(4)炉
「我々とともに王都から見捨てられた人々を救おう」
ガディアスさんからそう手を差し出された。
「——はい」
僕は手を差し出し、その手をぐっと握った。
それとともに、この国が一体どのような状況になっているのかが気になった。
「あの、僕はいろんな村を回って、王都は王都の外の人間を見捨てたと聞きました」
僕がそう、ガディアスさんに自分が知っている、理解していることを話した。ガディアスさんはそれを耳にし、神妙な顔になる。
「それは、間違ってはいない」
目を伏せ、ガディアスさんはそう答えた。
「だから、私はここにいる」
そして、顔を上げ、まっすぐに僕を見つめ宣言するかのようにそう言った。
「王都の人々を守るには、門を閉ざす。それが鉄則であることは承知している。王都の民も守られるべき人々だ。その人々を守るための兵を欠かすわけにはいかない。それも承知している」
その理屈は、王都の外の人間の訴えの裏返しのようだった。
「私も、王都の人間を守らなくてはならなかった」
——騎士団長であったガディアスさんの立場はまさしくそれだった。
「だから、王都の外が襲われているのを知っていながら、助けに行くことは許されなかった」
ガディアスさんは息を吐き、視線を落とした。
「ガディアスさんは……、助けたかった、人……なんですね」
「……ああ、でも、おこがましい。とても手が及んでいない。騎士団を辞してまで王都の外に出たというのにこの体たらくだ」
騎士団長という階級を捨てる。それだけでも計り知れないほどの覚悟だ。名誉も、地位も、暮らしも捨ててきたのだ。それらを捨ててまで在野の人々を救いたいと、この人は降りてきた。
「すごいです、そんな。僕たちの、ために」
僕は、ただの村人としてそう、畏敬の念を込めて言った。
「そう、言ってくれるか?」
ガディアスさんはその大きな体を縮めるようにして、僕へそう訴えてきた。
「……はい」
……知っている。救うことが、救いになることを。
だから僕は、この人と一緒に戦いたいと思った。
こうして、僕はガディアスさんの自警団とともに活動することにした。
少し前まで、村の警邏すらまだ任されていなかった身なのに、元騎士団長という人とともに、肩を並べて活動することになったなどと信じられなかった。
「貴殿は、剣をどのくらい扱えるのか」
「村の警邏の人に少し習っていました。でも、最初に遭った魔物には通用しませんでした」
「そうだったな……」
初遭遇の魔物に蹂躙され、腹を満たすまで食われ続けたことはすでに話してある。それを思い出したのか、ガディアスさんは苦い顔をした。
「その、無敵の力で再生する前提で戦ってきたんだろう」
「はい」
ガディアスさんの指摘の通りだった。被弾する前提で、最終的に立っていればいい。そんな考えで戦っていた。何しろ、力は無限なのだ。人々を守りながら戦うことができる。自分は傷付いても修復される。
それがここまで戦ってきて身についた僕なりの戦い方だと示すように、返事をした。
すると、ガディアスさんが眉を歪めて息を吐いた。
「えっ、なんか、ダメです? これ、無限なんですよ? どうやら発動しているときに目が橙に光っているらしいんです。だから『無限炉』って感じだと思います」
僕は首を少し傾け、自分の目を指差し、そう訴えた。
すると、ガディアスさんはぐっと、僕の両肩を握りしばらく沈黙した。
「え……?」
僕は目線をガディアスさんに上向ける。
「私が戦い方を教えよう」
その目は、何か痛ましいものを見るかのようだった。
◇◇◇◇◇
剣を握り、踏み込み、振り下ろす。ただそれだけの動作が重い。
「そうだ、それが『型』だ」
村の人間から習ったものとは違う、本格的な型だった。重心を意識し、振り抜くときの姿勢も意識する。
「はあ……っ、はあ……」
『炉』の力を使うことは禁止された。その力を使えば、身体能力を底上げできる。体力も保持される。これは他人にもそうすることができる。剣すら握ったことがない人も戦えるようにできるほどなのだ。だけど、この訓練では封じられた。
「よし、今度はこれをただ避けろ」
剣を置き、身一つでガディアスさんが繰り出す攻撃をひたすらかわす。ガディアスさんは、壊れた鉄具の柄を使い、僕へ突きを繰り出していた。
「あたっ」
足がもつれそうになりつつも、必死に避けていたら信じがたい速度になっていった。そしてついに当たってしまった。
「……はぁ、全然ダメですね、僕」
型通りに剣を振るうのも難しい、剣を持たずに攻撃をかわすのも難しい。分かっていたが、僕の戦う力は素だとこの程度だ。
「いや、齢十七にして、騎士族の生まれでもないのにここまでやれるとは思わなかった」
ガディアスさんは顎に手を当て、感心した様子で僕をそう評価した。
「……実戦は何よりもその身を成長させる」
その言葉は僕の中に染みる。
ここに至るまで、僕は魔物に食い千切られながらも立ち上がってきた。炉の力を稼働させながらも体を動かした。そうしているうちにただ蹂躙されるだけではなくなっていた。素の力だけでも避けることはできるようになっていた。何よりも、恐れることなく踏み込み、相手の動きを見ることができるようになったのが大きい。
「はは、よかった。無駄じゃ、なかった」
重くなった腕で地面に置いた剣を拾い、掲げ、これまでの道筋を思う。
「貴殿のような、辺境の村の若者は本来……そんな死地に追われることはない」
ガディアスさんのその言葉に、僕は目を見開き、動きを止めた。
気付けば腕の重さはなくなっていた。炉は勝手に稼働する。疲労も自動的に解消されるのだ。禁止と言われても、こうして勝手に働いてしまう。
「へへ、もう死地に送られてしまいました。小さい頃、英雄になりたかったんですよ、僕。このくらいはしないと、なれないですよね?」
そう、笑いながら返した。
考えてみれば、いよいよ幼い頃からの夢が現実になろうとしているのだ。それを示してくれる人がいる。僕は『師』に出会えたのだ。こうして物語の主人公になるんだ、そう思った。
「そうだな。魔王を倒して、平和な世の中に……しよう」
ガディアスさんは厚みのある柔らかな低い声でそう僕に語った。
沈みかけた日が、燃えるように赤かった。




