↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サスティナブル・バディ  作者: 夜野 綾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/62

Itinerary: 4日目 その5

 トイレに行ってから、二人は牛タンの丼をかきこんだ。塩をきかせて香ばしく焼かれた牛タンは、思ったより柔らかい。麦飯を包むようにして一緒に口に入れると、じゅわりと旨味が広がる。時宗は夢中で食べた。向かいで今野も黙々と食べている。

 セットのスープを飲み干すと、時宗は満足して息を吐く。今野も同じように食べ終え、ほうっと溜息を吐いた。

「んまかったな」

「あぁ」

 無言で人々を見る。運送業者や旅行者、色々な人たちが思い思いに食事をし、お茶を飲んで休んでいる。今野と時宗の方を見る者はいなかった。あの見張りの奴は、たぶんこの空間にはいない。

 緑茶をゆっくり飲みながら、二人はぼけっと座っていた。今野は少し疲れてるんじゃないか。時宗はそんなことを思い、今野が行動を起こすのをゆっくり待った。

 昼下がり。はたから見たら、自分たちはどう見えるんだろう。仲良く旅行する友人同士? それとも仕事仲間? 考えてみたら妙な取り合わせだ。

 そういえば、弥二郎に通話してなかったなと時宗は気づいた。あれからどうなったんだろう。弥二郎の様子も気になるし、聞きたいこともある。

「すまん、通話してこないと」

 そう言うと、時宗は立ち上がった。

「終わったら直接車に戻るんでいいか?」

「ん。オレ車ん中でちょっと寝る。通話ゆっくりでいい」

 眠そうに手を振る今野を後に、時宗は建物を出て人のいないところを探した。仕事の通話だ。誰かに聞かれるわけにはいかない。

 だが歩いている途中で、端末が震え出した。誰からだ? 弥二郎は最低限の連絡事項以外、あまり自分からかけてこない。

 表示を見る。敬樹?

 事務をしているから、敬樹は当然、弥二郎や時宗が今どんな仕事をしているか知っている。こっちが仕事をしている時に通話をかけてくることは、まずない。

 妙な胸騒ぎがして、時宗は歩きながら通話に出た。

 向こうは無言だ。

「敬樹か? どうした?」

 しばらくして、しゃくりあげるような変な声が聞こえた。

「どうした、何かあったのか?」

 ひゅ、という笛のような音。敬樹が息を吸ったのだ。これはまずいかもしれない。

「……敬樹、ゆっくりでいい。まず深呼吸しろ。俺に合わせて。息を吐いて……もっと吐いて……吸う。もう一回。ゆっくり吐いて……大丈夫だ。吐いて……吸う」

 建物の端を抜け、積み上がった雪のそばまで来て辺りを見渡す。ここなら心配なさそうだ。

「焦らなくていい。お前のペースで、話せるようになったら話せ。ちゃんと待ってるから」

 待ちながら駐車場を観察する。見張りの車は今のところ見当たらない。真ん中辺りを今野が歩いていくのが見える。車に乗り込み、仮眠するらしい。

『あ、あの、時宗さん』

「聞いてる。ゆっくり。お前が話せるようになるまで、ここにいる」

 ひゅー、ひゅー、という呼吸が、少しずつ静かになっていく。でもまだ時々不規則に息を吸い、しゃくりあげるような音を出している。

「大丈夫だ。落ち着くまで待ってる。深呼吸できるようになってきたか? ゆっくり、吐いて……吸う」

 声をかけ続けながら、時宗は五分ほど待った。敬樹の呼吸は落ち着いてきている。

 道端に残った雪に靴を押し当て、その模様をじっと見る。

 悪い予感がしていた。敬樹がこうなるには理由があるからだ。

 敬樹の母親は、敬樹が物心つく前に離婚していたが、その後、かなりサイコパス気質の男と付き合い始めた。付き合った時期は長くなかったのだが、別れた後、その男のストーカー行為はひどくなっていった。命の危険まで感じた母親は、新しい彼氏のところに敬樹を置いて姿を消した。その新しい彼氏というのが弥二郎の友人だった。ストーカー男は弥二郎の友人にも危害を加え、結局、友人は弥二郎に敬樹を託して逃げることになった。

