Itinerary: 4日目 その13
ハッと目を覚ますと、車はまだ走っていた。海斗のマシンガントークが終わっていないところを見ると、意識を失くしたのは一瞬だったらしい。
疲労感は取れていなかったが、普通の行動ぐらいはできる程度に脳の機能は復帰していた。もっとも、これが長続きしないことは経験で分かっている。自分のベッドでしっかり寝ないと、後を引く。
「海斗、しゃべってるとこ悪いが、警察と管理局どうなってる?」
その質問を聞いた途端、海斗が口をつぐんだ。風船から空気が抜けるように、興奮が一気に抜けていくのがわかる。
「……たぶん、見つかる。映像解析でこの車を割り出すのに、そんな時間かかんねぇはずだ」
「だろうな」
「管理局妨害のプログラムは使い捨てだ。あれ使ったら車も捨てねぇといけなくなるの、忘れてた……」
さっきまで異常なテンションだったのが、今度は地を這うような声だ。
「う~ん。逃げ切るには、しょうがなかったしな。お前の腕のおかげで、まだ二人とも生きてるわけだし」
「いや、あっこでお前が『逃げるぞ』って言ってくれんかったら、どうもならんかったし、あの家出るまでは、ほんと、怖くて戦えなかった」
顔を見合わせて笑う。命がけの状況を一緒に乗り切った連帯感がくすぐったい。
「時宗お前って、すげぇんだな」
「どうだろ。お前の車の腕の方が上じゃないか?」
「二人なら無敵だな~」
「だな」
初めて、時宗は誰かと生き抜くのも悪くないと思っていた。
「車が見つかるのはしょうがないけど、もう少し先延ばしにできる可能性はある。とりあえずシブヤの事務所に向かおう」
「わかった。道どれだ?」
「教える。あ、次で右折な」
事務所の車庫に車を入れて、弥二郎襲撃について捜査している警察と相談すれば、なんとかなる気がするように時宗は思った。気がするだけかもしれないが。
シブヤに向かいながら、時宗は気になっていたことを話すことにした。
「あの機械、お前はほんとに知らなかったんだな?」
「うん。生田さんは、父さんが死んでからオレに手伝わせてくれんかった。……あの人オレのこと、組織に売ったんだべか……」
「どうだろうな。機械を運ぶだけだったら、お前は確実に殺されてた。でもお前を『鍵』にしたおかげで、あの機械が欲しい奴は誰もお前を殺せない。生田さんって人は、お前を守りたかったんじゃないかと俺は思うが」
「そっか」
少しホッとした顔になって、海斗は溜息をついた。
「生田さんも、生きてっかな」
「あの機械がまともに起動できるっていう確認がとれない限りは、生きてるだろ」
「ならいい」
問題は、あの機械の目的と、あれと海斗との関係だ。石……。
「俺が解析できた限りでは、あの機械は従来のものとは全然違う。晶石を燃やすんじゃなく、結晶体が人間の生命エネルギーや意志に反応する性質を利用して、結晶体構成原子そのものを振動させ、増幅させて爆発的な力を引き出すものだ。
ただしあれ単体じゃ、生まれた力が暴走する危険がある。何か別なものに繋ぐことを前提として、エネルギーを溜める筐体、あるいは……」
「よくわかんねぇけど、あれひとつで起動させたらダメってことか?」
「そういうことだ。連中は深く考えず動作確認のつもりで起動させようとしたんだろう。連中が死ぬのは勝手だが、あんなとこで起動したら区画ひとつ吹っ飛びかねない。サッポロで本体を見た時もちらっと思ったが、そういう安全性に関連した部分が、あの機械は未完成なんだよ。あんなヤバいもの、どうしてトウキョウに出そうと思ったのか……」
疑問は他にもたくさんある。
「次の信号で左に曲がってくれ。それで聞きたいんだが、海斗、お前あの石を知ってるのか?」
唇をきゅっと噛んでから、海斗は答えた。
「あの石は、母さんの形見なんだ。組織に取り上げられて、それっきりだった。てっきり売っ払われたと思ってたんだけども」
ごくんと唾を飲み込み、時宗は次の質問を投げた。
「お前のお母さんの名前は、何だ」
「政子。結婚する前の名字は聞いたことない」
どこかで聞いたことがある名前だ。人生の中で一度だけ。あれはいつだった? どこで、誰が話した?
