Itinerary: 4日目 その6
押し黙って考え事を続ける時宗を、今野は気にしているようだった。時宗はしばらくの間、それに気づかず考えていた。
はっきり言って、事務所に押し入って弥二郎を連れていくなんて、悪手でしかない。そんなことをして、依頼人が死んだ後の遺産が増えるとでも思っているんだろうか? 弥二郎に怪我をさせたり殺したりしてみろ、地の果てまで追い詰めてブチ殺してやる。
敬樹との正確なやり取りを確認する。連中は『カイトって奴はどこだ』と言った。その言い方からいくと、連中は相続を予定している当人ではない気がする。今野が依頼人に会うのを妨害したい者が別な人間を雇った?
金で人を雇って違法なことをやらせるという発想をするのは、どういう人間だろう。まず金がある。あるいは大金を使うことに抵抗がない。そして法律を守る精神がない。見つからなければ何をしてもいいというタイプ。さらに、自分が汚れ仕事をするのは嫌だ、あるいは世間体が悪いと考えている。
……割と近くに、そういうのがいるんだよな。なんで俺は、常にあの人種を相手にしなきゃならないんだ?
まぁいい。あのテの連中の行動パターンは学習済みだ。それを幸運に思うことにしよう。
こっちは警察を呼んだわけだが、弥二郎を取り返すには、まず『警察を呼んだ』という事実そのものが犯人どもに伝わる必要がある。顧問弁護士を通して依頼人か、あるいは妨害している奴に渡りをつけて……。
「なぁ」
今野の控えめな声に、時宗は我に返った。真っすぐ前を向いて運転しながら、今野は心配そうな顔をしている。
「難しそうな顔で考え事してっけど、なんかあったんか?」
「あ~、まぁ……」
今野に関係のある話だ、言わないわけにはいかない。ただ、自分のせいで誰かにトラブルが勃発したとは、今野に思ってほしくなかった。なんて言うべきか。
「ちょっと、トウキョウの俺の雇い主にトラブルがあって」
「急いで帰りたいんか?」
今野が寂しそうな声を出した。
「いや、もう今更何かに乗り換えたってしょうがないだろ。逆に時間かかる」
「……フクシマで超高下りて直通列車に乗ればいんでないか? そしたら二時間かかんないでトウキョウ着く」
その手があったか。でも、今野も心配だ。あの見張りの車がどこから見ているのかわからない。超高を下りて時宗を列車の駅まで届けるのは、おそらく「ルートから外れる」と見なされる。時宗と別れた後の今野のことを考えると、ぞっとする。次の休憩所から時宗が徒歩で離脱したとしても、結果は同じだろう。
今野の車に乗り込んだ瞬間から、時宗は今野と一蓮托生。
「いや、このままお前の車に乗ってく。お前、超高から下りられないだろ」
そう言うと、今野は少しほっとした顔をした。お前を見捨てるわけないだろうが。
「お前と一緒の方が、トウキョウのトラブルも解決できると思うし」
ここで今野から離れたら共倒れだ。
「なんでだ?」
「それは……まぁ、お前にも関係あることみたいだし」
「オレ?」
「う~ん、色々あってな……」
今野はちょっとだけ嬉しそうに言った。
「しゃべる時間いっぱいあるべや。今度はオレ聞くし、オレに関係あることなら、ちゃんと言ってもらわないと嫌だ。だからしゃべれ」
「そうだな」
さっきと逆だ。
時宗が今野を見ると、今野も同じことを思ったらしい。横顔が少し笑っている。
「その~、今回俺が受けた依頼っていうのは、お前を依頼人のところまで連れていくことだ。依頼人の八木沢さんは昔、娘さん……お前のお母さんの結婚に反対して喧嘩別れになったのを後悔していて、せめて死ぬ前に孫のお前に会っておきたいと思って依頼を持ってきた。で、彼の考えでは、お前と話して和解できたら、遺言を書き換えたりしてお前の遺産の取り分を増やしたいらしい」
「よくわかんねぇんだよな。なんで話したら遺産増えんだ? 普通に分ければいんでないか?」
「実は、それには理由がある。八木沢さんには、お前のお母さんの他にも息子がいる。で、そいつ……つまりお前の伯父さんっていうのが、どうやらロクデナシらしいんだ。だから八木沢さんとしてはそっちに遺産を渡したくない。一方伯父さんの方は自分の会社を潰しそうで、遺産をひとりじめしたいんじゃないかと。つまり……」
