(9)勝利の美酒
終わった。
魔物は僕が大型の小竜を倒したとともに引いていった。どうやら魔王はいなかったようだ。
ぐわん、と視界が揺れる。一瞬、自分がどこにいるのか、何を見ているのか分からなくなった。
「や、やったぞ!」
ガディアスさんの声で我に返った。が、まだ意識が遠い。
「我らは魔物の群れを退けた!!」
その声が僕の耳の横を通り過ぎるようだ。
「あ、あぁ……」
僕はそれに呼応しようとした。声と意識が連動しない。腕を掲げて戦の終結を示そうとするも、できているのか分からない。
「……どの、イクタ殿」
「——っ、はい!」
バチンと意識と視界が切り替わったように僕はハッとした。ガディアスさんの呼び掛けには応えられた。よかった。
……なんだこれは?
じりじりと頭の奥が焼けるようだった。
体力は回復している。傷も塞がっている。僕は、大丈夫なはずなんだ。
「お~~い、やったな!」
「セドラさん」
砦の方からセドラさんが駆けてきた。
「おまえ、スゲえな!! それが無敵の力か!」
「見てたんです?」
「ハハッ、そうだ、見てた」
「見物か、いい身分だな」
「骨は拾うと言ってただろ、おっさん」
三人で砦の方に向かう。砦から他の人たちも駆け寄ってくる。
「ああ……救世主さま……!」
「矢が降り注いでも当たらないなんて……!」
「皆、力が漲ると言ってました! 力を分け与えられたと……!」
「誰も、誰も死んでいません……!」
みんな、感動をあらわにし、僕を口々に讃えた。
それは、神様から授けられた力なのでそう。僕はそれをみんなに分けただけ。
「え、へへ……。みなさん、無事でよかったです」
僕は血塗れの顔で笑った。誰も死ななかったということが嬉しかった。
……救えた。
それだけで涙が出そうだった。
◇◇◇◇◇
「よっしゃ!! 今宵は宴だ!」
「貴様は何もしてないだろう」
セドラさんが音頭を取り、ガディアスさんが突っ込みを入れた。
「こういうのは誰かが言い出さねえと始まらんだろう。ホラッ」
そう言いながらセドラさんは手布を僕に投げ渡してきた。
「そいつは外してあの辺置いとけ。おっさんもな。顔拭いて着替えて来いよ。宴までには男前になってこい」
そして、パンパンと手を叩いて鳴らし、砦の中の詰所を指差す。そこに装備品を置いておけということだ。
「おかみさんたち~、出番ですよ! 救世主さま達の装備を磨き、宴の支度もしますよ!」
「あらぁ、私たちの出番ね! まかせて!」
「やる! わたしもやるぅ!」
いつの間にか仲良くなったのか分からないが、セドラさんは女の人たちに声を掛けていた。小さな女の子も手伝いをすると張り切っていた。僕はその光景を見て、嬉しくなった。と、ともに村の様子を思い出してしまう。
「人にやらせるのか。まったく……」
「ふふ、戦に出られなくても、できることがあるならしたいと思うんでしょう。そんな人たちに声を掛けたんですね」
「……そうだな」
ガディアスさんが呆れながらそう言い、僕は思ったままを口にした。
たとえ無力だったとしても、できることがあるならしたい。その思いはよく分かる。
食材は僕が出し、それを使い調理や支度は戦に出なかった人たちで行われた。そして、集落の人たち皆で火を囲み、宴が始まる。
「おっさん、まあ飲めや」
「む……」
セドラさんが杯をガディアスさんに渡し、何かを注いだ。
「特別に俺が蔵出ししてきた。イクタ君は酒を知らんから出せないだろう」
「はは、そうですね。飲んだことがないから謎の飲み物ができそうです」
酒は知っているが、口にしたことはない。なので生成したらどんな飲み物になるのか分からなかった。
「ま~、この時勢、そんな多くは出回ってないから、こっそりだ。本当はおまえさんにも飲ませたいが……」
「ダメだ」
「だよな」
僕が酒の味を知れば、酒を出せるようになると思ったが、ガディアスさんがそれを許さなかった。僕にはまだ早いようだ。
「じゃあ、乾杯」
僕は水が入った杯を持ち、三人で乾杯した。
「……はぁ……」
ガディアスさんが酒を口にし、味わい、深く息を吐いた。
「どうだ? 勝利の美酒は?」
「ふむ、悪くない」
「美味しいんです?」
深く染み渡るような顔をして飲んだガディアスさんの様子を見て、僕はどれほど美味しいものなのか気になった。
「こういう時に飲む酒は美味いものだ」
「そういうもんなんですか」
「ハハ、ヤケ酒とかは美味いとかそういうやつじゃねえもんな」
酒とはそういうものなのか、と思った。どんな状況で飲むか味が変わるという。
「味……」
「ん?」
「なんでもないです」
僕の口から思わずついて出たそれにセドラさんが反応したが、反射的にその話題を退けた。
「救世主さま! みなさん! さあさ、食べてください!」
給仕の女の人が手作りの料理を運んできた。食材は僕が出したが、人の手が入り、温度がある。肉は香ばしそうに焼かれ、煮込み料理からは湯気が立っていた。
「いただきます」
僕はそれを受け取り、その場で口を付けた。給仕の人が見ている。
「おいしいです」
口角を上げ、声の調子も上げてそう感想を口にした。
「ああよかった、喜んでいただけた! まだまだありますので、足りなかったらおっしゃってくださいね」
「はい」
給仕の人は喜んでそう声を掛けて持ち場に戻っていった。
僕はそれを目で見送りながら、器から物がなくなるまで口に運び、飲み下していく。
「……はい?」
無心で食べ物を口へ運んでいると、セドラさんに目の前で手を振られた。僕は顔を上げる。
「どこ見て食ってんだ?」
「アッ、はい」
おかしい。僕は疲れることがなくなったのに。疲れているわけではないのに。
そして、今飲む酒が勝利の美酒といい、美味しくなるものであれば、これも美味しいはずなのに。
……僕は、何を食べているのだろう?
これは、僕が生成した食材から作られたもの。それを僕が食べる。
一体、これは何なんだろう?
きっと、それは考えてはいけないことなのだと思った。




