Itinerary: 5日目 その6
迎えの車が来るまで少し時間があったので、時宗はようやく、今回の事件の前に手に入れた情報チップを解析しておくことにした。
敬樹と海斗が皿洗いをしてくれている間に、自室の大型端末二台の準備をする。
「敬樹、頼めるか?」
台所仕事が終わった敬樹に情報チップを見せ、時宗は椅子に座った。
「わかりました」
敬樹は自分の部屋から持ってきた椅子を横に置いて座る。
「何やんだ?」
ベッドの縁に座り、海斗は不思議そうな顔をしている。
「海斗お前、警察から、話を聞かせてくれって言われてなかったか?」
「もうちょっと色々調べてからでいいって言われた。夕べはすぐって言ってたのに、なんでだか」
『第五層案件』について山本と話したことを海斗には言っていないが、警察は自分たちの調査を先に進めることにしたらしい。
「じゃあ、好きにしててくれ。俺はちょっとやることがある」
「見ててもいいのか?」
「大丈夫だ」
見てもわからないだろうし。
「時宗さん、準備できました」
キーボードをカタカタやっていた敬樹が言う。
「よし。いつものように見張りを頼む。情報ネット経由で外部から接触や侵入があったら、容赦なく反撃してくれ。今日はそうだな……三十分が限界だ。疲れが全部とれたわけじゃないから、それ以上やったら明日まで行動不能になる。俺の様子を見て危なそうだったら、ぶった切ってくれてかまわない」
「わかりました」
敬樹はどうやら才能があったらしく、情報ネットや晶石回路の仕組みをあっという間に理解した。今は事務所の端末のセキュリティも担当している。外部に漏らしたくない情報を解析しなければならない場合、時宗はいつも敬樹に手伝ってもらっていた。
「始めるぞ」
情報チップをスリットに差し込み、時宗は息を吐いて内容を表示させた。ファイルのリストがざぁぁぁっと流れていく。すべての内容が順に表示されていくよう、自動再生の設定をすると、椅子の背に身を預ける。
目の前に、情報が奔流となってあふれ出した。数字と項目、日付、文章、グラフ、写真。あらゆるものが高速で流れていく。
視界が狭くなっていき、画面を流れる情報がひたすら脳の中を走りまわる。データとデータ、グラフとメッセージ。一見、かかわりのないもの同士が脳内で組み上げられていく。
それは、南条グループ全体の金の流れだった。
どの部署が、何を目的に、いくら使ったのか。稟議。決裁。あるいは請求書、領収書。
『表の』情報が終わると、次に『裏の』情報が流れ始める。唯が個人的に集めたデータだ。使いすぎの項目が炙りだされ、『接待』の内容が明らかになる。世間に『赤字』として発表されているものの正体が露わになっていく。
すべてのファイルを閲覧し終わり、時宗は自分が得た情報を脳内で分析する。数年前からこの作業は続けている。金の流れは、ほとんどが過去にあらかた理解したものだった。
今回は、晶石鉱山の人件費が気になる。従業員の数が異常なほど増えているのだ。経営陣はこのことをどう扱っているんだ? 労働条件の悪化に伴い、雇える者は全員雇っている状況なのか。それにしたって、予算オーバーじゃないか。
その上、採掘人などの現場労働者の雇い入れに、すべて同じ人材派遣会社を通している。社名は「サザンクルス」。
このタイミングで聞きたい名前じゃない。これは……マキ、来栖真紀の会社だ。
本社が利益を吸い上げ、義時と時頼が湯水の如く使っているのは変わっていない。金額が増え続けているのには呆れるばかりだ。本社の社長室と専務室に豪華なスイートルームがあるのは知っていたが、その維持費がさらに増え、アホらしい数字になっている。夜の店で毎晩五〇〇万使う意味もわからん。あとこの、鉱山ゲストハウスの設備投資の異様な数字は何だ?
いずれにしても、鉱山で状況が動いた以上、このチップの中身は補助的な役割を果たすことになる。今回こそ分析をまとめ上げて検察に送ろうと思っていたのだが、その前に直接決着をつけることになったわけだ。
「時宗さん」
敬樹の小声が聞こえ、時宗は我に返った。
「終わった。何分経った?」
「もうすぐ三十分です」
「そうか。今回はあんまり手こずらなかったな」
ふうと息を吐き、伸びをして時計を見る。データは脳に格納した。細かいところをさらに分析するのは後回しだ。つくづく、面倒な能力だと思う。肉体に比べて脳がオーバースペックすぎる。
「ちょっと余裕あるか。三十分だけ寝かせてくれ」
海斗の横に、乱暴に身を投げる。すぅっと脳が緩み、意識が沈んでいく。
「すんげぇ速すぎて、なんかの線が流れてるだけだったんだけど、いっつもこの速さなんか?」
海斗の声がする。敬樹が静かに答えた。
「ですね。いつもこんな感じです。時宗さんの脳って、多分、ぼくたちと全然違うんですよ」
「すげぇな」
「その分、チョコレートの消費量が多いんでしょうね」
「なるほど。時宗も、めんこいな」
「めんこいって?」
「かわいいって意味だぁ」
二人がこちらを見ながらくすくす笑う気配がする。
いたずらっぽく髪が撫でられ、時宗は不思議な安心感の中に疲れを放り出した。




