(10)届かない
結局、魔王の正体はまだ分からなかった。
僕たちが局所的に防衛しても、焼け石に水だ。魔王自らの襲撃と、魔王の活動に伴い活性化した魔物達の襲撃により、王都外の村々は消えていく。
魔王に何か目的があるのだとしても、仮に正当性があるのだとしても、僕たちは生きたい。ただそれだけの願いを潰されるわけにはいかなかった。
「……出た。統率された敵がいるとの報が入った」
魔王の正体が分からないと言っていた矢先に、そんな報が入る。ガディアスさんが調査員からそう報告を受けていた。
「よし、すぐに行くぞ」
「む、貴様が動くとは。戦う気になったのか?」
「いや、あっちはうちの交易先なんだ。ルートが潰されると困る」
「行きます。すぐに行きます」
セドラさんがすぐに荷馬車を手配してくれた。戦闘には参加しないとのことだが、この動きの早さからいって、困るのは本当なのだろう。道案内もしてくれるという。
「間に合ってくれよ」
僕たちは荷馬車に乗り、襲撃されそうになっている集落へ向かった。セドラさんが手綱を握り、馬を飛ばす。後ろに他の自警団員の荷馬車も続いた。
「……魔王でしょうか」
「魔物の群れは統率されていると聞いた。だから、魔王か、それに類する知能の敵だろう」
馬車の中でガディアスさんと推測を口にした。
「勝てるでしょうか」
「いつかは対峙しなくてはならない。する相手だ」
僕がそう問うと、ガディアスさんは答えとはいえない応えを口にした。
僕は、僕たちはまだ経験が足りない。訓練はした。それから実戦はした。だが、実戦の回数は重ねていない。
敵は段階的に強くなるとは限らない。一度実戦で勝てたのは運が良かったのだろう。始めからあの数倍強い敵が現れたら全滅だったかもしれない。
だけど、敵は待ってくれない。僕たちを訓練するために存在しているのではない。
——いきなり魔王と戦うこともある
英雄譚とは違う。これは現実なのだ。
集落の方へ近付いてきた。
何か、嫌な予感がする。上手く言葉にできないが、空気の淀みを感じる。
「あ……、人が……!」
到着した。動いている人がいる。
「よかった、まだ」
僕は言葉を失う。
土気色をした人々が群れを為し、村から出て移動していた。それは、村の規模に比べて倍ほどの数だった。
「あの、あなたは——」
人々の群れの最奥にいたのは、教会のシスターのような人だった。僕の村の教会で見たものより、ずっと立派な白い修道衣を身につけている。裾が黒く染まっている。両肩からは黒い帯のような布が垂れ、手には黒い大きな杖を持っていた。
「大丈夫ですか? 魔物に襲われていると聞いて来ました」
その人は土気色ではなかった。ただ、すごく白かった。肌も、髪も。
「大丈夫です。襲われてなどはいません」
「そうですか、よかった。他の人たちは……」
土気色をした人々は、腹に穴が開いていたり、目玉が飛び出ていたり、腕が片方なかったり、骨が出ていたり、なんらかの損傷がある。立って動いているのが不思議な——
「イクタッ!!」
セドラさんの声が響く。
「あの、これは」
わなわなと唇が振るえる。
修道衣の女性は黒い杖を掲げ、土気色の人々を見据える。まるで、操っているかのような。
「この人達は」
女性の目が煌々と光っている。それは赤く、炉が燃えるように——
「イクタ殿ッ!!」
ガディアスさんの声が響いた。
「あなたは」
僕は剣を握り、駆け、距離を詰める。
「……魔王!!」
すべての……すべての元凶がここにいた。
僕からすべてを奪った仇が、ここにいた。
全身に魔力を巡らせ、脚と腕へ噴出するように流した。駆ける時に足裏へ魔力の壁を出し、それで自分を押し、勢いを加速させる。
剣には「魔王を断つ力」と念じ魔力を乗せ、渾身の一撃を放った。
「そうね。あなたたちの定義ではそう」
魔王は瞬間的に細長く分厚い魔力壁を出し、僕の渾身の一撃を食い込ませ、止めた。反応速度が異様だった。何も揺らぐことなく、息をするように出現させ、止めた。
「ぐ……、クソ……ッ」
目に涙が滲んだ。
……敵わない。
悔しさ、絶望、果ての距離。
瞬間的に悟ってしまった。
「お前の……ッ、お前の名前は何だ!」
まだ届かない。だけど、いつか掴んでやると叫んだ。掴めるように手掛かりを探る。
「私は、リターナ。よろしくね、イクタ君」
リターナと名乗った魔王はにこりと慈悲を湛えたような笑みを浮かべた。そして僕の名前を呼んだ。
「リターナ……! お前か!? お前が僕の村を!!」
リターナが黒い杖を振る。魔王が使う杖だ。その禍々しさからさしずめ、魔杖といったところだろうか。
「あなたの村だけではない。皆、等しく土に還らせる」
「何故だッ!!」
「増えすぎたから」
「なんだ、それ」
「そういう思し召し」
……話にならなかった。
リターナが魔杖を振るうと、土気色の人々が一斉に僕へ襲いかかってきた。リターナの目が赤く光る。
「わかった、わかったぞ!! お前が、お前が……っ!」
ドン! と土が盛り上がり、巨大な人型となった。
土の巨人と動く死体——これが、魔王リターナが率いる軍勢だった。
村の人たちは土の巨人に倒され、倒された人たちは動く死体となって生きた人を襲う。そしてまた動く死体となる。そういう仕組みだった。僕は理解してしまった。
「イクタ殿は魔王を!」
「ここは我らが!」
ガディアスさんと自警団の人たちが動く死体を相手にする。絶望的に数が多い。土の巨人は強力だ。
……僕は、生きている人たちに力を。
全身を炉として稼働させ、全員へ魔力を前の数倍渡した。
「お、俺もかッ!?」
セドラさんにも魔力を回した。武器も出した。軽めの槍だ。
「マジかよっ!! えいっ! 来んな!」
動く死体を対処できる程度にはなった。
「おぉ、いける、すごい力だ」
一方、ガディアスさんはその力をすぐに使いこなし、土の巨人を破壊していた。通常の人間にはできない跳躍もし、頭上から叩ける。
僕は、垂れてきた鼻血を指で擦り、払い、剣に長い魔力を纏わせ、動く死体をまとめて斬り払った。元は生きていた人々だと思うと心苦しいが、今生きている人を動く死体にするわけにはいかないのだ。
「リターナッ!!」
障害となるものを振り払う。土の巨人は魔力壁の階段で宙に駆け上がり、頭上から割る。そして、その動作すら惜しくなる。剣先から魔力を放出し、土の巨人の脚を割り、倒れさせた。
「カハッ、ハアッ、ハアッ」
出力全開だ。鼻血が口に逆流してきた。口に溜まった血を吐き捨てた。
疲れはない。体は燃える。頭が熱い。
「僕はっ、お前を……!」
やっと届く。魔杖を掲げるリターナの元まで再び近付いた。
……あれ? 届かない。
届くはずだった剣が届かなかった。
僕は剣を構えたまま前に進めなくなった。
目線を下に降ろすと、僕の胸にリターナの魔杖が刺さっていた。




