(3)英雄になってもいいのでしょうか
目を開けると、家の中に母さんと父さん、ナユが倒れていた。
母さんと父さんは土気色で、体に損傷があったままだった。ナユは父さんに斬られて血を流し死んでいた。
言葉が出なかった。
外は……外はどうなっているのだろう。
僕は扉の外へ出た。
——村は、死んでいた。
宙を仰ぎ見、きらりと目に差し込んでくる太陽の光。まだ、昼餉の時間を迎えていなかった。もうすぐ、朝の仕事を終えて一休みし、皆で食卓を囲むはずだったのに。
目線を落とすと、巨人になったと思われる土が山となりあちこちに残骸となって盛り上がっていた。
そいつが潰したと思われる、村中の家。昨日、猪の肉を分け合ったみんなの家が瓦礫になった。
「オーシン、ダイ、ゲイル、ニック、ミィナ……」
兄貴分、友人、顔見知り、村中のみんなの名前を口にしながら歩いた。みんな、知ってる。顔も、名前も。
——誰も、生きていない。
「あ……っ、あ……、ああっ……」
嗚咽が漏れる。口を押さえ、こみ上げてくるものを堪えようとした。無理だった。
昨日の夜、食べたものが口から出てきた。膝を付き、吐いた。
村人の半数が父さんと母さん同様、土気色になっていた。もしかして、その状態で歩き回っていたのだろうかと思った。そして、そうならなかった者へ手を掛けたのかと。土気色の遺体とそうでない遺体が隣り合って倒れていたのだ。
そして、村中を確認し終えた。……全滅だった。
僕は立ち尽くした。
そのまま村の外にある遠くの木を見つめ続けた。鳥が飛び、去る。鼻に虫が止まり、我に返った。
「あ、埋めなきゃ」
ゆるゆると歩み、自分の家に戻った。
倒れている父さんと母さん、ナユを引きずり、家の外に出す。三人を横に並べ、黙祷した。村の小さな教会で行われる葬儀の真似事だった。聖句はうろ覚えだったので、口から出てこない。だから、黙ってそれらしいことをした。
そして埋葬だ。
鉄の鋤で穴を掘る。そうしなければ、埋められないのだが、土の巨人に村中が潰され、鉄具も壊れていた。壊れた鉄具を握ったまま死んでいる人もいた。きっとそれで抵抗したのだろう。
鉄の鋤が欲しい。
空中に向かい、焦点の合わない瞳で遠くを見つめながら思った。
「……!」
すると、何もないところから鉄の鋤が生まれ、現れた。
僕は反射的に手を掲げ、それを受け取り手にした。
「あ、ああ、これで埋められる」
新品の鋤を手にした。これで僕は仕事ができる。決まった。僕は村人たちを弔わなければ。
まずは、穴を一つ。人一人埋められる穴を掘るのに、半日はかかった。それを繰り返し、繰り返した。
墓標がいる。
埋めたら墓標が必要だ。ただ墓標とだけ思うと何も刻まれていないものが生まれる。名前も一緒に思うと、名入りの墓標を生み出せる。
「ナユ」
一番始めに出した名入りの墓標は妹のものだった。
「父さんと、母さんの隣だからな。こわくないぞ」
僕はそうして墓標を三つ並べた。
……この力は一体何なのだろう。
無から無限に何かを生み出せる力だった。死んだと思ったその時に、人を救いたいか? と何者かに問われた。だから授けられた力なのだろうか。こんな力を授けられるのは——神しかいない。
……だから、これは人を救うための力なんだろう。
僕が生きているのは、僕だけが生きているのは、人を救うためなんだ。
村人を全て埋葬し、一月あまりが経った。
僕は、食べ物すら自在に生み出せることが分かり、一人で肉をかじり、パンをスープで流し込んでいた。食べたことのない肉を生み出してもみた。漠然と、美味しい肉とだけ思い、生み出した。美味しい気がした。美味しいような味がしたかもしれない。何の肉なのかは分からない。
他に一緒に眠る家族がいなくなった寝台で眠った。こんなに広かったのかと思った。
……もうやることがない。
もう、この村には何もない。僕が生まれ育った村には僕が立てた墓標しかない。
しばらく人と話をしていなかった。この世界に人間がいないのではないか、という気になってきた。
「誰か、誰か……いませんか」
僕は村を後にし、そう呟きながら生きている人を求めて歩き出した。
人里を発見するまでの間に、魔物と遭遇もした。僕は為すすべもなく、魔物の爪に裂かれ蹂躙された。
「武器、武器……!」
痛みでのたうち回りそうだった。だけど、死の恐怖から抵抗しようと、武器を望んだ。そうすると手に剣が収まる。柄を握るように手を握っていたらそこから剣が生えたかのようだった。
村での稽古を思い出し、剣を振るおうとしたが、思うように振れない。やっと振るえるようになっても魔物に当たらない。
「う、し、死ぬ、し……」
魔物に転がされて、肉を噛み引きちぎられた。さすがに死を覚悟した。
——でも、死ななかった。
魔物に食われるそばから肉が再生するのである。痛みを通り越して自分が不気味になって呆然とした。しまいには、魔物は腹を満たし終わり、転がした僕を放置して去っていった。
……あ、これは、無敵……?
完全に再生した己の身を支えるように、柄を握り剣先を地に付けながら、しばしガクガクと震えていた。
そして涙を流す。僕はこんなに弱かったのだと。何もできなかった。
どうして英雄になんてなろうと思ったのだろう。ただの村人なのに。
◇◇◇◇◇
「僕は戦い方を知らなかったんです」
村での一部始終と、人里へ辿り付いた後、それから無敵の力を試していったこと。それらを話した上で、僕はガディアスさんにそう訴えた。
「死ななければ無敵と言うか……」
ガディアスさんは神妙な顔をしてそう返した。
「あっ、ごめんなさい、こんな話。話せる人がいなくて、全部話してしまって……」
「いや、よく話してくれた」
「そうですか? よかった。気持ち悪いですよね、なんか、こんな力。信じられないでしょう?」
「いや、昔、似たような奇跡を起こした者の伝説を聞いたことがある」
「え?」
平時であれば、到底気味悪がられるであろう力を僕は発揮していたのだ。人の目の前で。それは、危機的状況だから受け入れられたのだと思っている。だけど、僕がこの力を得た経緯を疑わずに聞いてくれた。そして、前例があると言ってくれた。
……僕は、おかしくないんだ。
「どうした?」
「え、いや」
ガディアスさんのその落ち着いた声を聞くと落ち着く。さすが元騎士団長だと思った。何事にも動じない強さがあるのだろうと思った。英雄譚とは、こういう人の話なのだろうかとも。
「貴殿は……人を救いたいのか?」
なんとなく、少し聞きにくそうにガディアスさんはそう問うてきた。
僕の答えは決まっている。
「救いたいです」
言えた。胸を張って言えた。すでに、僕は救うことができるようになってたからだ。
——僕は、英雄になってもいいのでしょうか。
そう心の中で問うた。




