Itinerary: 3日目 その6
休憩を終えると、今野は再び本線に戻った。運転はやはり慎重で、危なっかしいところは微塵もない。世間には、車のレースに参加したりする人間もいると聞いている。そういう連中はイキっていると時宗は想像していたが、そうした浮ついたものと今野とは結び付かなかった。
なんというか、プロっぽい。
そう。今野の場合、こうして正確に運転することが仕事なのだと思わせる、静かな迫力がある。
横目で今野の運転を見る。ハンドルを握る手は余計な力が入っていないが、車の挙動は完全にコントロールされている。男っぽい指先が時折ハンドルから石に伸び、愛情深くクルリと撫でる。
視線はまっすぐ前、でもこまめにミラーにも目が配られる。左手がレバーに伸ばされ、また戻る。
そういえば、あまりにも滑らかで意識に上らなかったけど、この車……。
「自動航行機能どころか……完全手動にしてる?」
「え、今まで気づかんかったんか?」
呆れた声で今野が答える。
「いやその、運転が自然すぎて」
「六速。楽しい」
「楽しいのか?」
「うん。走行モード切り替えて自分でギアチェンジすんの、好きなんだ。安定制御切って、晶石としゃべりながら運転すんだ」
何を言っているのかはわからんが、今野の切れ長の目に微笑みの甘さが加わったのはわかる。
「……運転、ほんとに好きなんだな」
「お前は車運転しないんか?」
「免許だけは持ってる」
「ふ~ん。トウキョウって列車いっぱいあるから車なくてもいいんだべ?」
「そうだな……。車両保有許可証もバカみたいに高いし。基本は列車移動だな」
今野は頷いた。車に詳しくない時宗を馬鹿にする意図はないらしい。
「保有許可証高いのはわかる。オレ列車の方はよくわかんねぇけど、お前はよく知ってんでないか?」
「まぁ……使い慣れてる方だとは思う」
「オレ多分トウキョウには住めねぇ。列車いっぱいあって全然わかんね」
そっちに意識が向くのか?
「慣れれば乗りこなせるだろ? 住んでいれば、なんとかなる」
今野は黙った。時宗は頭の中で会話を続ける。トウキョウに来ないか? 今の俺たちの住居なら、明日からひとり増えてもなんてことない。まぁ……ベッドの予備はないけど。あ~、その、俺は居間のソファで寝るから。いいとこだよ。無人売店も近いし。
俺は、アホか?
密かに溜息をつく時宗に気付かず、今野はちらりとバックミラーを確認した。まっすぐ前に視線を戻し、再びバックミラーを見る。
時宗は振り返ってみた。さすが北の超高幹線道、都市部を抜けてから、車は本当にまばらだ。前も後ろも地平線まで道は続いていて、時折、緩やかにうねるだけ。基本的に、遠くまで他の車は全て見える。こんなんで採算合うのか? 心配になるほど閑散とした印象だ。
尾行難しくねぇかこれ?
対象の行き先がわかってるなら、先行で待ったほうがマシな気がする。ついてきているのかどうか、トウキョウと勝手が違って逆にわからない。
今野がもう一度バックミラーを見て、端末の映像をちらりと見た。
「状況どうなってる?」
指で示され、時宗は端末をいじって表示を変えた。幸いにも寒気は収まっていて、あと少し行ったところからシールド・チューブは外れている。今野はそれを聞くと、ほっとした顔でシフトレバーに手を伸ばした。
「これからちょっと確かめたいことあるから、お前後ろ見んなよ」
時宗が頷くと、今野はスピードを落とした。許されている最低スピードのギリギリまで落としていく。操作盤から合成音声が流れ始める。
『危険運転が感知されました。今すぐに航行速度を復帰させてください。危険運転が感知されました。十秒以内に速度が復帰されない場合、運行権限が管理局に移行します。九……』
今野はそれを無視し、バックミラーを見続けている。
「……つけられてるのか?」
「あぁ。来てる」
そう答えると、管理局の音声が残り二秒を告げたところで、今野はスピードを元に戻した。
「この後、シールド外れて速度規制も緩くなる。その時に多分、あいつらこっちを追い越して先に行くんでないか?」
なるほど。
「超高から降りて、まいたりしないのか?」
「どこ行ったってお互い丸見えだ。そんな面倒なことしないし、多分あいつらなんもしてこね」
「ふ~ん」
見張ってるだけ? 警察じゃないだろうな? ちらりと思ったが、口には出さないでおいた。今野の仕事に関する連中か、じいさんの遺産騒動がらみか。いずれにしても、超高を走っている間はお互いに何もできない。
やがて後ろから白く車高の低い車が猛スピードで近づき、シールドが外れると同時に二人の乗る車の横を追い越した。それはあっという間に地平線の向こうへ走り去り、二人は無言で見送った。




