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サスティナブル・バディ  作者: 夜野 綾


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39/62

Itinerary: 5日目 その7

「時宗……お、お前……」

「どうした? そろそろ迎えが来る。第三層に上がるぞ」

 スーツに着替えて自分の部屋から出た時宗を、海斗は呆然と見ている。その横で敬樹が目を輝かせていた。そういえば、専門院の卒業式の時に敬樹は時宗のスーツ姿を見たんだっけ。

「お前……お前……かっっっ……こいいな」

 ぽかんと口を開け、持っている鞄を落っことすという百点満点の反応を見せてくれた海斗に、時宗はニヤリと笑いかけた。

「お前たちのも、これから買いに行くぞ」

「いくらすんだ?」

「金の心配はしなくていい。じいさんに会う時は、スーツのデザインも決まってるから迷う必要もないし」

 こともなげにそう言うと、時宗は玄関へと海斗を促した。

 海斗はちらっと時宗を見ると目を逸らした。頬がほんのり赤い。

 チャコールグレーのスーツは、卒業式の時にフルオーダーで仕立ててもらったものだ。体にぴたりと合ったスリーピースは、時宗の好みでブリティッシュスタイル、ウールとシルクの混紡でシルク二十五%。ネクタイはじいさんの好みに合わせて同系色の無地。ワイシャツは白。襟には南条家の家紋をあしらった銀のラペルピンが刺してある。

「ほれ、早く行くぞ。何照れてる」

「かおっ! 顔近づけんな!! いい匂いすんでねぇか!!」

「あぁ、コロンつけたから」

 なんなら壁ドンでもしてやろうかと思ったのだが、実行に移す前に海斗はあたふたと玄関へ逃げていった。残念。

 時宗は警察官と少し話をすると、部屋を出た。久しぶりに履く革靴の音が心地いい。迎えに来た制服警官についてきびきび歩く時宗の後ろから、敬樹がちょこちょこくっついてくる。海斗はさらにその後ろを、おずおず歩いてきていた。

 まったく。海斗だってきちんとしたスーツを着れば、時宗以上に映えるはずだってのに、自分の見た目はまったくわかっていないらしい。

 どんなスーツが似合うかな。

 時宗はエレベーターに乗り込み、海斗の後ろ頭を見ながら考えていた。


 一般共同住宅のエリアを抜け第三層に上がり空中道路へ一歩踏み出した時も、海斗の反応は時宗の期待を裏切らなかった。今度は敬樹も一緒に、エントランス前にぽかんと突っ立っている。

