(7)旗印
僕たちが築き上げた拠点が流通の中心になりつつあった。その存在が知られるようになったからなのか、魔物の大群が向かっているという情報が偵察の者からもたらされた。
「そりゃあ、目立つわな。狙われるだろうさ」
「……ついに魔王がやってくるんでしょうか」
「わからない。だが、統率は取れていなさそうとは聞いた」
セドラさんが僕たちが成した結果そうなるであろうと言い、ガディアスさんは魔物の群れの状態を教えてくれた。
「魔王と戦うにしても、まずは魔王の姿形から知らなければならないですね」
誰も魔王のことについて知らなかった。名前すら。
何せ、襲撃された村の住民は皆、生きてはいないのだから——
「知って、生き残らなきゃならない」
出会ってすぐに倒せるかも分からない。出会ってしまえば終わりなのかもしれない。
「そうだ。そして、今度は一人じゃない」
「はい」
僕の肩をガディアスさんがぽん、と叩く。
その言葉が胸に響いた。僕は……ずっと一人だった。全てを失った日からずっと。
だけど、今は違う。みんながいる。
「見て下さい! これを!」
僕は今、自分たちが立っている砦を指す。両手を広げ地面へ向けて。
「何日もかけてできたこれ。みんなここに配置して、矢を放ったり、投石したり」
これは僕が生成した。
試してみた結果、大きな建築物も生成できることが分かった。だが、こういったものは時間が掛かる。数日がかりでなら生み出せるのだ。何日もかけて、物資の生成の傍ら生成していたのだ。
「ああ……、整ったな。これで防衛戦というものができる」
「まあ、たまげたよな。無限と言うからにはできるんだろうけどさ」
ガディアスさんが感心し、セドラさんが驚きを見せていた。
「僕、こんな大きな砦とか見たことなかったから、なんか、ちょっと変かもしれませんが」
「まあ、形にはなった」
村から出たことがなかった僕は、軍事利用のための砦など知る由もなかった。ガディアスさんから説明を受け、英雄譚に出てくる城を思い描きながら生成していた。
どうやら、無限炉による生成は、使用者の認識に依存するらしい。
見たことがないものを生成するのは苦労する。そして、切羽詰まっている時は咄嗟に生成できない。
一人で戦い、村人たちを魔物から守る際に魔力壁を出していたのはそのためだ。盾などを思い描いている余裕がないため、直接「守る」という思いを飛ばすと魔力の壁が発生する。
「魔王が来ても……隠せれば、なんとかなるでしょうか」
砦の地下に、避難壕を作った。そこには戦いに加わらない人、子供たちを匿う。
「外に残る人間で、合言葉を知っているのは僕とガディアスさんだけ。だから死なないようにしないとならない」
「ああ」
避難壕の扉は外からの呼びかけに対する応対として、合言葉が合っている場合しか、中から開けてはならないことにした。
「ハハ、俺は知らんからな。まあ、逃げ回って死なねえようにはするけどさ」
セドラさんが軽口めかしてそう言う。
僕の父さんが動く死体となって、その声で扉を開けさせたことからそうした。死ぬ確率が低い者のみが合言葉を言えるようにしたのであった。
逆に言えば、僕とガディアスさん以外は簡単に死んでしまう可能性があるということだ。最悪、ガディアスさんも死ぬ可能性もある。
——僕だけが生き残る
そんな可能性がある。
「骨は拾ってやるよ、おっさん」
「貴様……」
セドラさんは生き残る気満々だ。それを聞くと僕はほっとする。
「……これも、ちゃんと揃えました。それらしく見えるでしょうか」
「ああ、貴殿はもう、立派な騎士だ」
「ひゅう、カッコいいぜ、イクタさんよ」
今まで僕は村から出てきた時の服装に近いものを生成して着替えてきた。その上からマントを羽織っていた。だけど、訓練を重ね、本格的に戦いへ身を投じるにあたって、装備を整えたのである。
ガディアスさんの装備を参考にした。思い描ける元があると生成しやすかった。
「なんか、ガディアスさんのと似ちゃって、悪いなって思いますが……」
ガディアスさんの装備は、頑丈な布地の上着の上に胸や脛、肘当てプレートを重ねているものだ。騎士団時代の重装備ではなく、これでも簡略化されたものらしい。僕にしてみれば、英雄の装備という感じだ。
「ハハ、師匠と弟子って感じじゃねえか」
セドラさんがそう言った。少しこそばゆい。ふふ、と笑ってしまった。
「そのマント……いいものだな。旗印として機能もする」
新たに生成した装備の上から、ずっと羽織ってきたマントを引き続き羽織っていた。
「はい。これは、宝物です。これをくれた女の子のお父さんは亡くなってしまったけど、僕は死にません。その女の子も、僕がこれを身につけたら勇気が出ると言ってくれました」
……僕は、命を背負っている。
「そうか。貴殿はもう……英雄だな」
「そうでしょうか」
ガディアスさんが神妙な顔でそう言った。これは喜んでいいのだろうか。僕はそうあっていいのだろうか。
「ま、何事も形からって言うな。俺だって地味な服を着て、ちょっとボケた年寄りに俺はあんたの孫と言ってな……」
「貴様は詐欺師もやってるのか」
セドラさんのそれは本当なのかどうか分からないが、不謹慎ながら笑ってしまった。ガディアスさんは顔に青筋を立ててセドラさんを睨む。
「……よし、配置の指示をするぞ」
「はい!」
ガディアスさんがそう仕切る。僕はその指示の様子も学んでいく。
これまで訓練を重ねてきた人々が武器を手にし、砦のあちこちに配置された。その人達が何を得意とし、どう配置するかを把握する。
「頑張りましょう!」
僕は背を伸ばし、そう鼓舞するしかできない。まだ、胸を張ってその姿を見せて勇気づけることしかできない。
『救世主』と呼ばれ、名前と顔を覚えられた。それを使い、奇跡を感じさせる。
実際の戦いになれば魔力も配り、魔力壁も立てる。
まだ僕はそれしかできない。
倒れても、食い千切られても立ち上がる。その姿を見せることが一番の仕事だ。
それが何よりも確かな奇跡なのだから——
遠くに土煙が見えてきた。いよいよだ。
「来た」
僕はマントを翻し、砦の前に、最前線に立った。




