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サスティナブル・バディ  作者: 夜野 綾


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31/62

Itinerary: 4日目 その14

 時宗と海斗は事務所の近所を三周して追手の気配がないことを確認すると、敬樹と警察に連絡して事務所横の訪問者用車庫に車を入れた。道路に面した扉が閉まると、制服警官が近づいてくる。

 二人は車を降り、ついに事務所に帰りついた。中はめちゃくちゃで、倒れた棚などの間で鑑識や捜査員がまだ作業している。入口には動かなくなった掃除機がまだいた。こいつには自動録画機能もついているのだが、おそらく撮ってはいないだろう。のほほんと澄ました顔パネルに時宗は少しイラっとしたが、掃除機相手に怒ったところで、どうにもならない。

 捜査責任者だという人のところへ二人は案内された。時宗は自己紹介の後、捜査の状況を聞いた。

「おつかれさまです。この度は色々とありがとうございます。その後、叔父か犯人から連絡は……?」

 山本と名乗った責任者の説明では、まだ何も連絡はないが、時宗が送ったデータから、タテバヤシにいた二台の名義人は割り出したという。白い車はやはりサッポロの組織のもの。黒い方は、これから名義人の周辺を洗わなければならない。ただ、連中の写真から、どこかの組織につながるだろうということだった。

「車両の持ち主などに心当たりはありますかね?」

 事情聴取に当たっている捜査員からの問いに、時宗も海斗も首を振った。

 一通り話すと、二人は個別に聴取を受けた。

 海斗はすべて話した。自分が借金のカタに運び屋をやらされていたこと。積み荷はどうやら、父親が残した機械に手を入れ、それを小型化したものであること。さらに今後も自分が知っていることはちゃんと話すと捜査員に約束した。

 時宗は弥二郎のこと、引き受けた仕事のことなどを話した。敬樹が話したことと一致したということで、捜査員はひとまず、時宗の聴取を先に終わらせてくれた。時宗としては、一刻も早く敬樹の様子を見に行きたかったのだが、先にやるべきことがある。

 部屋の向こう隅で、海斗が捜査員に身の上話をしているのを横目で見ながら、時宗は指紋採取などに協力し、他の捜査員と一緒に事務所の中を一通り確認した。

 棚の資料は腹立ち紛れという感じにぶちまけられていた。その光景に眉をひそめる。鑑識の作業はそろそろ終わるところらしく、資料は少しずつ歩行箱に詰められていた。

「……全部持っていくんですか?」

「えぇ」

 弥二郎のかっこつけで並べてはいるが、中に個人情報はない。全部弥二郎が趣味で集めている、田舎の古民家の図面だ。だが仕方がない。さっき内容は伝えてあるが、これも彼らの仕事だ。端末も捜査員が調べていた。敬樹がパスワードを教えたのだろう。

 主が連れ去られ侵略された事務所は、もの悲しく見えた。大切なものが奪われるのは、何度経験しても慣れない。今、時宗はひどく疲れた気分になっていた。無理な再起動を重ねた脳は、限界を突破して感情を穏やかに保つことができなくなっている。

 弥二郎。あんたはこの事態を予期していたからこそ、本当の目的を言わずに俺をサッポロに出したのか。海斗を連れてゆっくり戻って来いと言ったのは、俺を海斗と共にトラブルの中心から離すためだったのか。

──私の立場と重責を守るためなら、息子は死を受け入れるだろう──

 もし『身内』がこの件に関係しているとすれば。連中は野心のためなら何だってする。誰かを痛めつけることに、ためらいなんかない。血が繋がっていても。

 嫌な想像ばかり膨らむ。だめだ。こんな状態で考え事をしても、いいことはない。

「コーヒーをお淹れしますけど、飲みたい方はいらっしゃいますか?」

 時宗は事務所全体に声をかけた。捜査員は全員、おかまいなくという感じだった。海斗を見ると、やはり首を振っている。

 許可を取り、時宗は小さな給湯室に入った。誰もついてきていないのを確認し、やかんを火にかけて戸棚を開け、粉末コーヒーとコーヒーミルクを取り出す。

 火が沸くのを待つ間、時宗は砂糖に手を伸ばした。細長い紙袋に一回分ずつ入っているものだ。特に何かが混ざっている感じではないんだが……。袋をひとつひとつ触っていく。

 これか?

