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サスティナブル・バディ  作者: 夜野 綾


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19/62

Itinerary: 4日目 その2

 フロントでチェックアウトを済ます間も、時宗は警戒を怠らなかった。従業員が奥のドアを出入りした時に事務室がちらりと見え、支配人らしき初老の男がこちらを見たが、時宗はとっさに顔をそらした。用心に越したことはない。

 協力し合って警備箱を車に載せると、今野は再び運転席であれこれ準備をし、出発した。まだ閉まっている商店街を過ぎ、住宅街を抜け、再びシールド外へ出る。

 背筋が伸びるような寒気を、時宗はむしろ喜んだ。冬のアオモリはトウキョウとは全く違う。サッポロ同様に雪はうず高く積もっていて、小さな建物が地面にいじらしく根を張っている姿は、愛しささえ感じさせる。

 通りの向こうには、海が見えていた。

 昨日あの海を渡ってきたんだな。今野の生まれた場所を後にして。夕べは夜だったせいもあって、海はほとんど見えなかった。次は昼に来たい。できたら夏がいい。穏やかで優しい海が見たい。もし今野がトウキョウに残らないと言うなら、広くてちょっぴり意地悪で、でも無言の思いやりに溢れた海を渡って、今野に会いに行けたらいい。

 北への憧れは、いつか叶うだろうか。

 それとも今野が南に憧れて、自分に会いにトウキョウまで来てくれたりしないだろうか。

 時宗は力なく笑った。

 すべては夢だ。時宗自身の今の状況を考えたら、自分はきっとこの先、闘うために今野のことさえ忘れなければならなくなる。

 だからトウキョウまでの旅路は、せめて楽しいものがいい。尾行やら何やらトラブルなんて、本当はないほうがいい。

 でも、その願いはものの十分で、あっけなく反故にされた。

 ホッカイドウで尾行してきた白い車が、再び現れたのだ。朝食を買うために無人売店の駐車場に入ったところだった。店の前の道を通り過ぎていく車を、時宗は横目で見送った。

 相手が誰であれ、隠れる気が全然ないのが時宗には気になった。窓には黒いフィルムが貼ってあり、乗っているのがどんな奴なのかは見えない。

 今野は淡々と車を降りて買い物に向かう。

「……あれ、昨日もいたよな」

 店の中で話を振ってみると、今野は外をちらりと見て頷いた。

「ん。まぁしょうがないべ」

 そういうもんか?

 一体なんなんだと聞く前に他の客が数人来てしまい、聞けないまま今野は買い物に戻ってしまった。

 どういうつもりなんだろう? 訳ありなのはわかるが、これだけあからさまに尾行してくるのも、それを気にしないのも、何を考えてるのやら。

 とはいえ考え事をするなら、まず腹ごしらえだ。え~と、おにぎり……。

 今野は野菜ジュースとよくわからんパンをカゴに放り込み、惣菜コーナーの唐揚げを漁っている。見慣れないパンに、時宗は思わず聞いた。

「何買うんだ?」

「マーガリントースト」

 うん、わからん。あと朝飯に唐揚げを買うお前の食生活が心配だ。

 そうは思ったが、この二日間で今野の攻略法はだいぶわかってきた。時宗はとりあえずお茶とおにぎり、それに今野と同じパン、おまけに小さなチョコを数個持ち、今野のすぐ後ろに並んだ。今野は心なしか急いでいるように思えた。

 レジで今野の前にいたのは一人だけだったが、それでも、自分の番が来ると同時に今野はちらりと駐車場の方を見た。例の車が、再びゆっくりと駐車場の向こうの道を通りすぎていく。ブロックを一周してきたものらしい。

 今野がこれからどんな行動をするつもりなのかわからず、時宗は隣のレジに移動して会計端末にIDをかざし、今野と同時に会計を終わらせた。

 ところがだ。

 今野は駐車場の自分の車に戻ると、悠然と朝食を食べ始めた。隣で時宗は唖然とするばかりだ。

「すぐ出るんじゃないのか?」

「飯食いながら運転したら、危ないべ」

「まあ……それはそうなんだけど……」

 食べている間に、例の車は周囲のブロックを三周ぐらいしている。どうやら尾行じゃなく、今野の仕事を見張っているらしいと時宗は気づいた。それなら、姿を見せる方が理屈に合う。逃げるなよ。見てるからな。そういう無言の圧力をかけながら、連中──何人いるんだか知らないが──は律儀に今野の朝飯を待ってるわけだ。

 つまり、今野が車から離れている時は、あいつらの警戒度は高い。今野が決められたルートを走っている間は、警戒度は低い。ルートから外れた時にどうなるのかは想像したくないが。

 今野はそれを知っているから、買い物は手早く済ませた。おそらくそういうことだ。

 ところで……。

「このパン、んまいな」

「んまいべ?」

 謎のふわふわパンにマーガリンとグラニュー糖が挟まってる。ジャリジャリしてジャンク感このうえないが、マーガリンのクリームみたいな感じと相まって、それはなかなか良かった。

「もしかして、これもアオモリにしかないのか?」

「あぁ。他のとこにはねぇんだ」

 あっという間にパンを食べ、今野は唐揚げをもこもこ頬張っている。

「なんでこれアオモリだけなんだ?」

「知らね。後で検索すればいんでないか?」

「あとこれトーストじゃない」

「……確かに。お前変なとこ気ぃつくな」

 今野はクスクス笑った。目がきゅっと細くなる。

 うん。こういう楽しいのがいい。

 視界の隅を同じ車がもう一度横切っていく。日常と非日常が奇妙に入り混じった時間。今野はこういうのに慣れているんだろうか。

 そうは思えない。ひとりで、あの不気味なプレッシャーに耐えながら飯を食うのはしんどいに違いない。今野が時宗と一緒にトウキョウに行くことにした気持ちが、なんとなくわかる気がした。本来なら、最初に時宗の顔をドアでブン殴ったように、今野は乱暴に時宗を追い払えばよかったのだ。あるいは自分もトウキョウに行くなんて言わずに、時宗を空港に落としてしまえば、それでおしまいだったのだ。

 そうしたことをせずに、トウキョウまで時宗を助手席に乗せて行こうと思ったこと自体に、今野のやりきれない寂しさと恐怖が潜んでいる気がした。

 時宗は何も言わず、今野の目を見て笑った。

 笑え。誰かに笑ってほしい時は、何があろうと笑え。

「このパン、もうひとつ買っておけばよかった。後でまた食えたのに」

 時宗がそう言うと、今野は笑い声をあげた。

「食い意地張ったこと言ってんでねぇ。もう時間ねぇから出発するぞ」

 またアオモリに来られるかなというセリフを、時宗は最後の一口と一緒に飲み込んだ。

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