 敬樹は初等学校の頃、ストーカー男が母親や弥二郎の友人を恫喝する姿を何度も見ている。敬樹自身も包丁で脅されたり、暴行されたりしていた。

 弥二郎のところに来たのは五年ほど前、時宗はすでに弥二郎のところに住み始めていた。

 そうした経験から、敬樹は恫喝や脅迫を極端に怖がる。パニックを起こし、呼吸がうまくできなくなるのだ。

 普段はしっかりしていて事務的なことを一手に担っている敬樹だが、久しぶりにパニックを起こしている。つまり、何かトラブルがあり、誰かが敬樹の目の前で恫喝された。

 時宗はじっと待った。端末の通話口に集中し、敬樹の呼吸音を聞く。

「敬樹。落ち着いてきたか? 大丈夫だ。ゆっくり、息をするんだ。……そうだ。大丈夫」

 端末の向こうで、深く息を吐く音がした。

『時宗さん、あの、や、弥二郎さんが』

「うん」

『あの、変な人たちがドカドカ来て、弥二郎さんに「カイトって奴はどこだ」って詰め寄って』

「うん」

『弥二郎さんが、弥二郎さんが、「知るか。自分で探せ」って言ったら、ぶ、ぶん殴って』

「落ち着いて、深呼吸しろ。大丈夫、ゆっくり話していいから」

『ぼ……ぼくのことテープで縛って、事務所の端末、見て』

 ひくっと敬樹の喉が鳴った。

「焦るな。息を吐いて」

『でもなんにも見つけられなくて、それで、そ、それで資料棚とかもめちゃくちゃにして、弥二郎さんを無理やり連れて、いなくなって、な、なって、それで』

「そうか。何時ごろだ?」

『さん、さんじゅっぷんぐらい前で、ぼくやっと、ひくっ、テープ切れたから』

「そうか。テープのぐるぐる巻きを素手で切るのは大変だ。頑張ったな。怪我してないか?」

『て、テープの縁で手首切れたけど、あとは、だいじょぶ』

「切ったところは、ちゃんと手当できるか? ひどかったら病院に行けよ?」

『だい、大丈夫』

 時宗は、詰めていた息を吐いた。『カイトはどこだ』か。その名前を知っているということは、どこかから今野の親戚にバレたという線が一番ありうると時宗は踏んだ。

『そ、それで、弥二郎さんが、時宗さんに言えって、あ、あいつらが端末とか見てるときに、ちっちゃい声で』

「なんて言ってた?」

『あの、「コーヒーに砂糖入れすぎんな」って』

 は??

 いやそのセリフ、なんでこの超絶シリアス展開で言うんだ?

 うん、まぁコーヒーは好きだ。砂糖は毎回三杯入れるけども。弥二郎は、時宗がコーヒーを飲むたびにドン引きする。でもだからって、事務所が荒らされて自分が誘拐される時に言うことか? 砂糖の中に何か隠してある……とか?

 敬樹は、言わなければいけないことを全部言ったらしく、やっと呼吸が落ち着いてきていた。

 考え事は車に戻ってからしたほうがいい。時宗はそう判断し、敬樹に声をかけた。

「敬樹。気分はどんな感じだ? 病院に行ったほうがいいか?」

『だ、大丈夫』

「そうか。頑張ったな。ありがとう。事務所は片づけるな。一切何も触らず、警察に通話する。できるか?」

『警察、呼んだほうがいいですか?』

「あぁ。こっちにケツを持ち込む気なら、受けて立つまでだ。大っぴらに騒いで物事を公にしろ。騒がれて困るのは向こうだ。こっちから追い込めば、弥二郎を返してくるだろ」

 うまくやれば、依頼人に持ち掛けて、今野を妨害しようとしている推定相続人を廃除させることができる。法律で定められている手続きだ。

「通話できるか? もし無理なら、俺の方からする。お前は自分の部屋に帰ってゆっくり寝ていていい」

『いいえ……弥二郎さんが帰ってくるんなら、ぼく頑張ります。派手にパニック起こしたほうがいい?』

「あぁ。いい感じに騒いで、警察の前でぶっ倒れてもいいな。とにかく、されたことを全部バラせ。嘘はつくなよ。本当のことだけを話す。お前の受けたショックのツケはきっちり払わせろ」

