(12)わるいゆめ
——あの日からずっと悪夢を見ていた。
僕は、全てを失った日から、眠りに落ちればその日の悲劇を繰り返していた。
「いい、子、ね。ナユ、を、まもっ、ってたのね」
母さんが僕の首を絞める。僕は一度、そこで死んだと思ったのだ。
父さんが妹のナユを惨殺した光景も繰り返し再生される。動く死体を家に入れてはいけない。避難壕の合言葉を設定した由来はこれだ。
「……無敵の力を手に入れたんだ?」
夢の中のナユがそう聞く。
「そうだよ。これで、僕は、みんなを……」
……救えると思った。
これで、みんなを救えると思った。
「間に合ってない」
「え?」
ナユは僕を睨み上げ、怒りをあらわにする。
「お兄ちゃんは何も救えてない」
……それは、そうだ。
ナユのその言葉に、僕は愕然とした。確かに、今回は何も救えなかった。
ずしりと胸が重い。貫かれたその胸を押さえ、僕はその事実を実感する。
「痛かったんだよ? 助けて、って叫んだの。でも、誰も助けてくれなかったの」
それは、誰の言葉だろうか。
ナユの口から発せられるその言葉は、きっと僕が救えなかった人たちの言葉。
「ごめん」
……力を持っていたのに。
僕は頭を下げて謝った。無限の、無敵の力を持っているのに、及ばなかった。
これは、僕が持っているせいだろうか? 他の人なら? もっと、うまく……
「ごめん」
ただ、謝った。それしかできなかった。胸が、重い。苦しい。たすけ……
「……おい」
ぺちんと頬を叩かれた。
「あ!?」
パチリと目を開けた。
……夢だった。
胸を押さえながら呼吸をする。数度繰り返す。
背が湿っているのを感じる。そして、スウと冷えるのを感じる。ドク、ドク、と鼓動が早まっているのを感じた。寝汗をかいたようだ。
「こえーよお前」
セドラさんが僕を起こすなりそう言った。
「なんか、ごめん、ごめん、ってずっと言ってた。唸ってた」
「すいません」
「いや、謝んなって」
そして、セドラさんは物入れから煙草を出し、火打ち石を使い自分で火を付けた。
「おっさん、代わるぞ」
「ああ」
ガディアスさんへ声を掛け、煙草をくわえながら手綱を受け取り、御者を交代した。
「イクタ殿、休めたか?」
「……はい」
ガディアスさんが僕の横に座ると、馬車が再び動き出した。
ふと、馬車の外を見るともう、あの集落は見えない。元来た道を走っている。拠点へ戻っているのだ。
「戻っているんですね」
「ああ。現状、できることはない」
「そうですか」
拠点へ戻っていることを指摘すると、ガディアスさんはそんな現実を口にした。確かにそうだ。魔王リターナと対峙し、戦ったが到底敵わなかった。無敵の力を持っている僕が対処できないということは、他の誰にも対処できないということだ。
「なんで、僕なんでしょう」
「何がだ?」
僕は膝を抱え、俯き、そう問うた。
「僕が神さまから授かったこの力……、僕じゃなくて、もっと強い人が」
そもそも、どうして僕がこの力を授かったのだろう。わからない。
ただの村人だった僕には過ぎた力だ。
「ガディアスさんみたいな人が、使ったら、もっと。いや、魔王だって」
鼻腔にセドラさんの煙草の臭いが流れてきた。燻した臭いがする。鼻の奥がつんとする。
「代れるものなら、代わりたい」
「そうですよね、僕なんかに任せていられないですよね」
少し枯れてきた声で僕はガディアスさんにそう言った。
「いや、これは大人が負う責任だ」
僕は滲んだ視界でガディアスさんを見上げた。そこにあるのは頼もしい大人の顔だった。
「ハハッ、俺が代わったっていいんだぜ? 魔王とか放って別の大陸で商売すっけどよ」
「貴様だけには任せられん」
ふたりのそのやり取りを聞いて、僕はゆるく笑った。
……僕は、まだ立てる。
「は、はは。やっぱり、僕が、僕がやりますよ。授かったのは僕なんですから」
浮かんだ笑みをそのままに、僕はまだやれると宣言した。
なにせ、死なないのだから。死なずに立ち上がれば何度でも挑めるのだから。
「お~~、頼もしいねえ、救世主さま」
ひゅうとセドラさんの口笛が鳴る。片手に持った煙草の煙が走るように流れた。
「我々は、全力で貴殿を支える」
ガディアスさんの大きな手が僕の肩を触れた。厚みがあり、温かかった。
◇◇◇◇◇
拠点へ帰還した。
「救世主さま、ご無事で」
「はい。僕も、自警団の皆さんも無事です」
出迎えてくれた人たちへ、僕はそう報告した。
——胸を貫かれたけど、無事だ。
「魔王のことがわかりました。より一層の訓練と、対策を講じていきます」
まっすぐに、前だけを見据えて、崩れ落ちないように。
僕はそんな心持ちでしっかりと地に足をつけ、立ち、これからの方針を口にした。
「あれ? 救出に行った村は……?」
小さな声で発せられた疑問が聞こえた。ざわざわとそんな声が聞こえる。
「あ~~、ダメだった。間に合わんかった」
セドラさんが気怠そうに、不遜な感じでさらっと報告した。
僕はぐっと息を飲み、口を食いしばり肩をすくめ、目線を落としてしまった。
「ってかよ! 俺も戦ったんだぜ! マジな討伐とかしたことねえっつーの! 動く死体と戦ったぞ! てめえらも死ぬんじゃねえぞ。死んだらてめえらと戦うことになるからよ」
大げさとも言える身振り手振りを交え、セドラさんは自分が体験してきたことを語った。
「あっ、ああ、ご苦労さん。わかった……」
疑問を口にした人は片手を上げ引き気味でそう応え、そそくさと立ち去っていった。
「これが我らが実際に対戦して分かった魔王の戦術だ。のちに詳しく話す。皆、心するように」
セドラさんの話に乗っかり、ガディアスさんがそうまとめた。そして、トンと背を押される。僕は振り返りガディアスさんへ目を遣ってから、そっとその場を立ち去った。
◇◇◇◇◇
その夜、僕は夕食の場に顔を出さず、割り当てられた部屋で一人休んでいた。
「考えたいことがあるので」
そう言って一人になった。
寝台に横になり、天井を見つめていた。
僕のその手は首元と胸を往復していた。無心に何度も、何度も確かめていた。
「……どうして、リターナは、僕が死なないって……」
魔王リターナの言葉——「死なないでしょう?」
僕が無限炉を持ち、再生し、死なないということを知っているかのようだった。
繰り返しそのことについて考えた。それで頭の中を埋めた。
そうして、僕は「怖い」ということを消していく。
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