 ひとつだけ、砂糖が入っていない袋がある。時宗はそれを引っ張りだした。下の方は破り取られ、中身が抜かれている状態だ。軽く振ると、中から細長く折りたたまれた紙が出てきた。

 これが依頼人の名前か?

 そっと紙を開いてみる。何が書いてあるんだ?

『じじいマジでボケてやがる。頑固でほんと頭にくる。ばーかばーか』

 ………。

 ………………。

 いやこれ何なんだよ?!

 四十近くにもなって『ばーかばーか』はないだろうが!

 ふつ~~の悪口じゃねぇか。今回の件に関係は……あるのか。『コーヒーに砂糖入れすぎんな』という言葉の通りに、ここにメモがあった。ということは、弥二郎はあらかじめトラブルを予測し、細い紙を用意し、メッセージを書き込んでここに仕込んだ。

 先の見通しの正確さと手間を考えると、これをただのストレス解消とは考えない方がいい。いや……うん、ただのストレス解消だな、この文面は。ただ、メッセージをストレス解消に使っている。だから他の人間がたまたまこれを見つけても、ただのストレス解消だとしか思わない。

『じじい』。

 だから通話ⅠDぐらい書いておけよ。もう一度目をこらすと、メッセージのさらに横に、インクのないペンで書いたような跡がある。

 粉末コーヒーを振り掛け指先でこすると、茶色く汚れた中に通話ⅠDらしきものが浮かび上がった。

 時宗はメモを小さく折りたたみ、ジーンズのポケットに入れた。何食わぬ顔でコーヒーを作り、マグを持って給湯室を出る。開けた空間に座って壁に寄りかかると、時宗はコーヒーを飲みながら海斗の事情聴取が終わるのを待った。

 三十分以上待ち、海斗と捜査員たちが立ち上がると、時宗も壁から離れる。

「聴取終わりました?」

「えぇ。一旦は。明日もう一度お話を伺えればと思います。ご自宅の方にも捜査員が詰めておりますので、何かありましたら言ってください」

 山本の言葉に、時宗はうなずいた。こっちを監視する意味も兼ねているんだろう。拒絶しないのが得策だ。

「では俺たちは失礼させていただきます」

 警察官の付き添いと一緒に、時宗と海斗は事務所の奥から廊下へ出た。

 垂直昇降機で上りながら考える。『じじい』。頭にくるほど頑固なのは、時宗の祖父も同じだ。政子。あの会話はどこで聞いたのか。眠れば正確な記憶を脳の奥から引き出せる。考えるのは明日にするべきだ。

 昇降機を降りて冷えた階段を上り、自分たちの家につくと時宗は鍵を出した。警察官がそれを制し、通信機で中と連絡を交わす。ドアが開き、女性警察官が顔をのぞかせた。

「すみません。お邪魔しております」

「こんばんは。お世話になっております」

 女性警察官は、ほっとする笑顔の人だった。

 その向こうに、自室から飛び出てきた敬樹が見える。

「敬樹」

「時宗さん! おかえりなさい」

 走ってくる敬樹を抱き締め、時宗は頭を撫でた。

「ただいま。もう大丈夫だ。ちゃんと休んだら、一緒に弥二郎を探そうな」

「おかえりなさい。おかえりなさい」

 ぎゅうっと抱きついてくる敬樹の気が済むまで、時宗は両腕で敬樹を包んでじっとしていた。しばらくして、敬樹はやっと身を離し、時宗を見上げた。

「おつかれさん。敬樹お前、顔色良くなってないな。少しは眠れたか?」

「眠れなかった。心臓がバクバクして収まらないんです」

 海斗が心配そうに敬樹をのぞきこむ。敬樹は何気なく見返し、その美しい造形に仰天して見とれた。よかった。海斗の顔に思考停止するのは俺だけじゃなかった。

「敬樹、こいつが海斗だ。海斗。こいつが敬樹。仲良くしてやってくれ」

「よろしくな」

「よろしくお願いします」

 時宗は荷物鞄を下ろしながら、リビングを見渡した。ローテーブルには様々な機材や端末、通信機などが並べられ、ちょっとした捜査部になっている。出迎えてくれた女性警察官の他にもうひとり、若い男性警察官が端末を見ていたが、立ち上がって挨拶をしてきた。事務所から付き添ってくれた警察官は、玄関で警戒に当たってくれている。