 敬樹が笑った。

『うん。そういうのなら、ひくっ、得意です。時宗さんは、何時頃に戻れますか?』

 時宗は耳から端末を離し、画面を確認した。

「たぶんけっこう夜になると思う。九時か、十時か。できるだけ早く帰れるようにはするが、まだスゴウ……えぇっと……スゴウってどの辺だ?」

『調べます。……あ、わかりました。センダイのちょっと南』

「とにかく、その辺だ。今野がトウキョウのどこを目指してるのかも、まだ聞き出せていない。もう少し見通しが立ったら通話するかメッセージを送る。とにかく無理はするなよ」

『はい。弥二郎さんを返してもらわなきゃ』

 敬樹は弥二郎になついている。自分の立ち回り次第で弥二郎が帰ってくると言われ、気を持ち直したようだった。

 俺が着くまで、なんとかなるだろうか。

「それじゃ、俺はトウキョウに向かって移動する。それが一番早い」

『気をつけてくださいね』

「あぁ」

 通話を切り、時宗は即座に弥二郎にかけてみた。予想した通り、電源が切られている上、位置情報も取れない設定にされていた。何度かかけたが繋がらず、ひとまず諦めて時宗は顔を上げる。ホッカイドウより気温は高いとはいえ、寒いことには変わりない。体は冷え切っていた。トイレに寄り、温かいお茶を自動販売機で買うと車に向かって歩く。

 弥二郎は無事だろうか。多分相当粘るはず。時宗をサッポロで足止めしようとしたのは、これを予期していたからかもしれない。

 何も言わずに自分でトラブルを引き受けるなよ。

 いつもそうだ。あんたはなんの損得勘定もなしに、俺と敬樹を守ろうとする。あんたが父親だったら良かったのにと、何度思ったことだろう。

 良くないタイミングだった。今野から離れるわけにはいかない。そうは思うけれど、まだトウキョウまでかなりある。

 敬樹にもひどいストレスだ。本人は頑張ると言っていたが、弥二郎のことを心配しながら警察とやり取りしなきゃいけない。自分がそばにいてやれないという事実にイライラする。

 車まで行き助手席側からのぞきこむと、今野は運転席をほんの少し倒し、ほとんど座ったままの状態で寝ていた。毛布を頭までかぶっている。ドアに手をかけると、鍵がかけられていた。

 どうすっか。迷いながら運転席に回り込む。携帯端末で時間を見ると、食事を終えてから三十分ぐらいしか経っていない。今野が疲れているのに、起こすのは気が引ける。

 しばらく突っ立っていると、車の中の頭がもぞもぞ動き、寝起きの顔が現れた。その顔を、時宗は思わずじっと眺めた。

 こういうの、なんて言えばいいんだ?

 今野は寝起きのトロンとした目で時宗を見ていた。きれいな瞳を、けぶるような睫毛が縁取っている。唇がうっすら開く。軽く仰向いて小首を傾げ、時宗だと認識して嬉しそうに微笑む。

 今野はしばらく無邪気な顔で時宗を見てから、気がついてドアの鍵を開けてくれた。無言で助手席側に戻り、車に乗り込む。

「通話終わったんか?」

「うん……終わった……」

 時宗は今見たばかりの、今野の微笑みを思い返した。

 何かを成そうとする動機には、色々ある。自分の野心、あるいは正義。どいつもこいつも、そういう理由があれば許されるとばかりに傍若無人だ。

 押しつけがましい連中。時宗はいつだって、黙るしかなかった。

 でももしかしたら。

 沈黙こそが。誰かの微笑みを見つめる眼差しこそが。

 敬樹の苦しそうな息や弥二郎の溜息。そして今野の孤独な目。

 不意に、時宗は目の前にある操作盤を力一杯叩きたい衝動に駆られた。こらえるために作った握りこぶしが、白く震える。

 やりたい放題やってる連中は誰だ。

 この俺の大切な人間に、余計な苦痛を与えてる奴らは誰だ。

 高等時代以来の、深い怒りが時宗の中で頭をもたげ始めている。自分には何ひとつ力がない。だから考えろ。考え続けろ。

 エンジンがかかり、車は滑らかに走り始めた。今野のしなやかな手がステアリングを操る。車は狭い道を抜け、本線と並走しながら加速し、やがて再びトウキョウへ向かう。

 敬樹と弥二郎が心配だ。でもその根っこは、おそらく今野のトラブルだ。靄が晴れたように、頭は本格的に稼働を始めた。

 全員まとめて片をつけてやる。たとえどんな手を使ってもだ。この時宗様を舐めるなよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。