Itinerary: 3日目 その10
トンネルの中なんて、やることねぇし、窓開けたら死ぬぞ?
さらりと物騒なことを言われて、時宗は気晴らしに窓を開けてみるという気が失せた。いや、別に最初から開ける気はなかったしな。どうせ死ぬほど寒いに決まってるし。
あらゆるエンジンが轟轟と響く中、車は縦一列に整然と進んでいた。事故防止のため、それぞれの車の運行権限はすべて管理局に委ねられている。ここでは運転手が一切自分で運転に関与できないようになっていて、すべての車両が同じ速さ、同じ車間距離で単調に進むのだ。
今野はコネクトを保ったまま管理局の指示には従うように晶石を育てたということか。こうした、本来は結晶体を使わない回路に馴染ませるほどの共鳴能力は、数千人に一人程度だ。鉱山の選鉱場か安定加工施設の管理職レベル。
係員にテープを貼られたハンドルをつまらなそうに見ると、今野は後部から毛布を一枚引っ張り出した。
「トンネル抜けたらオレまた運転だから寝る」
そう言い残し毛布を時宗に押し付けると、自分はさっさと後部へ移動し、前後の仕切り板を上げてしまった。
警備箱どうなってんだ? 出発の時に見た内部構造を思い出す。そういえば、警備箱の横には人が寝られる程度の隙間があったな。低反発で寝心地は良さそうだった。
さてやることがない。出発前に受け取った情報チップの中身も確認したいが、あれは携帯端末やそこいらの家庭用端末で処理できる情報量じゃないし、そもそも情報ネットにつながっている端末じゃ、危なすぎる。
そういえば、ここは情報ネットがつながらないって言ってたな。端末を確認すると、まだかろうじてつながっている。あとどのぐらいで切れるんだろう。
肩越しに後部との仕切りを見る。どうやら警備箱の強盗防止用らしい。それは頑丈なファイバー製で、後部全体をカプセルのように覆う構造になっており、銃撃にも耐えられそうだった。
潜り込んで寝られるあたり、どこかに通風孔は空いているのだろうが、差し当たり音は漏れなさそう。そう判断すると、時宗は弥次郎と通話をしておくことにした。
呼び出し音が少し続いて、唐突に弥二郎の声が応じる
『お、どうなった? あの後、音沙汰ないから心配してたんだが』
相も変わらず、のらくらした口調だ。
「今、海峡を渡るトンネルの中だ。今野は寝てる」
『どういう状況だ?』
時宗はここまでのことを話した。今野の訳ありな生活と仕事のこと、途中で尾行らしき車を見たこと。
『あ~、それは……ヤバいかもしれんな』
「やっぱりか。なんかの運び屋だと思うんだが」
時宗は小声で話した。今野には聞こえないとは思うが、万が一ということがある。
『ほぼ間違いなく、そうだろうな。かなり危ない橋を渡ってるとみた。う~ん、まぁ結局、金積んで足を洗うしかないだろう。本人が依頼人に会って足抜けしたいと言えば、依頼人は何とかするとは思うが……ただなぁ』
「息子の妨害とやらがうるさい、か?」
『そうなんだよな。今野に金を突っ込むとなれば、その辺で横槍が入りそうだ。……それにしても早かったな』
「そうか? 元々、今野が見つかればすぐ終わる仕事ではあったわけだろ?」
『……それはまぁ、そうなんだが。トンネル抜けたら、そのままこっちに向かうのか?』
「いや、なんかアオモリに泊まるとこ予約したとか言ってた。ちゃんと寝る気らしい」
弥次郎がホッとしたのがわかった。なんだろう、昨日から妙に時間をかけさせようとしてないか?
「おい、トウキョウで何かあるのか? 今野のことで親戚がもめてるとか、何かトラブってるんじゃないか?」
『いや、その、まぁいずれにしてもこっちで処理しておくから心配するな。いいか、お前は今野の車でのんびり戻ってくればいい』
ひっかかる言い方だ。
「なぁ、何かあるなら言ってくれ。時間が必要ならどこかで今野に足止めかけるし、手伝いが必要なら飛行艇か何か使うし」
『ん~、いや、今のところは大丈夫だ。今野と珍道中してこい。尾行に気をつけてな。っと俺ちょっとこれから人と会うんで、通話切るぞ』
一方的にそこまで言うと、弥次郎は時宗が何か言う前に通話を切った。
なんのトラブルだ? トウキョウで何が起こってる?
いつもなら弥次郎は隠し事なんかしないのに。どういうことだ。
窓の外を規則的に過ぎる灯りをじっと見ながら、時宗は考え込んだ。
今野の周辺のトラブルの気配は、さしあたり二つ。ひとつは今野の仕事に関するもの。超高で尾いてきていた車について、今野は心当たりがあるようだった。あの車は、結局あれからずっと見当たらなかった。他の車に変えて近くにいるのか、それとも別な方法に切り替えたのか。
もうひとつはトウキョウの、依頼人が遺そうとしている財産に関するもの。依頼人の子ども……ひとりか複数かは知らんが、とにかく妨害しようと、すでに動き始めているらしい。
行くも地獄、帰るも地獄、というどこかで聞いたセリフが頭をかすめた。
暖房は効いているはずなのに、窓の外から伝わる寒さに体を震わせ、時宗は考えこんだ。
弥二郎もおかしい。情報を出し惜しみし、それでいて経費はふんだんに寄越している。最初に渡してきたしょうもない資料自体、弥二郎っぽくない。弥二郎は適当な性格だが、時宗と組んで仕事をしてきて、こういう肝心なところで手抜きをしたことはなかった。
妙に時間をかけさせようとしたり、情報を隠したり。そういえば、時宗が今野に会えたと知った時、変なふうに驚いていた。時宗が今野を見つけたのが、思ったより早いと感じたような反応。
何を隠してる?
弥二郎は元々、今野が身を隠しているのを知っていたんじゃないか? 会えないと知っていて時宗をサッポロに送り込み、時間をかけさせようとしていた。『仕事はしました』という口実作り? それこそ時宗同様、弥二郎もやらないことだ。
……と思うが、だいぶ自信がなくなってきたな。
何だろう?
時宗は端末を取り出し、写真を開いた。今野が残していた封筒を確認する。やっぱり、弁護士事務所の名前とIⅮだけ。今野から中身のことを聞き出すにはどうすべきかを考える必要がある。
まさか依頼人も実在しなくて、今野をはめる何かの宗教団体とかじゃねぇだろな。弥二郎が一枚噛んでるとは思いたくないんだが?
いずれにしても、今の時点じゃ材料が足りない。
時宗は大あくびをした。脳が疲れている。これ以上の思考は無理だ。
鞄に端末をしまいこみ、後ろの仕切りが動かないのをもう一度見ると、毛布を引っ張り上げて顔をうずめた。
アオモリにつくまで、しゃあない俺も寝るか。
なんだかんだ、やることはないのだった。