今野はミラーを確認してから車線変更をした。雪はもう路面に残っておらず、速い車も増えてきている。スピードを上げ、遅い車を抜く。見張りの奴とは違って、今野の運転は本当にきれいで、酔いそうな無駄な揺れは一切ない。
走行車線に戻ってから、今野は口を開いた。
「つまり、オレの存在そのものが邪魔?」
「っていう話だ。依頼人は株も持ってるから、もしかしたら、そういう会社の経営とかも関係してくるのかもしれないが」
「んじゃ、やっぱりオレがじいさんに会っても意味ねぇべ。会社なんか、わかんね」
「会社はともかく、うちの事務所の所長は、普通に金を相続できるっぽい言い方だった。税金の話とかしてたしな。だから、まだ会社と決まったわけじゃない。金と会社、両方っていう可能性もあるし。で、問題はここからなんだが……」
さてどう言ったものか。
「その~、午前中に、俺の働いてる探偵事務所に、訪問者があったっていうんだ。お前がどこにいるのかを教えろって。だいぶ強引なやり方だったらしくて。うちの事務所の見習いやってる奴、昨日話した敬樹が、怯えて通話してきた。事務所の端末や資料も勝手に見て、挙句うちの所長……っていっても俺の叔父なんだが、その所長を連れて行った、と」
「はっきり言えや。強盗みたいなことされたんでねぇのか?」
「正直なところ、そんな感じだったらしい」
「まともでねぇ奴のやり方なんて、どこもおんなじだ。その息子ってのが、必死なんだべな」
「多分そうなんだと思う。元々、顧問弁護士が大っぴらにお前を探しに行くと妨害があるかもってんで、こっちが受けた依頼だった。で、警察に連絡するように敬樹に言ったから、今頃は現場検証やら事情聴取やらが始まってると思う。叔父は……所長は今のところ、どこに連れて行かれたのかわからない」
今野の顔が曇った。
「オレがどこにいるか吐けって殴られたりしてんでねぇか? 心配だな」
「そうなんだよな……」
嫌な話だろうな、と時宗は思った。今野には具体的に想像できてしまうはずだ。
「オレ別になんもいらねぇのに、もう取られるとか思ってんのか」
「そういうもんだろ、断るとは普通思わないんじゃないか?」
「そうか? オレなんにもいらねって誰かに言えば、叔父さん返してもらえんでないか?」
「返してもらえるって言ったって……お前の足抜けのこと考えたら」
淡々と今野は言った。
「最初っから無理だって言ってたでねぇか。……気にすんな。オレなんにもいらねって連絡すれ。オレなんかより、叔父さん助けてやんないと」
そういうこと言うなよ。
俺は弥二郎も大事だけど、お前も大事だ。寂しそうに、諦めた顔するな。
「言ったろ? 最後まで考えるって。お前が生きのびる方法として金が必要なら、自分の甥の相続を妨害するような、ロクでもない奴にくれてやることない。トウキョウに着いたら後ろの荷物をまず届けて、そしたらもうおじいさんのとこに駆け込もうぜ。おじいさんも、お前が借金のカタに今の仕事やらされてるって知ったら援助してくれるだろ」
「途中で捕まったら」
「そん時はそん時だ。俺はお前から離れないからな」
今野は複雑な顔をした。不安と安堵、諦めと期待、疑いと信頼。
「……会ったばっかで、なんでお前そんなにオレのこと真剣なんだ?」
その質問に、時宗は笑って答えた。
「だって俺は、お前を連れて行かないと報酬がもらえない。仕事は最後までやらないと。それに……お前の友だち認定もまだだ」
「なるほど」
今野は声をあげて笑った。
「じいさん、金持ちみたいだからな。……ほんとにいるんかどうか、わかんねぇけども」
確かに、そこのところは信用ならない。でも妨害があったってことは、逆に本当っぽくなってきた。
俺が仕事の報酬目当てだと思ってるなら、今野は少しは安心するだろう。変な説教くさい理由なんかより、よっぽど信頼できる。実際は? 俺は金なんか、この際どうでもいい。お前の友だちっていう地位の方がよっぽど大事だ。
というのは言わないけども。
依頼人と渡りをつけられれば、弥二郎の拉致を指示した奴にも繋がるだろう。今のところはそれが一番いい方法だ。まず今から顧問弁護士に通話して、あとはトウキョウに行ってからだ。
時宗は、ひとまずそう結論づけた。




