Itinerary: 4日目 その7
ひたすら運転する今野の横で、時宗は仕事にとりかかった。
顧問弁護士の名前は小林と書かれていた。事務所の通話IDは、時宗自身が弥二郎から受け取った資料に書かれていたのと同じだ。
時宗はまず、情報ネットで事務所について調べた。実在する事務所だ。かなり大手で、企業のトラブル関係に強い。あ~、家族関係はあんまりってところかな? 依頼人がこっちに仕事を投げたのは、そのせいかもしれない。
とにかく、架空の事務所じゃなくてよかった。
時宗は通話をかけてみる。応対してくれた女性に丁寧に名乗って要件を告げ、小林の名前を出す。女性はなぜか焦ったような反応をした。
『少々お待ちください!』
勢いよくそう言い、唐突な感じで保留音に切り替える。
軽やかな保留音を聞きながら、待つこと五分。
長いな。
いるならいる、いないならいない。別な依頼人と応対中なら、後でかけ直す。それらの処理は何もされず、保留音がひたすら鳴っている。
隣の今野も通話を気にしている。
「誰もいないんか?」
「わからん。事務所は実在してるし、割と大手で、弁護士本人もちゃんと在籍してるっぽいんだが……手が空かないのかな」
流れていく景色をぼんやり眺めながら、時宗はさらに待った。景色はやはり、田舎の広々とした場所か、山や丘か、どっちかしかない。
さらに五分。
この待ち時間はおかしくないか?
一旦切ろうかとも思ったが、時宗は根気強く待った。弁護士が対応の方法を考えているのか、あるいは依頼人に連絡を取っているのか。
ふっと保留音が切れた。さっきの女性が早口で話し始める。
『大変お待たせいたしまして、申し訳ございません。小林はその、ただいま連絡がつかない状況でして、わたくしどもも現在事実確認をしているところでございます』
「連絡がつかない? 行方不明ってことですか?」
『そう……ですね。ご家族の方からの話ですと、昨夜仕事の後に「これから帰る」という連絡を自宅に入れたのに、帰宅しなかったと』
隣で、今野が唇を引き結んだ。
「つまり、夕べから自宅にも帰っていないし、今日も仕事にいらしていないと?」
『左様でございます。現在、警察と相談して行方を捜している状況でして、もし何か伝言がおありであれば、承っておきますが』
さぁて本格的に事件になりつつある。弁護士にまで手を出すなんて、何考えてる? よほどのアホだな。しばらく考えてから時宗は返事をした。
「小林さんが無事お戻りになられましたら、こちらに折り返し連絡を頂けますか。南探偵事務所の調査員、南時雄と申します。通話IDは……」
番号を女性がメモするのを確認すると、時宗は通話を切った。
いよいよもって、トウキョウに行く以外にどうにもならなくなってきた。
『コーヒーに砂糖入れすぎんな』という弥二郎のセリフからいくと、おそらく弥二郎は事務所か自宅か、どこかの砂糖の中に依頼人への連絡先か何かを入れてあるはず。一言端末の音声メモに入れておけばいいものを、そんな変な方法で残すなんて、何を考えてる?
この案件、単純だと思っていたが、弥二郎の回りくどい方法がどうにも気になる。根本的な部分で何か見落としがあるんじゃないか。
「弁護士もいないんか?」
今野の声もこわばっていた。あんまり不安にさせたくないんだが……。
「昨日の夜、『これから帰る』っていう連絡を自宅に入れたんだが、その後連絡が取れなくなって、現在も行方不明だそうだ」
「そんなことって……弁護士に手ぇ出したら、大変なことになるんでないのか?」
「なるだろうな。何考えてんだか」
「急いだ方がいいんか?」
「いや、お前の仕事が最優先だ。事故ったり警察に捕まったりしたら、もっと大変なことになる。とにかく、後ろの荷物を届けるまでは、余計なこと考えない方がいいと思う」
「でもお前の叔父さん……」
「あの人は簡単にくたばったりしない。目先の感情でこの仕事をしくじったら、後でドヤされる。今野……考え事は俺がするから、お前は自分のことも、こっちのことも考えなくていい。俺の叔父のことが心配なら、まずお前自身が確実に仕事を終わらせることに集中しろ。トウキョウのどこに届けるんだ?」
「ヨツヤの……家だ。普通に届ける」
「そうか」
ヨツヤから、追手をまいてシブヤの事務所まで行きつけるだろうか。もしどうしてもダメなら、車を捨てて列車でまくか。
時宗と同じように考え事をしている様子だった今野が、しばらくして口を開いた。
「ここまで来たら、全部教えとく」
「全部?」
「こっからの予定だ。まず、タテバヤシで一度超高を下りる。見張ってる連中も知ってるはずだから、襲われたりはしねぇと思う。あそこに、いっつも俺が頼む整備工房があんだ。そこでタイヤ取り換える」
「あ、そうか……この車、冬道用なのか」
「ん。トウキョウの中をこのタイヤで走りたくねんだ」
「なるほどね」
「雪ひどかったら、このままトウキョウ行くんだけど、今回は全然ないから、タイヤ替える。トウキョウは空中道路の気圧がめんどくせぇから」
「どのくらいの時間配分なんだ?」
「多分、夕方五時ぐらいに工場向かって……今回は頼みこんで、できるだけ速くしてもらうようにすっから、一時間かからねぇ。セッティングちょすのは諦める」
「わかった」
『ちょす』ってなんだ? とは思ったが、時宗はとりあえずうなずいた。落ち着いたら聞けばいい。
今野はほんのわずかスピードを上げた。管理局に目をつけられないようにしながら、少しずつ時間を稼ぐ算段らしい。柔らかい加速だった。
「それで、タイヤ交換が終わったら、また超高に戻って、第二層幹線使ってヨツヤ行く。そんで、受取人のとこに届けたら終わり。いつもなら、その後宿泊所に泊まって、またおんなじ道で帰る」
「……だけど」
「あぁ。お前の叔父さんと弁護士さん助けるってなったら、いつもの宿泊所に行かないってわかった時点で、見張ってる連中はオレを追っかけてくる。もうサッポロには帰れねぇ。……どうせもう後戻りはきかね。金あったって、なくたって足抜けできね。帰っても逃げても殺される。……だったら、せめて二人を助けられたら、もうそれでいい」
今野は唇を引き結び、真っすぐ前を見据えていた。遥かな旅。知恵を使う危険な旅。そして……二度と帰らない旅。
自分のためじゃなく、会ったこともない誰かのために、お前はそれを覚悟するのか。
目元に凛々しさが漂っていた。
時宗はその横顔を眺め、実感した。俺も、もう戻ることはないだろう。
お前にまだ会っていなかった世界には。
時宗は今野と一緒に前を向いた。どこまでも続く道を、青く美しい車は駆けていく。
「叔父を取り返して全部片づけたら、約束だ。ほとぼり冷めるまで、お前は俺のうちに住んでりゃいい。最後まで俺はお前から離れないからな」
「さっきも聞いたけど、なんで……そこまでしてくれんだ?」
今野の問いに時宗は微笑み、呟くように答えた。
「お前の、友だち候補だからさ」
「そっか」
ふふ、と今野が笑った。
「友だち認定できるように、オレ頑張るわ」
あぁ、そうしてくれ。ベッドは貸してやる。俺は居間のソファーで寝るから。




