(23)乗り物
翌朝、馬車に揺られて帰路に着く。
僕は、リタの日誌の内容をずっと頭の中で反芻していた。
彼女は驚くほど、僕が辿った道と同じような道を辿ったのだと思った。むしろ、僕が彼女と同じ道を辿っているのだろう。
彼女が向かった先はうっすらと思い当たる。
二人は何も言わないが、きっと同じように思っているだろう。特に、セドラさんは、僕をここに連れて来ただけあって、聖女リタの伝説からそう考えているはずだ。
『お人好しを騙す詐欺』
セドラさんがそう言った。
リタは神から賜った奇跡といった。僕は無敵の力だと思った。
リタは聖職者であり、元々人々を救いたい、そうあるべきという教えのもと暮らしていた。
僕はただの村人だった。英雄に憧れはあったけれど、一生村から出ることもなく大人になって暮らしていくのだと思っていた。子供ができたら英雄譚を寝物語で語り、少し剣の腕を鍛えて村の警邏をするのだと思っていた。
だけど、僕は村から出ることになった。描いていた未来はなくなった。すべてを失って。
「なんで」
思わず口から出る。
「なんだ?」
向かい合い座るガディアスさんが反応した。
「僕の村は……なんで襲撃されたのでしょう」
僕は膝を抱えながら、そんな疑問を口にする。
「……言いにくいが、特に貴殿の村である理由はないと思う」
「そりゃそうだ、手当たり次第って感じだろう。人がいりゃ手下にしようとしてきただろ」
ガディアスさんはそう答え、御者のセドラさんも同じような答えを出した。
——理由なんてない。
分かっていた。これまでのリターナの歩みを見れば分かる。
目の前に餌があるから食べる。獣と変わらない。
災害のようなものであるとも思っていた。
だけど、セドラさんが個人的な恨みを持っていいと言った。憎しみで動ける方が楽だと思う。
「なんで」
続けて疑問を口にする。
「王都は襲われないんですか」
ガディアスさんの眉が歪む。
「守りが堅いから……」
「はは! 王都の奴らはズルいからな! 自分らだけ助かろうって話だ! 魔王は襲いやすいところから行ってるんだろ」
ガディアスさんが言いにくそうに一言だけ答えを言うと、セドラさんが歯に衣を着せずにそう答えた。
「一体、いつまで、どこまでやるんでしょう」
「知らん」
襲いやすい村々を滅ぼし尽くした先はどうなるのか。王都も攻めるのか。魔王リターナはすべてを滅ぼすつもりなのだろうか。
僕たちはその答えを持たない。セドラさんが雑にそう示した。
「そもそも、魔王ってなんなんですか」
僕はリターナへ呼び掛けたことがある。魔王、と。すると、こう返ってきた。
『そうね。あなたたちの定義ではそう』
彼女は、自らを魔王であるとは名乗っていなかった。僕たちがそう呼んでいただけだ。
英雄譚には倒されるべき魔王がいる。魔物を統べる者を魔王と呼ぶ。
だが、魔王自身が魔王であると触れ回ったことはない。
「知るか」
セドラさんがそう返す。
「知らんけど倒さなきゃならん奴だろ」
単純な話だ。どんな存在であれ、倒さなければ終わらない。
リターナは、人々を滅ぼすのは『増えすぎたから』『思し召し』と言っていた。
それは一体、誰の意思なのだろうか?
ゴトゴトと馬車の揺れる音がする。僕は乗り物に乗っている。
物を選べない時に『神さまの言う通り』と指差し、止まった先のものを選ぶことがある。それは誰が言い出したのだろう。村の中で伝え聞いて皆行ってきたものだ。この世界の人はみんな、これをするのだろうか。
これは、まるで、乗り物に乗せられて連れられているようだ。
僕は、神さまに授けられたこの無敵の力で魔王を倒す。
それは、決められた道を歩むようだった。
人を救いたい、確かにそう思ったはずなのに。
……意味なんてない。
ナユが死んだことも、父さんと母さんが動く死体になって僕たちを襲ったのも、村のみんなが死んだことも意味なんてない。
僕に力が与えられたことも。
きっと、魔王も英雄も。
僕たちは——乗り物に乗っている。ただそれだけ。
◇◇◇◇◇
「ありがとうございました」
馬車が拠点に着くと僕はセドラさんに頭を下げた。
「ま、見るモンはあっただろ。何もないってことはなかった」
「はい。一番知りたかったことは知れました」
腕を組み、セドラさんがじっと僕を見る。眉間に皺が寄っている。
「知ってよかったんだかな」
ガディアスさんの方も見たが、神妙な顔をしていた。
「英雄という者の、語られざる真実というものは、痛ましい」
「……ええ。リタさんは苦しかったんでしょうね」
僕は話の流れに沿った言葉を返した。
——あくまでも「苦しかったのはリタさん」だ。
そういう物語なのだ。
「僕は大丈夫ですよ!」
その場でくるりと回って、マントを翻し口角を上げてそう宣言した。
「僕は、みなさんがいる。みなさんと一緒に戦ってる。とても心強いです」
両手を広げ、笑顔でそう言った。
きっと、リタさんもそうありたかっただろう。そうある自分は幸せであると、僕は笑顔の燃料にする。
「僕が、みなさんを守りますから」
そのための力なんだ。
僕はその終点へ向かって、走るだけでいい。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
「続きも読みたい」と思っていただけたら、評価・ブックマークをぽちっとお願いします!
アカウントをお持ちでない方も、これを機に登録して応援してもらえたら嬉しいです。




