Itinerary: 5日目 その10
シブヤの事務所に帰り着いた途端に、三人は車を飛び出した。
「矢代さん! ありがとうございました。後でまた連絡します」
それだけを言い残し、全員で垂直昇降機に乗り込み、居住階に着くと同時に走る。
自室に入ると、時宗は即座に歩行箱を開けた。小型通信機に予備バッテリー、伸縮警棒、その他必要になりそうなものをどんどん放り込んで蓋を閉める。スーツから着替えている暇はない。
「出かけてきます。事情は山本さんに聞いてください」
自宅にいた捜査員に言い残して、すぐに出る。
捜査責任者の山本には、戻ってくる車の中で話してあった。もっとも、詳しい事情は伏せて、労使関係の仲裁で急遽、晶石鉱山に行くとだけ説明した。警察の介入は後回しにしたい。
車庫に入ると、時宗が道に出る扉を開ける間に、海斗は後部から緩衝材を放り出し、座席を手早く起こして敬樹を乗り込ませた。時宗の指示に従い、歩行箱もあたふたと後部に潜り込む。
エンジンをかけながら、海斗は靴を履き替えた。助手席にぽいぽいと革靴を投げ出す。何事かと警察官たちが寄ってくるが、時宗は助手席の窓を開けて、彼らにも説明した。
「ちょっと晶石鉱山に行ってまいります。山本さんに」
時宗が警察官に言い終わるのを待たず、駐車場から弐陸改造型参は飛び出した。第二層空中道路を走り、トウキョウを横断する超高幹線道を目指す。
「最短でどのぐらいかかる?」
「わかんねぇけど、飛ばして二時間ってとこだと思う」
「第四層に上がって、俺のⅠDで南条専用の鉱山直通線を使え。最初から管理局の介入を切る」
「なら一時間だ」
自分の胸ポケットから黒いカードを出し、操作盤のボタンを押す。海斗が使っていたカードを引き出して自分のカードを突っ込むと、すかさず海斗が石に触れる。コネクトを保ったままで時宗のIDによる操作を受け入れるよう、石を説得してくれているのだ。
「よし、大丈夫だ」
海斗の許可を受け、カード認証用の暗証番号を打ち込んで管理局との連携を切る。
「俺の携帯端末」
後ろで歩行箱がキュルキュル鳴った。手を伸ばして取り出し、履歴を確認する。マキの名前がずらりと並ぶ一番最後に、見たことのない通話ⅠDが一件。
何者だ? マキを後回しにして、時宗はそちらに通話を入れた。
『時宗様でしょうか』
てっきり事件関係者辺りだと思っていたのだが、意外に丁寧な声が出て、時宗は面食らった。
「誰だ」
『私は時政様の部下で、南条警備の滝田と申します。こちらに通話するよう命令を受けました。これより、我々は時宗様の指揮下で動くこととなります』
南条警備と言えば私設の警備会社だ。表向きは普通の企業だが、南条家一族の身辺警護を主な任務とした軍隊、というか特殊部隊に近い。
「おじい様が……」
弥二郎救出のために、使えるものはすべて使え。そのメッセージを感じ取り、時宗は続けた。
「わかりました。後でお礼に伺わなくては。弥二郎叔父様の居場所については、おじい様からお聞きしていますか?」
『肯定です』
時宗は運転している海斗をちらりと見て指示を出した。
「わかりました。サッポロで海斗を雇っていた組織について、情報を持っていますか?」
『肯定です』
「では必要な人員を確保し、そちらの組織をできるだけ早く制圧してください。高速飛行艇を飛ばして、一時間……遅くとも二時間以内に。同時に、生田さんという方と彼の工房を確実に保護するようお願いできますか?」
『了解しました』
「残りの人員で動ける者は、すべて晶石鉱山で弥二郎叔父様を奪還するのに寄越してください。晶石鉱山の近くで打ち合わせをするのにいい場所を確保し、僕の通話ⅠDに位置情報の連絡をお願いします。また僕と部隊との連絡方法については滝田さん、あなたが手配し、僕にマニュアルやリストなどを送ってください」
『了解しました』
通話は切れた。海斗は次々と車の間をすり抜け、超高幹線道のゲートを抜けた。サッポロからトウキョウまで荷物を運んだ時とは違い、自由に運転している。トンネルを危なげなく走り、スイスイと他の車をかわしていく仕草は、祖父の屋敷の小川を泳ぐ鯉を思わせた。
時宗は時間を確認した。ずいぶん話した気がしたが、時政とは一時間程度しか話していなかった。おかげで、まだ四時になっていない。日の入りがだいたい五時半だから、夜になる直前に鉱山に着く。打ち合わせを終える頃には、暗くなっているはずだ。
戦闘と警備のプロ集団を動かせるのは大きい。作戦を考えながら、今度はマキの履歴を確認する。彼からは、とんでもない量の記録が残っている。相当焦っていることが伺えた。
しっかし。ゲストハウスに弥二郎を監禁していながら、時頼は労働者と事を構えるようなことをしたっていうのか? 底なしのバカだ。
考えながら、マキへ折り返しの通話をかける。呼び出し音一回目の途中で、通話が始まる。
『今どこだ?』
通話に出るなり、マキは聞いてきた。声にも焦りがにじんでいる。第四層への上昇道路が迫ってくるのを見ながら、時宗は答えた。
「そっちに向かってます。あと……そうだな、一時間半ぐらいで着きます」
『まだかかるのか?! 頼む。早く来てくれ』
「俺にできることなんか、そんなにありませんよ。状況はどうなってます?」
『午前中に、志願者を募って突入を試みたんだが、失敗した。あいつら銃を撃ってきやがったんだ。数人撃たれて救急車で運ばれて』
頭痛がしそうだ。
「それで一旦引いて膠着状態が続いてる。さっき南条義時が到着してゲストハウスに入っていったが、その後は建物全体にセキュリティ・シールドを下ろして奴ら立てこもってる』
「ったく、いつ装備したんですかね」
『わからんが、二ヶ月ほど前に工事していたから、それかもしれん。今日はヤマ全体が仕事にならない状態なんだ。実力行使でもう一回突入すべきだって意見と、正式なストライキとして武装なしに交渉すべきだって意見で揉めてて』
「義時の部下には反社会組織が食い込んでいます。シールドも力技で破れるものじゃない。突入はこれ以上やめた方がいい。確実に死人が出る。とにかく、今そっちに向かっているので、あと少し耐えてください」
『説得を続けてみる。……ていうかどうやって来る? ひとりなのか?』
「ひとりじゃありません」
ホッとしたような吐息が聞こえた。誰と一緒だと思ってるんだよ? 時宗は咄嗟に情報を隠した。
「うちの見習いと一緒です」
『車じゃ……ないのか?』
「車ですよ?」
それが何か?という態度をしてみせると、向こうは黙り込んだ。
「じゃあまた後で」
気づかぬふりで通話を切り、歩行箱に端末を入れると、時宗は歩行箱の設定を変え、外から一切端末にアクセスできない状態にした。海斗と敬樹以外、誰も信用できない。
頼むから晶石の上で殺し合いをやるのはやめてくれ。
あの機械は今どういう状況にあるんだ? このままでも死人が出そうなのに、さらに万が一、機械をどこかで誰かが使って──使えてしまったら、状況は最悪になる。目的がそれなら、とにかく一刻も早く自分が機械を押さえなければならない。
日暮れ前に到着できるか。傾いていく太陽に向かって、三人はひたすら走り続けていた。




