Itinerary: 4日目 その12
勢いそのままに私用連絡道を突っ走り、海斗は第三層空中道路に進入した。操作盤の上に置いてあった端末を掴み、時宗の膝に放り出す。
「右の項目から探して、管理局の介入を妨害すれ!」
そんなもん入れてるのか?
時宗は端末を覗き込んだ。確かに、環境情報の右に、色々な項目がずらりと並んでいる。車の状態を確認するものが多いが、下の方に物騒な項目が並んでいる。
「おい爆発って」
「いいから探せ!」
車の流れの隙間を縫って、海斗はどんどん加速していた。一つ目の信号を完全無視して矢のように突っ切る。交差点全体がパニックになり、警笛やらブレーキ音やらが一斉に上がった。
同時に車の中に、けたたましい警告音が鳴り響く。操作盤から設定を無視した最大音量の合成音声が流れる。
『こちらは管理局です。危険運転が感知されました。これより当車両の運行権限に介入を行います。繰り返します』
申し訳ないが、あれだけの車が立ち往生してくれれば、追手が足止めをくらってくれるかも。
端末の項目をたどる。
「あった。管理局妨害。押すぞ」
「早くすれってば!」
項目を押すと、合成音声がぶつりと切れた。邪魔がなくなったとばかりに、海斗はさらに加速させる。石を中枢に置いてあるのは、いざという時に外部干渉をすべて断ち切れるようにしていたからか。
「後ろ! ついてきてるか?!」
海斗の怒鳴り声に、後ろを見る。
「しぶといな。二台来てる」
向こうも車高の低い速い車を出してきていた。さっきの交差点を、海斗にくっついて突破したものらしい。
「どうやってまく?」
時宗が聞くと、海斗がニヤリと笑った。極限状態で車に乗ったせいで、どうやら脳のどこかのリミッターが外れたものと見える。
「見てれ。あんなん千切ってやっから」
「期待してる」
ふふん、と鼻を鳴らし、海斗は青信号を右に曲がった。片側三車線の大きい道は……。
「おい渋滞してんぞ」
「うるっせぇ!」
夜八時を回り車の量は減っているとはいえ、ここはトウキョウだ。サッポロのようにはいかない。しかも中央分離帯があって、Uターンもできない状況だ。
どうすんだこれ?
時宗は後ろを振り返った。追手はしっかり来ている。
管理局か警察か、あるいは両方か、サイレンの音が近づいてきていた。
海斗は鮮やかにステアリングを切り、迷わず路側帯に鼻先を突っ込んだ。落下事故防止のため広くとられた場所を、容赦なく飛ばし続ける。管理局とつながっている限り絶対に走れない場所だ。横に並ぶ車がすべて止まって見える。
先に見える信号は赤に変わるところだ。流れがひと段落して、交差点の中が空白地帯になる寸前だった。
キュキュ、とタイヤが鳴り、車が路側帯から車線に復帰する。
「時宗! つかまってれ!!」
海斗は、がなると同時に交差点のド真ん中に突入した。
とんでもないスピードを一切落とさないまま、海斗が底までブレーキを踏み込む。体が前にガン!と落ちる感覚。尻をやすりでこすられるような摩擦。外に向かってギュウゥンと体が縦につぶされる。景色が横にざぁぁぁっと流れていく。
死ぬ!と思ったところで車はぴたりと真っすぐ前を向いた。晶石エンジンが唸る。時宗が我に返った時には、車はすでに追手とは反対方向でトップスピードに乗っていた。
怒り狂った男どもが、窓から顔を突き出してわめいている。
海斗は颯爽と通りを走り抜け、滑らかに車線変更した。目の前にネオンの壁が広がり道路が視界から消える。第二層への降下車線を、海斗はジェットコースターのように駆け下りていく。
ひと跳ねして下層の道路に降り立った車は再び一目散に加速し、他の車の間をすり抜け、追手を完全に振り切った。
「後ろどうなった!」
海斗の声に、後ろを向く。
「ついてきてない」
「よ~し!」
最後にピタリと赤信号で止まると、海斗はようやく息をつく。
半端に引っ張り出したシートベルトにしがみついたまま、時宗は呆然と助手席に座っていた。
「…………さっき、何が起こった?」
「スピンターンかましてやった。面白かったべ?」
時宗の方へ顔を向けた海斗の顔は、高揚感に輝いている。
「いや……何が起こったかわからなかった」
「え? そうか? ブレーキングで荷重を……」
「説明しなくていい。理解が追いつかない。俺の頭がポンコツで大変申し訳ないんだが、説明は一件落着した後にしてくれ」
「そっか」
海斗は時宗を見てニヤニヤしている。してやったりという顔だ。
「お前……すごいな」
「へへ」
なるほど、命がけの状況でこの度胸と腕が発揮できるからこそ、生き延びてきたわけだ。相当な腕がなければ、安全制御を切り捨てて運転手の技術だけでこんなことはできない。
解放感と興奮でギラついている海斗の目を見ながら、時宗は呟いた。
「やばい……クセになりそう」
「だべ?! 今度どっかの峠とか行って、そんで」
海斗がまくしたて始めたが、時宗は聞いていなかった。
知恵と技術、そして度胸で恐怖を克服し、勝利を手にした時の海斗の笑顔。
これが見られるなら、何をやったっていい。
「峠は後回しにしてくれ。シブヤ……地図、事務所……」
ほっと一息つくと同時に、今度こそ、脳がずぶずぶと沈んでいく。気が緩み、ものすごい眠気が襲ってくる。
頭のネジが飛んだ海斗は、グラグラの時宗相手にしゃべり散らしながら、青信号を発進した。