「おそらく、お前は俺と同じ一族の人間だ」
「ええっ?! どうしてそうなる?」
弥二郎め。最初から知っていたに違いない。俺の本当の任務は一族からはぐれた者の回収と保護。そして、あの石の回収。適当なこと言いやがって、海斗が運んでた物が『遺産』なんじゃね~か。こうなると、襲撃してきてるのも、実際『身内』の可能性が高いわけで。
記憶をたぐる。俺は海斗の母親の名前をどこで聞いた?
──姉貴もいたら──
──政子はおらん。最初からいなかったものと思え──
──可愛がってたくせに、なんでそんなこと言えるんだよ──
これ以上脳を使うのは本当に無理だ。強烈な眠気にまたも襲われ、時宗は思考を断念した。
「とにかくだ。詳しいことは……」
舌がもつれる。
「ダメだ……無理……このまま、道なりに言ったら左に……牛丼屋の看板見えるから……」
ずるんと意識が落ちた。
「っ! 時宗! 時宗起きれ!!」
頬をピタピタ叩かれる感触に、時宗はガバっと起き直った。
「どこだここ」
「シブヤの駐車場。お前、お前いきなりしゃべんなくなって!」
靄がかかった頭で周囲を見渡す。事務所の近くの駐車場だった。視界の奥に第二層空中道路が見えていて、その向こうには見慣れたファミリーレストランの看板が見える。
「もうあとすぐじゃないか……」
「場所がわかんねぇんだってば。お前は返事ねぇし!」
「すまん」
また脳の回線がダウンしたわけだ。本格的に使い物にならなくなってきた。ポケットからチョコを出し、苦労して包み紙をとり、口に放り込む。お茶も一気飲みして、なんとか意識を真っ直ぐにする。
そういえば晩飯もまだだったな。
起きなきゃ。まだやることが残ってる。
「時宗! 大丈夫か?!」
「さっきの機械の解析で脳が極端に疲れただけだ。死ぬわけじゃない」
「でも!」
気力を振り絞って、座席に座り直す。
「ついでだ。サッポロに通話した方がいい」
「今はそんなことより」
「いや、通話しろ。それから事務所に入る」
海斗の端末を押し付ける。海斗はしばらく時宗の顔を心配そうに見ていたが、溜息をついて端末を操作した。
呼び出し音一回で、相手が出る。
『てめぇ! 今どこにいやがる!』
怒鳴り声に顔をしかめて海斗が耳を離す。わめき声が車の中に響き渡る。
『メンツ潰しやがって。逃げ出すなんて何考えてやがんだ。ブチ殺すぞ!』
かあっと海斗の表情が変わった。怒りで頭に血が上ったらしい。時宗は止めなかった。向こうが息継ぎをするタイミングで、今度は海斗が怒鳴り始める。
「うるせぇ! オレは荷物を運ぶって話だから仕事しただけだ。なんだよ『鍵』って! オレは『鍵』じゃない。母さんの石だって、なんてもんに使ってやがんだ。借金だって、お前らが勝手に膨らましただけじゃねえか。オレは! 金輪際! 足を洗うからな!」
『なんだと?! ふざけんな。てめぇ! 今すぐ』
「脅されたからって帰るわけねぇだろ! こっちは新しい『後ろ』がいんだ。お前らなんか、あっちゅう間に千切ってやっから、覚えとけ!」
見事な啖呵を切ると、海斗は怒りにまかせて通話をブッツリ切った。肩で息をしている。
「おつかれ」
「言ってやった!……石、もう会えないけど……」
「そうか? お前が『鍵』である限り、あの機械とはまた会うチャンスはあるはずだ」
時宗はニヤリと笑って見せた。
「行こうぜ。事務所に戻って車庫に入れれば追手に見つからない。警察と話して、サッポロとヨツヤ、両方の組織を吊るしてやる」
「車庫あんのか。いいなそれ」
「弥二郎だって、きっと見つかる。車だって、きっと乗り続けられる。……全部終わったら、弥二郎と敬樹も誘ってさ、四人で焼肉でも行こうぜ」
「ほんとか?!」
ああ。楽しそうだ。男四人じゃきっと限度額まで使ってしまう。それでも、弥二郎が無事で、お前が笑えるなら、俺はお前に焼肉を奢る価値がある。




