(11)まだ戦える
何が起きたのだろう。
自分の胸に刺さった魔杖を見て、僕は他の人が刺されたのを目撃したかのように思った。
「死なないでしょう?」
ズッ、と勢いよく魔杖が引き抜かれる。リターナの声が涼やかに響いた。
魔杖の軌道に沿い、直線上に僕の血がパタパタと落ちた。魔杖を引き抜かれた僕の胸の穴にスウ、と風を感じる。空洞になったのを感じる。そしてすぐにその風は止む。
「あ……、あ」
僕の思考が停止した。みんなに回していた魔力が落ちる。
そんな僕を一瞥して、リターナはふわりと裾を翻し、背を見せて立ち去っていく。
トン、と魔杖を地に叩くと土の巨人は崩れ、土に還る。動く死体は戦闘をやめ、再び隊列を作ってリターナとともに歩んでいった。
「……っ、あ……」
それをただ目にすることしかできなかった僕は、胸の穴を手で押さえた。
「あ……、あ、う、あああああああああああっ!!」
ガクリと膝を付き、叫んだ。
なんだこれは、なんだ、何? 痛い? どうした? 嫌だ、やられた 死? 穴、血、おわり
ドスン、と頭に衝撃が走る。吐き気が込み上げてきた。
目の前に何があるのかもう、分からない。土の巨人に破壊されたと思われる家々が渦巻き状に歪み、その凄惨さを見せる。それが僕を責めるようだ。村の抜け殻がそこにある。もう、死体すらそこにない。
「ああっ、あ、あっ……うあああっ!!」
……痛い?
痛みは? 痛いはずでは? 痛いのは何? どこが?
パン!
「おまえ、傷……塞がってんぞ」
セドラさんが僕の頬を叩いた。
「ハッ!?」
僕は、胸の穴を塞いだ手を見た。固まった血が少し付いた程度だった。そして、胸を見る。穴は開いていない。前も、後ろも触った。開いていない。風も感じない。一度、穴を通る風は感じていたのに。
「ま……魔王軍は撤退した!! 我らは生き残った!!」
ガディアスさんが引きつった顔で僕を見つめつつも、戦いの終わりを宣言してくれた。僕を見つめ、凍り付いていた自警団の人たちがそれに呼応して、声を上げた。
「僕たちは、魔王を前にして退くことはありませんでした! 皆さん、誇ってください!!」
ガディアスさんの宣言に乗っかり、僕は腕を上げ、高らかに宣言した。自警団の人たちは一瞬固まったが、すぐに沸き上がった。
「は、はは……、と、とりあえず、死ななくて良かった」
……救えてはいない。
じわりと目に涙が滲んだ。
死体すらない村の残骸を目にし、僕は喉の奥からこみ上げてくるものを飲み込んだ。
「あ、はは、魔王は、リターナっていう名前でしたね」
足を踏み出せば、瓦礫となった家の欠片を踏む。その感触が足に伝わる。屋根がなくなった家の中が見える。その家のかまどに、作りかけの料理があった。
「それだけは、わかりましたよ? っ、ブッ」
両手を掲げ、唯一の成果を僕は示した。そんな僕の顔をガディアスさんが拭く。そういえば、鼻血を出していたのを思いだした。
「リターナは、魔力で、土の巨人を、つくって、村人たちを、ころし、て、そのむらびとたち、も、うごかし、て」
実際に対峙して分かったことを口にし、共有する。それはこれから役に立つはずだ。
「わかったわかった。こっちで聞こう」
セドラさんが僕の手を引く。僕は手を引かれながら、救えなかった村の残骸を目に映し、ふらふらと歩む。そして荷馬車に乗せられ、幌が閉められる。
「イクタ殿、手掛かりを掴んだな」
「はい」
ガディアスさんに装備を解くよう促され、僕はプレートなどを外した。そして、血塗れの上着も脱ぎ、穴が開いた箇所を拭かれた。
「お、おまえさあ……俺は戦わないって言ったのに、魔力と槍をよこしてきたな?」
「すみません、敵の数が多かったので……」
セドラさんに飲み水を渡される。無心で受け取り、口を付けるとゴクゴクと飲み下した。
「それにしても、すげえよな、その力。俺でもそこそこ戦えるようになっちまった」
「大丈夫でした?」
「なんともねえよ」
「貴様も少しくらい戦えるようになった方がいい」
馬車の縁に背を付けもたれると、目に入るのは薄汚れた白の幌だ。それしか見えない。ぼんやりと幌を見つめながら、セドラさんと話をし、ガディアスさんも入ってきた。僕のプレートを拭いてくれている。マントの埃も払い、きれいに畳んでくれた。
「俺は闇商人! 非戦闘員だっての」
「貴様はやっぱり闇商人か」
「あっ」
以前、セドラさんはそこを曖昧にしていたが、うっかり口を滑らせたようだ。本人としてもその自覚があったらしい。僕はそのやり取りを聞いて笑った。
僕が笑ったのを見て、二人が安堵したような顔を見せた。
「ガディアスさんはすごかったです! 今日はちょっと強めに力を渡しました。そしたら、すぐに使いこなしてくれて、土の巨人も倒して……」
「ああ、すごい力だ」
僕は以前の戦いから成長し、力の使いこなし方が上達したと感じた。それは僕だけではなく、受け取ってくれた人もだ、と思った。
「自警団の皆さんも、うまくやってくれて……」
ピク、と手が震え、全身がビクリと震えた。無意識だ。勝手に体が動く。
「あの……」
「何だ?」
顔だけをガディアスさんへ向けて問いかける。
「魔王の軍勢は、次の集落に……、すぐに、行かなきゃ……」
ガディアスさんの目が見開かれた。
「バカ野郎」
トン、とセドラさんの指が僕の額を突いた。
「胸に風穴開けた奴は寝ろ」
「え、もう塞がって……」
僕が胸を手で押さえながらセドラさんを見つめると、眉をしかめ、少し怒りも混じったような真剣な顔がそこにあった。
「ガディアスさん……? ねえ、行かなきゃ」
そう訴えると、僕はその手で床に横たわらされ、目に布を掛けられた。
「あの」
……救わなければ、行かなければ。
意識だけが空回りした。眠りたくないのに、闇に誘われる。
きっとまた悪夢を見るだろう。




