Itinerary: 4日目 その4
二人はひたすら南下していた。絶対に、危ない飛ばし方をしない。常に制限速度の上限ほぼぴったりで運転している。忍耐力のない奴なら、そうした波のない道のりはイライラするだろう。
改めて、時宗は今野のそうした我慢強さに感心していた。カタギだった今野にとって、組織の圧力は相当きついはずだ。共同住宅にしたって、住むところを与えられたといえばまぁまぁ聞こえはいいが、実質的には軟禁状態なのだろう。その生活を三年。自滅してもおかしくない。
見張りをしている奴は、今野とは全く違う運転だった。自動航行機能の退屈さにも耐えられないらしい。一時間程度すると、今野と後続車の間に強引に割り込み、後ろからひとしきり煽ってきた。
呆れるばかりだ。事故を起こして一番困るのは自分たちだろうに。こっちの車にも警告が入った。
『落ち着いて、直進してください。加害車両の運行権限に介入を行うまで、車線変更をせずにお待ちください。繰り返します……』
向こうはもっと派手に警告が入っているはず。おとなしく走っていると、管理局の介入まであと数秒というところで、見張りの車はタイヤを鳴らしながら乱暴に車線を変更し、尻を振るようにスピードを上げて走り去った。
「なんか……あの車を運転してる奴、めちゃくちゃ頭が悪そうなんだが」
時宗がそう呟くと、今野はバカにしたように鼻を鳴らした。
「無駄にロールしてんのな。クソみたいな運転しすぎてサスペンションコイルがヘタってんだ。適当なセッティングしかしてねぇし。あんなオーバーステア、すぐスピンだ。ドライバーは車の荷重なんにも感じてねぇから前も後ろもただ振り回してる。カウンターも雑。免許取り直しレベルの下手くそ。幹線道出てくんなバカッタレ」
「……今野」
「なんだ」
「お前、そんだけ悪口言えるんだな」
目が合う。今野は泣いた後のような赤い目だったが、かすかに口角を上げた。
「本気で走れば、あんな奴すぐ千切ってやんだけども」
「安全運転でお願いします」
「だな」
今野の肩から、少し力が抜けたのがわかった。
「オーバーステアってなんだ?」
「ステアリング……ハンドル切った時に、ドライバーが思ってるより曲がり過ぎんのがオーバーステア。思ったより曲がんねぇのがアンダーステア」
やればできんじゃねぇか。今野も時宗に慣れてきたらしく、その簡潔な説明はわかりやすかった。
「ふ~ん。ハンドルちょっと切っただけで、ぐるんっていくのは怖いな」
「ラリーとか、回るのが多いレースだと楽っちゃ楽だけどな。サッポロにレース来た時は、父さんと見に行った。コーナリングすげぇんだ。みんなブレーキングめっちゃくちゃ上手くて、立ち上がりのアクセルワーク見んのがすごい好きだった。あと車の特性とかドライバーの癖に合わせたセッティングを父さんが教えてくれて」
車の話になると、今野は楽しそうだ。目を細めて話を聞く。今野は、嫌なことから気を逸らすように夢中でしゃべっていた。ラリーがどういうものなのか時宗は知らないし、正直、運転技術の話をされてもさっぱりわからないのだが、一生懸命話す今野はすごく可愛げがあった。
さぁて、どうやって今野を組織から切り離すか。例の機械と生田老人にも対応が必要だ。
正直なところ、時宗には今のところなんの策も力もない。自分の『家』に力があるのはわかっているんだが、こういうのに使うもんじゃないしな。
私的なトラブルをもみ消すのに『家』の力を使う父親と兄を見てきただけに、簡単にそれに頼るのは、今野のためとはいえ気が引ける。……そもそも、『家』とは関係を切っているわけだし。
なんかいい手はないものか。
今野の話に相槌を打ちながら、時宗は考えていた。
なんでもいい。車で事故って死んだように見せかけるのはどうだろう。爆発した車って、もとから運転手はいなかったってバレるんだろうか。
調べないとわかんないよな。後で弥次郎にも相談してみるか。
「なぁ今野……」
今野の息継ぎのタイミングで、時宗は口を開いた。
「腹、減らねぇ?」
そういえば、という顔で今野が操作盤を見た。
「もうちょっと行って、スゴウの休憩所で飯食う」
「何がうまいんだ?」
「スゴウはサーキットが近いんだ」
「そっちか。お前レースに行くつもりかよ」
「超高から下りらんねぇ。でもサーキットが近いから空気だけ吸ってく」
どんだけ車好きなんだ?
呆れると共に、時宗は今野の頭に手を伸ばして抱き寄せたかった。しゃべるだけじゃなくて、サーキットに行けるといいな。触れて労わりたくても、それはできない。でもいいや。今野が時宗に気を許してくれたから、トウキョウまで、俺は相槌を打ちながらずっと一緒に旅ができる。