 上の入口を警備していた警察官と話し、遅れて出てきた時宗は、二人の棒立ち姿に笑ってしまった。ほんと、素直で可愛い連中だ。

「オレの知ってる壱玖零弐と違う……」

「ぼくの知ってるのとも違いますね……」

「運転手付きがスポーツタイプなわけないだろ」

 普通の車より長い長い豪奢な六輪車両は、第三層空中道路の路側帯で、ものすごい存在感を放っている。艶のある黒い車から、矢代が降りてくるところだった。

 初老の男性が礼儀を失しないように、それでも嬉しさを隠せない顔で小走りにやってくる。その様子に時宗は微笑みかけた。

「ご無沙汰しております」

「時宗様! あぁ……ご立派になられて……お元気そうで……よかった、本当に」

 矢代はやはり泣きだした。高等三年の時以来の再会だ、仕方ない。オイオイ泣く矢代に手を伸ばし、時宗は肩を抱いた。

「矢代さん、ご心配をおかけしました。僕は大丈夫ですよ」

 ゆっくり矢代と話したくはあるのだが、時間はないし、通りを行く人からも車からも視線が集中している。

「あなたにまた運転して頂けて、僕も本当に嬉しいです。今日はよろしくお願いしますね」

 穏やかに言うと、矢代は仕事を思い出したようで、涙を拭き拭きドアを開けてくれた。

乗り込み、海斗と敬樹に声をかける。

「ほら、お前たちも乗らないのか?」

 ハタと我に返った二人が大慌てで乗り込み、矢代がドアを閉めてくれる。

 本革のリアシートに腰を下ろすと、時宗はきちんとシートベルトを締めた。バタバタと二人がそれに倣う。

「焦らなくていい。矢代さんの運転は確かなんだ。それに今回は警察が警備してくださる」

「あっ、そっ、そうか」

 後部の空間は広々としている。向かい合わせで四人が座れるようになっていて、時宗の向かいのシートは運転席と背中合わせ、そこは折りたたんで今回は使っていない。助手席と背中合わせの席には敬樹が座り、その向かい、時宗の隣には海斗が座っていた。二人とも緊張して浅くちょこんと座っているので、文字通り膝を突き合わせる感じだ。

「リラックスして座らないと酔うぞ?」

 矢代が仕切り板の向こうから、マイクで心配そうに声をかけてくる。

「あの、出発してもよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

 サイレンを鳴らしていない警察車両がゆっくり発進するのが見えた。それに続いて矢代が発進する。後ろからは覆面車両がついてきていた。

「……すげぇ」

 海斗の呟きに苦笑する。

「なんだか大事になってしまったな~。買い物ぐらいは電車で行けばよかった……。地域の方々にご迷惑をかけてしまったな」

「時宗さん……口調が……いつもより落ち着いてる……」

「ん~。まぁスーツを着て車で出るとなれば、モードは自然に切り替わるものだろう?」

 おまけに『あの』じいさんと一勝負しなければならない。今から切り替えておかないと、咄嗟にアホなことを口走りそうだ。海斗が何を言うかもわからない。初対面の二人の相性が読めないのだが、とにかく、海斗と祖父とを会わせたら、祖父が知っている情報をすべて引き出さなければならない。

「時宗! 時宗!」

「どうした?」

「こっ……この車、静かすぎんな? サスペンションどうなってんだ?」

「いや知らん」

 十中八九、じいさんは今回の件に何らかの形で関わっているとは思うが、義時と時頼の動向を知っているとは考えにくい。とするなら……。

「時宗!」

「ん~?」

「これエンジンどんなやつだ?」

「知らんってば」

 頼む考え事をさせてくれ。

 敬樹が携帯端末で調べ始め、海斗と敬樹は仲良く画面を見ている。

「おぉ! 燃焼機構すげぇ! 12気筒!」

「……海斗」

「何だ?」

「そのボタン押してみろ」

 二人の間の大きな肘置きのカバーを開けて、ボタンを指差す。不思議な顔で海斗が押すと、運転席との仕切り板が下がった。

「おおお?!」

 海斗と敬樹は運転席をのぞき込み、矢代は慣れた反応でにこにこしている。

「車のことは矢代さんに聞いてくれ」

「お~なるほど」

 後ろから二人は仕切り窓にくっつき、あれこれ質問を始めた。矢代はひどく嬉しそうに専門的なことを答えながら運転している。元々、矢代は誰かと話すのが好きだった。時宗も子供の頃はよく仕切り板を開けて矢代に話しかけ、チャイルドシートに戻るよう怒られたものだ。

 これでよし。

 和気あいあいとした三人を眺めながら、時宗は考え事に戻った。

 今回の件、弥二郎は遺産について言っていた。当初聞いていたのとは違う形だが、確かに、『遺産』が絡んでいることは確かだ。だが『買い手』が一族の者でないとしたら、彼らはどうやって機械のこと、石のことを知ったのか。単純に、サッポロの組織が裏で買い手を募った可能性もあるが、それで果たして、どんぴしゃり欲しい人間が見つかるものか? なにせあの石は……。

