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サスティナブル・バディ  作者: 夜野 綾


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Itinerary: 4日目 その11

 海斗が向かったのは、ヨツヤの第三層だった。てっきり第一層だと思っていた時宗は意表を突かれた。海斗は第二層から滑らかに第三層に上昇し、サッポロとは比べ物にならない量の車の流れに滑らかに乗った。

 色と光の降り注ぐ街を駆け、たどり着いたのは金のかかった住宅だった。表札はなく、幹線から建物に続く私用空中道路の突き当りでは、分厚い門扉とセキュリティ・シールドが侵入者を阻んでいる。

 門扉の横には詰所があり、目つきの悪い男たちがこちらを睨んでいた。

 反社会組織の事務所だ。素早く頭の中で検索をかける。ヨツヤに事務所を構えている組織は何だったか……。

 詰所に車をつけた海斗が窓を開け顔を見せると、詰所の男は頷き、手元で何かを操作した。

 道路からゲート・フレームが立ちあがり、枠の内側のシールドが消え入口になる。続いて門扉がゆっくりと開いていく。

 車一台がギリギリ通れる幅が開くと、海斗はすぐに乗り入れた。緊張しているらしく、一言もしゃべらない。

 内部には広い車回しが作られていた。植え込みを回り込む形で玄関に横づけする私道の縁には、高級な車が数台止まっている。

 構成員らしき男が手を振って誘導していた。正面玄関ではなく、隅の通用口に回れということのようだ。

 黙りこくったまま、海斗は言われた場所に車を止めた。数人が中から出てきて、こちらを見ている。

「荷物って、俺らで運ぶのか?」

「たぶんそう」

 頷き、時宗は車を降りた。海斗も降りてきて、後部を開ける。警備箱は積んだ時と同じように、緩衝材に埋まっていた。二人で持ち上げ、そろそろと降ろす。

「こっちだ」

 指示されるまま、二人は警備箱を持ち、通用口に向かった。

 落としたらどうなるんだろうな。

 そんなことを考えながら中に入る。構成員の先導に従ってしばらく廊下を歩くと、先の方でドアのひとつが開いた。灯りが漏れる中に、構成員が入っていく。

「入れ」

 後ろから言われ、海斗がそちらを向いた。その表情を見て時宗は確信する。普段は中に入らないのだ。宅配便よろしく、通用口までで仕事は終わりのはずだった。

 警備箱が傾き、時宗は海斗の目を見た。目の奥に怯えがある。顔が強張り、腕が震えていた。

「落とすなよ」

 小さな声で言うと、海斗はガクガク頷いた。必死の形相で警備箱を持ち直し、足を踏み出す。

 部屋は応接室だった。

 奥には大きなデスクが置かれていたが、手前のソファセットは壁際にどかされ、真ん中にスペースが作られている。

「ここに置け」

 先導していた中年の男に指示されるまま、二人はそろそろと部屋の真ん中に警備箱を下ろした。

 運び屋の仕事は終わり。そのはずだ。海斗は箱から手を離した途端、入口に向かってくるりと向きを変えた。

「待て」

 びくんと海斗の肩が揺れる。

「あ、あの、荷物は無事に運んだんだから、オレ帰っても……サッポロに通話しねぇと……」

 奥のデスクの向こうに、大きな椅子の背もたれが見えていた。それがくるりと回る。四十代ぐらいの男が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。髪はオールバックに整えられていた。ピンストライプの入った黒スーツはダブル。フルオーダーで、シルエットを体に合わせて調整していると時宗は思った。スーツの下はかなり鍛えているが、筋肉が表から露骨に見えないようにしているのだ。ジャケットの前は開けてある。脇の下に銃を吊るしているに違いない。

 誰一人帰っていいと言ってくれないことに、海斗の顔はどんどん青ざめていっている。時宗は海斗の心臓の音が聞こえるような気がした。自分だって、怖くないと言えばウソになる。

 緊迫した二人をよそに、奥から出てきた男はポケットから小さなカードを出した。それを警備箱の操作盤に当てる。ピッという音がして、小さなライトが点く。男はそれを確認してから、八桁の暗証番号を打ちこんだ。