「進展はありませんか?」

 時宗が警察官に声をかけると、女性警察官が話し始めた。ちらちら海斗を見ている。

「そうですね……特に連絡も来ておりませんので、今夜はきちんと休んだ方がいいと思います。後でさらに応援が来て、交代でここに詰めることになっているのですが、よろしいですかね?」

「えぇ。お願いします」

 時宗はダイニングの椅子を引き、敬樹と海斗を座らせた。

「何か飲むか? みなさんも……何か飲みますか?」

 こちらでも、やはり警察官は首を振った。

 時宗はさりげなく台所へ行き、戸棚を開ける。やかんに水を入れて火にかけ、紅茶が入った箱と、砂糖壺を取り出す。

「俺は紅茶飲むけど……」

「オレいらね」

「ぼくも……」

「そうか」

 言いながら、砂糖壺の蓋を開けて中を覗き込む。陶器のスプーンで中をかき回したが、こちらには何も入っていなかった。

 お湯が沸くのを待ちながら、時宗は対面カウンターの向こうに声をかける。

「敬樹、晩飯は食べたのか?」

「食べてないです」

「そうか」

 それだけ言うと、時宗はコンロに置かれたままの鍋を開けた。肉じゃがが入っている。もうひとつのコンロでお湯が沸くと、時宗は紅茶を淹れ、冷蔵庫を開けた。サラダが三人分入っている。具合が悪くて自分は食べられないのに、敬樹は必死で夕食を作ったのだ。

 黙ったまま紅茶に砂糖とミルクを入れると、時宗はそれを持ってダイニングテーブルに戻った。

「敬樹」

 見上げてくる瞳に、微笑みかける。

「頑張ったな。ほんとにありがとう。俺はちょっと事務所の方に戻らないといけない。頼みが二つあるんだが、やってくれるか?」

「はい!」

 いいお返事。敬樹はいつだって一生懸命仕事をしようとするし、どこにでも行きたがる。誰かの役に立っている実感が、敬樹を支える。本当は、ここにいるだけでいいのに。弥二郎が戻ったら、またゆっくりとそれを理解していけばいいか。

「車の中に、海斗の荷物と俺の買ったお土産がある。体が大丈夫そうなら、海斗と一緒に車の中にあるものを持ってきてほしい。それがまずひとつ。もうひとつは、海斗の面倒をみて欲しい。何か食べさせて、部屋着と寝間着を用意して、風呂に入れて。体格が似てるから、俺の部屋で何でも探してくれ。

 海斗は今夜ここに泊まる。……弥二郎を拉致した連中のターゲットが海斗である以上、こいつがここに無事でいる限り、弥二郎は殺されない」

 敬樹は唇を引き結んでうなずいた。

「ぼく、海斗さんを守ります」

「頼む。お前も風呂に入って、一緒に休んでいてくれ。多分明日は忙しくなる。いいな?」

「わかりました」

 微笑んで敬樹を励ますと、時宗は海斗を見た。こちらもきゅっと口を閉じ、凛々しい顔をしている。

「海斗、お前も明日に備えて、早く休んでくれ。おつかれさん。俺のベッドで寝てくれていい」

「時宗。お前はどうすんだ?」

 俺?

「俺はちょっと山本さんと話してくる。何時になるかわからないから……」

「ちゃんと帰ってきて、風呂入って寝るんだな?」

「あぁ。終わったら戻る」

「そうじゃねぇ。お前、事務所ひどいの見てからショック受けた顔してる。オレらを励ましてねぇで、一緒にちゃんと寝るべ」

 気を張っていたのを見透かされ、時宗は一瞬、黙り込んだ。

 海斗は時宗の心を見通したように静かに言った。

「いいか? 早く帰ってきてお前も風呂入るって約束すれ。オレちゃんと……待ってっから」

「……わかった」

 絞り出すように時宗が答えると、海斗は励ますように、ふわんと笑った。

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