↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/26

(22)明けない夜

「私は神より奇跡の力を賜りました」


リタの日誌はそんな一文から始まっていた。


「え……」


僕は思わず声が出た。

頭の中にいろいろと駆け巡るが、飲み込んで先を読み進めた。


「神は私たちを見捨てなさったのかと思いました。魔物が人々を蹂躙し、王都は門を固く閉ざします」


……驚くほどに現在の状況と似ていた。


「私も巡礼先で魔物に蹂躙されました」


その一文を読み、僕はこくりと唾を飲む。

僕が読み上げ、二人が聞いている。ちらりと二人の顔を見ると目をしかめていた。


「神の奇跡は私を守りました」


魔物に痛めつけられたリタは、死ぬことなく復活し、立ち上がった。

僕は村を出て、魔物と初めて遭遇したときのことを思い出す。魔物に食われては再生し、歩んでいった。


「私は、武器を手にしました。誰も守ってくれなかったのです。神から賜った力はこのためにあったのでしょう」


リタは武器を生み出し、それで立ち向かった。騎士が討伐に来ない魔物を自らの手で倒した。戦ったことなどなかったけど、何回も、何回も立ち向かい、人々を守った。


「私は神へ感謝しました。この奇跡があれば人々を救うことができるのです」


どれだけ傷付けられても死なない、蘇る力。無限に欲するものを生み出せる力。彼女はそれを私利私欲のために使うことはなく、人々のために使った。


「ローエン村の救援に間に合いました。私が出したパンとスープをみなさんで美味しくいただきました」


日誌は具体的な村の名前、人々の名前、行ったことも書かれていた。


「私はもっと、多くの人々を救いたいです」


魔物から人々を守った後の暮らしも支えた。砦を建て、皆をそこへ集めた。


「まだ、終わりが見えませんが、これも神の思し召しなのでしょう」


僕は読み進めながら、顔が強張ってきた。


——それは、自分の通ってきた道を辿るようだった。


繰り返し、繰り返し、人々を救うためのものを生み出し与える。脅威から人々を守る。自分が傷付いても、幾度も立ち上がる。一度始めてしまったらもう降りられない。


……この人は誰が助けてくれるのだろう。


「エラ、トムス、リン、フーゴ、ビルマ……」


救った人の名前、救えなかった人の名前が羅列されている日があった。救ってくれた人の名前はない。


「今日は、味がよく分らなかった」


端的に、一行だけそう書かれた日があった。僕は背を冷やした。

顔は上げられない。目線だけ二人に向け、思わずその顔を伺ってしまった。しかめた顔はそのままだった。目線を戻し、再び読み上げる。


「私はもう眠りたくありません」


ついに、そこまで来た。

そこに至るまで、救えなかった村の名前が書かれ、こう動いていれば救えていたかもしれない、という後悔が書かれていた。


——悪夢を見たのだろうか。


それは書かれていなかった。分からない。


「夜は長いのですね」


眠らないことにした彼女は、夜の長さに気付く。一日が二倍になった、と書かれていた。


「人は、夜に闇へ還ることによって、赦されているのでしょう」


長い夜が罰のようだと、書かれている。眠りは人に与えられた赦しであると、彼女は綴った。

僕は、鼻を啜り目から落ちた涙をさっと拭った。


「夜に飛ぶ鳥を見ました」


森を一人歩き、彼女は長い夜を過ごした。


「私も空を飛ぶことができました」


僕は息を飲んだ。

眠れない、眠らない夜を過ごし、どこへ向かうのか。手を伸ばした先はあてのない空。同じように吸い寄せられたのだろう。そう思った。


「皆、あたたかく美味しいご飯をいただき、安心して眠る。よかったです」


彼女はもう、自分が失ってしまったものを人々が享受するさまを見て、安らぎを得ていた。

僕は、炊き出しの人が教えてくれたメニューを反芻し、口を動かしたときのことを思い出す。


「サラ、ライザ、シーザ、ケイン……」


名前だけが書かれた日が続く。もう、彼女がどう関わった人なのかすら分からない。


「私はまだ立てます」


日付すら書かれておらず、そう一文だけ書かれている。文字の滲みが強い。何かが落ちた痕がある。


名前だけの日、日付だけの日、そして——途切れた。


「終わりです」


僕はそっと本を閉じ、棚に戻した。

はあ、とセドラさんが深くため息を吐く音が響いた。ガディアスさんは口を手で押さえている。



◇◇◇◇◇



皆、無言で馬車の方まで戻った。


もう、日が沈み暗くなっていた。夜営をして夜が明けたら戻る。

パチパチと燃える薪を囲みながら、二人は僕が出したパンと肉を口にしながら黙っていた。僕は膝を抱えて薪を見つめる。


「救世主ってのは、なるべくしてなる奴がなるってか」


セドラさんがそう口を開いた。


「神さまは何を考えているんでしょう。リタさんは立派な人です。でも僕は……ただの村人です」

「あぁ、胸クソ悪ぃな、神様野郎の奴」


ガディアスさんが怪訝な顔をしてセドラさんの方を向く。


「詐欺だ、詐欺! お人好しを騙す詐欺だ」

「え」


僕は眉を歪め変な声を出した。


「知らんけど」

「なんですかそれ」


はあ、とセドラさんは大きなため息をついた。


「俺みてぇな奴には絶対そんな力よこさねえだろうなぁ……」

「それはそうだ」


セドラさんがそんなことを漏らすと、ガディアスさんが鋭く突っ込んだ。


「イクタ殿」

「はい」


ガディアスさんが僕へまっすぐな目を向ける。


「終わらせる。必ず」

「はい」


それだけを言われ、僕はぼろりと涙を流した。

明けない夜はない。そう思いたい。



……あの人は、どこへ行ったのだろう。


終わりを迎えられなかった救世主はどこへ向かったのか。

僕は、その行く先に気付きつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。