 その意味がわからない二人じゃない。暗証番号も中身も開けっぴろげということは、連中はこっちを生きてここから出さないだろうということだ。

 こくんと海斗が喉を鳴らした。

 箱がゆっくりと開けられる。全部開き切る前に海斗が震える声を出した。

「あ、あの。中身はオレに関係ないんで……」

 半端に開いた蓋を手で支えたまま、男がぎろりと海斗を見た。

「関係はある。カイトってのは、どっちだ?」

「オ、オレ……」

 海斗がそう答えると、男は鼻を鳴らした。

「そうか。仕事が終わってないなら、帰るのは無理だな」

「お、終わった、と、思うんだけども」

 蓋がゆっくり開く。

 指示を受けた部下が、中に入っていたものを丁寧に持ち上げ、箱の中で立たせた。

 ヤバイ。

 時宗の脳に、キィィィィンと甲高い耳鳴りが響いた。視界が急激に狭くなっていく。凶悪な速さで脳が回転を始め、体中の血液が音を立てて脳に流れこんでいく。

 小型の機械。

 サッポロで見たあの大きい機械と同じ構成で小型化したものだ。高さは時宗の膝ぐらい、直径は隣に立っている男の胴回りぐらいか。上に卵程度の大きさの晶石が据えられ、透明なカプセルで覆われている。石の下面中央から放射状に伸びる配管構成、遠心力と重心との完璧なバランス。

 目玉が勝手に動く。高速スキャンのせいで脳が灼き切れそうだ。

 内部構造の解析が勝手に始まり、時宗は歯を食いしばった。頼むから、頼むから早く終わってくれ。逃げなきゃならないんだ。俺は、海斗を連れて。

 自分の腕に爪を立てたが意味はなかった。目を機械から離すことはできず、脳はどんどん回転を速めていく。

 止まれ! 止まってくれ!!

 精神が悲鳴をあげている。海斗が泣きそうな目でこちらを見る。

「あ、あの」

 海斗の声を無視し、ボスらしき男は部下に命じて機械を箱から出し、部屋の床に直接置かせた。さっき見えなかった下の方が視界に入り、脳の回転がさらに加速する。

 時宗の様子に気づかず、組織の男たちは機械をのぞきこんでいた。

「どうだ?」

「これが……操作盤ですね」

「おい、お前」

 呼ばれた海斗は紙のように白くなった顔で、男たちを見返している。

 耳鳴りが、ふっと止まった。脳内の解析がやっと終わったのだ。ざぁっと血液が下がり、意識が飛びかける。倒れると思った時、後ろにいた男が時宗に突然、足払いをかけた。もんどりうって倒れる時宗の上に、誰かの体がのしかかる。

 抑えつけられたまま、時宗は顔をあげた。海斗が泡を食ってこちらに来ようとしている。それを他の部下が押さえつける。

 ボスの男が海斗に言った。

「起動させろ」

 海斗の口が「え?」という形で固まった。

「オレ、運ぶだけって聞いた」

「『鍵』に、お前が『鍵』だとは言わんものだ。今回の『荷物』はこの機械だけじゃない。『カイト』。てめぇも『荷物』の一部ってことで話が通ってる」

 なんだって? つまり、あの白い車は海斗の仕事を見張ってたんじゃない。あの車こそが、『カイト』を送り届ける運び屋だった。俺たちは……運んでいるつもりで、運ばれていたってことなのか。

「だ、だって、起動とか、そんな……これがなんだかも、オレ知らね……」

 時宗の耳元で、銃の安全装置が外れる音がした。首の後ろに冷たい金属が当たる。

「わざわざ人質を連れて来るとは、本当に何も知らなかったんだな。起動させなきゃ、てめぇのツレが死ぬ。起動させろ」

 冷たい声に、海斗の指が震えだした。

「し、知らね……オレ、オレ……」

 思考を放棄して眠ろうとしている脳に、時宗は心の中で蹴りを入れた。脳はこの命がけの状況を無視し、真っ黒い泥に沈もうとしている。体に指示をしようとしても、意識はどんどん床の下へ下へ、めり込んでいく。

 海斗は組織の連中に腕を掴まれ、機械の前に膝をつかされた。

 静かな操作盤が、海斗の前で罠のように待っている。

 海斗。触るな。それは燃焼機構を使っていない。世界を変える可能性を秘めた機械だ。だがここでお前が触ったら、世界はおそらく、お前が期待する方向には変わらない。

 泣きそうな瞳が時宗を見た。恐怖と怯えで唇は白く震えている。

 後ろから襟首を掴まれ、乱暴に体を引き起こされる。膝立ちにさせられ、頭の後ろで手を組まされた時宗は、海斗と同じ顔の高さになった。

 こめかみに冷たい銃口が当てられる。海斗からよく見えるように、それはわざとらしく時宗の肌をえぐる。

 海斗が、操作盤に震える手を伸ばした。

「これに、あの、これに触ればいいですか」

「向こうからは、てめぇが起動できるとしか聞いてねぇ」

 耳元でキュイ、と晶石銃が鳴く。発射準備を終える音だ。

 必死で脳を叩き起こす。動け。動けってば!

