Itinerary: 3日目 その5
その辺の店で一緒に味噌ラーメンを食べると、今野は超高幹線道に乗った。
ラーメンを食べている間、今野はずっと端末をいじって何かを調べている様子だったし、超高幹線道のゲートを通過した時も、一切しゃべらなかった。根掘り葉掘り聞かれるのを警戒しているような雰囲気もあって、時宗は口を開かなかった。
旅は道連れっていうだろ? これから長い時間、一緒に行動するんだ。いきなり何か聞くより、相手のストレスをまず減らして、信頼関係を作るところから始めた方がいい。訳ありなら、なおさらだ。
今野の運転は、相変わらずきっちりしたものだった。シールド・チューブに包まれた超高幹線道を、今回も周囲とぴったり同じ速度で走っている。天気はどんよりしていて、チューブの外には雪がちらついていた。
中には自動航行機能を切って、勢いよく隣の車線を抜けていく車もいたが、今野は気にしない。運転席の横に置かれた携帯端末には、これから走る区間の映像が映し出されている。
運転席周りには、見たところありとあらゆる装置が揃っている。運転記録装置、環境計測装置、晶石燃焼効率計あたりは時宗にもわかった。ラーメン屋の駐車場の隅でどこかと通話した後、今野は車に乗り込んで指なしの皮手袋をはめ、助手席の足元に置いてあった専用の靴に履き替えている。音楽は一切かけておらず、運転に集中していた。
そういえば、ゲートから普通に超高に入ったよな? 支払い用のIDどうなってんだ? 仕事用の別ⅠDなのか? 部屋の中に個人情報はなかったが、そうした必要なものは持っているということか。そもそも運転免許を持っているはず。
何よりも気になるのは、積み込んだ警備箱だ。かなり重かった。中に何が入っている?
夜にでも弥二郎と通話して相談してみようか。
そんなことを考えながら、時宗は前を見た。周囲は白いが、路面はチューブのおかげで雪はない。籠もった水分のせいで、タイヤが乗る部分が長く黒い筋になっているだけだ。時間は昼を回ったばかり。空は相変わらず灰色だった。
「これ、どこまで行くんだ?」
時宗は聞いてみた。
「あぁ……オーヌマ」
オーヌマってどこだよ。土地勘のない時宗には、それがどこなのか、ここから何時間かかるのかもわからなかった。
「何時間ぐらいだ?」
「たぶん四時間ぐらい」
「オーヌマって……」
「ハコダテの近く」
「……なるほど」
つまり、一直線にトウキョウに向かってるってことだ。
車は一切ブレることもなく、安定感があった。暇、といえば暇だ。
「さっきのラーメン、うまかったな」
当たり障りのないところから会話を振ってみる。今野は乗ってくるだろうか。真っすぐ前を向いたままの今野の横顔を見ると、口の端がほんの微かに上がった。
「あっこは観光客来ないけど、うまいんだ。オレあっこの味噌ラーメン好きだから、仕事の時いっつも食べる」
柔らかい声だ。言葉の端々に出る訛りが耳に心地よくて、時宗の心は緩んだ。仕事の手伝いの中に、気晴らしの話し相手も入るのだろうか。時宗はなんとなくそう思った。
「うちの事務所の見習いで、敬樹ってのがいるんだ。そいつも来たがってた。味噌ラーメンが食べたいって。帰ったら教えてやろうかな」
「あぁ……来たら食べたらいんでねぇか? 今回来なかったんか」
「まだ十七で、事務ぐらいしか担当させられないんだ。そのうちあいつも一人前になったら、きっと来るんじゃないかな」
「ふ~ん。あっこ多分、すぐ潰れないと思う。来れたらいいな、そいつ」
悪い奴じゃないんだよな、と時宗は思った。
「だな。チャーシューもよかったし」
「炒飯もいいんだ。あともう一軒、うまいとこある。後で名前教えてやる」
「頼む。やっぱり地元の人間に教えてもらったほうが、ハズレはないよな~。そういや、うちの所長が柳月のなんだかってお菓子買ってこいって」
「あ? お前それ超高乗る前に言えや。この先の大きい休憩所で売ってるんでなかったっけか」
お土産のお菓子の話なんて鼻で笑われるのかと思いきや、今野はどこかで買わせてくれるらしい。窓に頬杖をつき、時宗は今野を眺めた。共同住宅にいた時より、くつろいでいる。もっと言えば、どこか楽しそうだ。
車の運転が好きなのか? それともサッポロから出られるのが嬉しいのか?
トウキョウに行けるから、という理由も考えてみる。今野は何を楽しんでいるんだろう。ぶっきらぼうなのに冷たくはない話し方を、時宗も楽しんでいる。
しばらくの後、車は大きめの休憩所に滑らかに入っていった。
弥二郎に言われたお菓子を無事に買い、飲み物やらなにやらを仕入れてトイレに寄ると、時宗は車に戻った。白い森と灰色の空以外に何もない景色の下、車の量はトウキョウより格段に少ない。雪も少なくなっていて、休憩所と駐車場にシールドはかけられていなかった。
白い息を吐き、コケないように車のドアに取りつくと、時宗は周囲を見渡してからドアを開けた。なんとなく、自分ひとりではない気がしたのだ。誰か……何かの視線を感じたように思った。
苦笑いする。自分が誰かの秘密を暴くために日陰をうろつく仕事をしているせいか、そうした感覚は直観を越えて体の一部になってしまっている。今野の訳ありな様子からいって、誰かの目があっても不思議ではない。こんなに早くネタバレが来るかね?
ただ、ざっと見渡した限りでは、誰が尾行者なのかはわからなかった。車の中にいるのだろう。ここは超高幹線道、特定するならこの後の方が楽だ。時宗は何食わぬ顔で車に乗り込んだ。
「用事終わったんか?」
「あぁ」
返事をすると、今野は靴を雪道用の暖かいものに履き替え、手袋を脱いだ。時宗の前にある物入れを開け、手袋の片方を隅に挟んで閉め直す。もう片方を操作盤の上に放り出しながら、今野は例の顔でにやりと笑った。
「オレもトイレ行ってくっけど、開けんなよ」
「……するわけねぇだろ」
「どうだか」
今野はさっさと車を降りていった。その背中を無言で見送る。
あいつ。
部屋を二つ借りている時点で用心深いとは思った。もしかしたら、さっき一旦自分の共同住宅に戻ってきた、あのわずかな時間で時宗が漁ったことに気づいたんだろうか? 今野がいない間にこの物入れも開けて中身を写真に撮ろうかと思っていたんだが、見事に見透かされたわけだ。
操作盤の石を観察する。触れば今野にバレるのはわかっているので、手は出せない。
静かに主の帰還を待っている石は、安心しているように、のんびりと眠そうな光を揺らしている。持ち主不在でも、コネクトを移す隙がない。
おとなしくしてるか。
思いのほか、今野は頭が切れるし、訳ありな生活に慣れている。
おもしれぇ。
共同住宅で見せた寂しい目よりも、こうしてお互いに頭を使う旅で見せる今野の顔の方が、ずっと楽しい。
さぁて、今野は尾行にどう気づいて、どう対処するんだろうな?
共同住宅で風呂を借りた時、時宗は漠然と思った。あの男には、体を使って遠くまで行く旅の方がふさわしいんじゃないかと。少し危険で、冷静な知恵が必要とされる旅だ。
トウキョウまで、今野と一緒に行ける。
ポケットに入れておいた小さなチョコを口に放り込みながら、時宗は口元が緩むのを押さえられなかった。