「時宗さん」

 小さな声。

 時宗は顔を上げた。敬樹が座席に戻り、海斗の背中越しにこちらを見ている。

「あの、警察の方からメッセージが入ってる……」

「どんな内容だ?」

 聞いたが、敬樹は端末を持ったまま、固まっている。

「や、弥二郎さんに何かあったんじゃ。開けて、何か……悪いことが書いてあったら」

 ひくっと敬樹の喉が鳴った。海斗が気づき、自分の座席に戻ってくる。

「貸してみろ」

 時宗は敬樹から端末を受け取り、メッセージを開けた。

『お忙しいところ、恐れ入ります。タテバヤシの件で事情をお聞きしたいのですが、お時間のある時に通話をお願いいたします。またそちらの用件が終わりましたら、事務所で聴取の時間をお取りいただくよう、お願いいたします』

 文面の下には、記事が貼られていた。端末を三人で覗き込む。ニュース動画が流れ出した。

『昨日の夜六時頃、タテバヤシ……の無人売店駐車場で、男性が刺され、死亡しました。警察は、サッポロ在住の三十六歳の男が事件に関係があると見て調べていますが、この男も被害者に胸を刺されて病院に運ばれ、意識不明の重体です。警察は、事件の直前に現場を立ち去った青い車両の行方を探すとともに、関係者などからも詳しい事情を……』

「…………青い車って、オレの弐陸のことか?」

「だな。言ったろ? 奴らが仲良く連絡先を交換すると思うかって」

 敬樹が眉間に皺を寄せて端末をじっと見る。

「これって、弥二郎さんにどんなふうに関係してくるんですか?」

「死んだ方は、誰とつながっているのかわからないものの『カイト』を探していた。刺した方、サッポロの奴は海斗を見張っていた、例の機械の『売り手』だ。おそらくはターゲット、つまり海斗を取り合って殺し合いをやらかした」

「つまり……敵は二種類いて、海斗さんを巡って喧嘩になった?」

「そういうこと。手を組まれたらどうしようと思ったんだが、バカすぎるなあいつら。殺し合いなんかやったら、抗争一直線だ。夕べから、海斗の端末は電源を落としてすべて切断してあるけど、それでも、こっちにかまってる暇がなかったな。下っ端どもはいきり立ち、上の者は交渉にかけずり回る。どこも同じだ。サッポロの連中は、海斗の新しい『後ろ』が黒い車の連中だと思ったかもしれない。そうなってくれるとありがたいんだが」

「弥二郎さんは……」

「弥二郎を拉致してすぐに俺たちを見つけたとは思えない。弥二郎を拉致した連中とタテバヤシの連中は別口だと思っておいたほうがいいだろう。弥二郎を拉致した犯人は、違う方向から探す」

 こうやって考えると、現時点で海斗を追っているのは少なくとも四組。サッポロの機械の『売り手』、機械を買った『買い手』、タテバヤシで時宗とやりあった『黒い車』、そして弥二郎を拉致した連中。

 懸賞金でもかけられてるのか? これにもし義時たちが加わったら、状況はもうめちゃくちゃだ。あるいはこのどれかが奴らなのか?

 時宗が警察に返信している間に、海斗が敬樹の膝をぽんと叩いた。

「弥二郎さんは、きっと大丈夫だ」

 時宗は溜息をついた。この二人の優しさと頭の良さが、他の人間に少しでも備わっていてくれんもんかね。

「敬樹。不安なのは俺も同じだ。でも、俺たちは三人いる。お互いがお互いを支えたいと思っている。だから最後まで俺から離れないでくれ。俺もお前たちから離れない。……装備を整えたら、まずうちの祖父を攻略してしまおう。きっとうまくいく」

「時宗様、もうすぐでございます」

 矢代の声に、敬樹と海斗は顔を引き締め、それからお互いに励ますように笑った。

 俺たちは同じ哲学を持ってる。笑え。誰かに笑って欲しい時は、何があろうと笑え。楽天的であろうと努力することは、人生にきっと必要なことだ。

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