
「あなたは?」
三十代の男の足が止まり、半分だけこちらに体を向けた。
「……渡辺」
「ありがとうございます。お聞きしますが、あなた方は労働者側の代表でありながら、ずっと事務所にいらっしゃるのですか?」
「そうだが……。忙しいと言ってる。今は採掘ノルマの数値をいくつにするか、話し合ってる最中なんですよ」
何を聞きたい?という顔。
息を吸い、時宗は今までの静かな態度をかなぐり捨てた。
「労働者を束ねる立場の連中が、自分たちは暖房が効いた部屋でぬくぬくしてたって言うのか? 俺をバカにして事務所にさっさと帰りたいのはなぜだ。寒いからか? 見ろ! ここにいる人たちを。寒さに震えている人々を野外に座らせたままとは何事だ! あんたたちは偉そうに事務所を出てきてから、今まで一度も座っている人たちを見ていない。それに自分たちで気づいているのか?」
突然の怒声に、連中はぎょっとした。時宗はかまわず続ける。
「今後、この俺が全責任を負う。今すぐ手分けして購買から体を温める物を持ってきて全員に配れ! 寮でもどこでもいい。晶石ストーブなり、カイロなり、ありったけの物を調達してこい! 何という体たらく。人を束ねなければならない者は、まず自分が事務所から出て人々のために動け」
そのまま、群集に向かって時宗は怒鳴りつけた。
「いいか。己の仲間と権利を守るために闘うと決めたのなら、最後まで闘い抜くための手段を怠るな。周囲の者と話し合い、今すぐ五人から十人の班を作れ。それができたら班長を決めろ。班長は自分の班の者が暖を取れるよう責任を持つこと。疲れた者は自宅に帰り、体力の回復に努めること」
代表者たちに向き直る。
「南条の家訓は、『上に立つ者はいかなる危機を前にしても座ってはならない』だ。それが嫌なら、人を束ねる立場にいる必要はない。心して事にあたれ」
怒りに任せて言い切ると、時宗はマキの方を見た。
「あなたもだ。労働者のために尽力してきたあなたを、俺は尊敬してきた。ここにいる人々も、あなたを尊敬しているのでしょう? それにふさわしい行動をとることを期待します」
マキの顔は青ざめていた。しばらくして、ぽつりと言う。
「……だから。俺は君には勝てないんだ」
「勝ち負けじゃないでしょう。今回は労働者が理不尽な目に合っただけではなく、それがきっかけで事態はここまで悪化した。それは、この鉱山で働く人々すべてが理不尽な目に合ってきたからだ。それを一番知っているのは、あなたではないんですか? 交渉なんて後回しだ。仲間が監禁されているというのなら、何をおいても向こうの武装をなんとかして、仲間を救出してしまわなければ。怪我した人がいるなら、なおさらだ」
不満そうに三十代の男が反対してくる。
「だが……その……違法行為はいいチャンスで、この際、これを交渉材料にしてこのまま有利な条件を……」
「人間の命を交渉のカードにするつもりか?!」
沈黙。
「午前中に突入に失敗して撃たれた人が出たことは聞いています。だからこそ、これ以上の犠牲は出さずに事態を収束させたい。交渉はそれからだ」
「でも……向こうは武装してるし……」
「だから俺が行ってくるって言ってんだ。五年以上会ってないが、いくらなんでも、いきなり俺を撃ってはこないだろ」
弥二郎が監禁されていること、自分が向こうに呼び出されたことを、時宗は敢えて言わなかった。なにせ向こうとは血がつながっている。自分が結局は経営者側の味方なのだと、わずかでも思われないようにしておく方がいいと踏んだのだ。
「マキさん。あなたはどうするんです?」
「……君と一緒に行く。ここでは正式な肩書はないが、三好を斡旋したのは俺だ」
「わかりました」
時宗は車から歩行箱を降ろすと、それを引き連れてスタスタと中央の道を横断した。後ろでは、ようやく人間らしいざわめきが聞こえ始める。
まったく。こっちは一刻も早く弥二郎の無事を確認したいってのに。余計な手間かけさせんな。
心の中でぶつぶつ言いながら、時宗は管理職用の駐車場を突っ切って行った。