 ふと、海斗が機械天面の晶石に目を留めた。

「この石……」

 吸い寄せられるように、海斗はその石をじっと見つめる。

 薄青い石は、灯りの下で沈黙している。卵の大きさの、あれは……。

 海斗が、そっと石に指先を伸ばした。

「こんなとこにあったんか……母さんの石……」

 なんだって? あの石の透明度からいって、かなり高純度の石だ。あの輝きは見たことがある。一度だけ。その記憶が正しいなら、海斗、お前の母親って……。

 指先が晶石カプセルに触れた途端、石が目覚めた。ふわりと青い光が生まれ、機械全体が微かに身震いする。

 操作盤のカバーが開き、キーボードがせり出す。

『起動権限者の姓名を入力してください』

 おだやかな合成音声が流れた。

 海斗が黙ったまま、自分の名前を入力する。コンノ カイト。

 ブゥゥンと回転が上がり始めた。再び、合成音声が指示を出す。

『初期開発権限者の姓名を入力してください』

 海斗は迷わず、次の名前を入れた。コンノ タクト。

 父親の名前か。

 内部の音が大きくなり始める。

『結晶体所有者の姓名を入力してください』

 海斗の指が、操作盤に伸びる。その場の全員、そう、時宗を拘束している部下の目までが指先に集中する。

 コンノ。

 次の瞬間、時宗は自分のこめかみに当たっていた銃をひったくった。握ると同時に掌から強い共鳴を送り込み、コネクトを奪う。迷いなく一番近くにいた構成員の靴に一発、もう一人の構成員の腹に蹴りを入れ、海斗の腕を掴む。

「逃げるぞ!」

「えっ?!」

 掴んだ反動そのままに、時宗は海斗の体を入口の方に突き飛ばした。もんどりうって転びそうになりながら、海斗は死に物狂いの形相でドアから走り出て行く。

「てめえ!!」

 怒声をものともせず、時宗はボスの足元の床に撃ち込み、横から来た構成員の顔に銃底を叩き込むと、腹の底から怒鳴りつけた。

「こんなところで起動させて失敗したら、この建物は上から下まで崩れるぞ! 動作確認なら山の中でやれ! バカどもが!!」

 身を翻し、部屋を飛び出る。通用口からわらわらと構成員が走り込んできていた。立往生している海斗を追い越し、勢いのまま先頭の奴の顎に左拳を叩きこむ。

「走れ!」

 海斗に怒鳴りながら、次に来た構成員のジャケットを掴んで振り回す。重心を崩された相手が奥へ転がっていく。

 敵の一人が銃を出すのが見えた瞬間、時宗は撃った。

 轟音と共に、そいつが崩れ落ちる。小さく深い穴が床に穿たれ、細い煙が上がる。足の指だけで済んで感謝するんだな!

 通用口に詰まっていた構成員が海斗の腕を掴む。時宗は敵の拳の下で流れるように体勢を変え、助走をつけ、海斗の横からそいつの顎を蹴り上げた。

 走り出た二人は、弐陸改造型参に駆け寄った。ドアを開け、飛び込むと同時にエンジンをかけ、石を叩き起こす。

 間髪入れず、海斗は発進させた。悲鳴のような音を上げて車寄せを周り込み、方向を変えて外に向かう。ギアが上げられていく。回転が加速し、あっという間にトップスピードに乗る。

 時宗はボタンをぶっ叩き車の窓を開けた。まだ握っていた晶石銃を構え、掌に強く共鳴を送り込む。爆発するように青い光がほとばしる。

 開きかけの窓から強引に腕を突き出し、時宗は石から引っ張り出したすべてのエネルギーを、一気にセキュリティ・シールドへ撃ち込む。

 キィィィという悲鳴のような音と同時にシールドが割れた。一切ためらわず、海斗が突っ込む。轟音を上げて鉄の門扉を吹っ飛ばし、二人は脱出した。



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