(20)悪いのは誰
自分の涙で溺れそうになった。
不可抗力で守れなかった時より、己の過ちで救えたものを救えなかった時の方が後悔が大きい。
「うっ……、ゲホッ、は……ッ」
泣きすぎてむせた。ヒューヒューと苦しい呼吸音が漏れる。
視線を感じる。
ガディアスさんと、自警団の人たちと、セドラさんが僕を見ている。ただ黙って。
時間をくれたのだろうか。僕が落ち着くまで。
「す、すみません……」
よろりと立ち上がった。いつまでもこうしてはいられない。
「みなさんを弔います」
鉄具を生成し、倒れている遺体を見渡した。
「ん」
セドラさんが手を出す。
「え?」
「俺らにもそれをよこせ」
ガディアスさんたちも前に出る。
「これは、我らの責だ。貴殿一人が負うものではない」
ガディアスさんがそう、静かに告げた。自警団の人たちも頷く。
「う……、あ……ッ」
喉の奥から何かが込み上げてくるようだった。ツンとする。涙も無限なのかと思うほどだ。また目に滲んできた。
それを堪えて僕は人数分の鉄具を生成した。
そして、遺体を一カ所に集め、皆で黙祷する。聖職者ではないので聖句は分からない。なのでただ悼んだ。
それから穴を掘り、埋め、生成した墓標を建てた。名前は分からないので空白だ。
埋葬が終わると、僕たちも荷馬車に乗り拠点へ戻る。
「あとで、旦那さんと会いましょう、と約束していた奥さんがいました」
僕は馬車の中で膝を抱えて座り、そう呟いた。ゴトゴトと馬車の揺れを感じながら。
「その人には、子供がいるようでした」
そんな呟きをしながら、僕は鼻をすする。向かいに座るガディアスさんの顔は見られない。僕は俯いているからだ。
「もう、家族全員揃うことが叶わなくなってしまいました」
頭を膝に付け、身を縮こませた。
もう、どうすることもできないのに呟いてしまった。心から言葉が漏れ出る。それを聞かされてもどうにもできないのに、聞かせてしまう。悔恨を聞かされる方も何と応えていいのか迷うだろう。
「イクタ殿……」
ほら、やっぱり言葉に詰まる。ガディアスさんは僕に掛ける言葉を選んでる。
「すみません、過ぎたことは仕方がないですね」
ゆっくりと顔を上げて、重たい瞼を開けて僕はそう切り替えた。
「ははっ! 愚痴か! あるある、言ってけ」
御者のセドラさんが背を向けたままそんな言葉を投げる。
「あとであっち仕入れときゃよかったな、とか思うぜ~。クソが! って酒飲みながら延々と酒場のおやじに愚痴るんだ」
「……、貴様と一緒にするな。イクタ殿は」
セドラさんのそんな言い草にガディアスさんが文句を付けた。
「そーだな、救世主さまのお悩みとクソ闇商人の愚痴を一緒にするな、だなあ」
「い、いや、そんな、僕は」
セドラさんがゲラゲラと笑いながらガディアスさんへ言葉を返す。僕はちょっと焦る。
「だいたい、悪いのは誰だ?」
「僕……」
「んなわけねえだろ。魔王だろ。魔王が殺したんだろ」
それはそうだが、魔王は人を殺すもの、として考えていた。自然現象のようなものだと思っていた。
「バーカ、リターナのバーカ、人間を殺すなバカ野郎ー……って、野郎じゃねえな」
子供のケンカのような悪口で、思わず吹いて笑ってしまった。
「言ってみ、リターナのバーカって」
「え……」
少し困惑した。ガディアスさんも困惑した表情だ。
「ば……バーカ……リターナのバーカ……」
歯切れが悪いながらも、セドラさんの真似をして言ってみた。
「よし、言ったな。アッハハ!」
ガララと車輪の音が響く。セドラさんの笑い声と重なり、妙な心地よさがあった。
「先に避難した家族への報告は……おっさん、あんたがやれ」
「あ、ああ」
「俺は知らん」
パン! と鞭を叩く音が響いた。馬がいななく。
ガディアスさんが僕を見る。
「私に任せて欲しい。経緯の説明は私がする」
「……はい」
ここで僕が負うと言うのも気を使わせると思った。素直に頼ろうと思った。ガディアスさんの目が優しい。僕が任せると返事をしたら、安心したようにも見えた。
それからは皆、無言だった。馬車の揺れがまどろみを誘う。
でも僕は眠りたくない。きっと今眠ったら、強い悪夢を見る。石の箱に閉じ込めた人たちに恨みを向けられる夢を見るだろう。
——救いは、まだ先のことだった。
◇◇◇◇◇
「申し訳ない。尽力したが、力が及ばなかった」
拠点に戻り、先に避難した家族へガディアスさんが報告をする。僕はその横で拳を握りながら立っていた。
「イクタ殿は奮戦した。せめて、遺体を魔王のものにされまいと、その場に留めて埋葬を済ませてきた」
そして頭を下げる。僕も深々と頭を下げた。
「……おとうさん……」
僕たちの報告を耳にしていた家族のうち、一人の子供がそう漏らした。それを皮切りに、他の子供がわんわんと泣き出し、呟いた子供も堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
僕は耐えきれず俯き早口で謝罪の言葉を唱えた。
「ねえ、救世主さま、いつ魔王をたおせるの?」
一人の子供がそう問うてくる。
「……っ、すぐに、すぐ……」
「ほんと? ほんとう?」
「しっ」
その母親が子供の口を塞ぐ。
「すみません、すみません! 救世主様は力を尽くしてくださっています!」
涙を流しながら、母親は僕を庇った。その人は旦那さんとの再会を約束していた人だった。
「申し訳ない。より一層の対策を講じ、ここの防衛と魔王討伐に向けて対処していく」
ガディアスさんが僕の前に立ち、そう言葉にしてくれた。僕は一緒に頭を下げ、その場を立ち去った。
「よ~、おつかれ。こなしたな、謝罪イベント」
「貴様……」
セドラさんがそう声を掛けてきた。ガディアスさんが眼光鋭く睨む。
「イクタ、おまえはその辺の村人なのに騎士族みてえなことやってご苦労なこった。おっさんはまあ、そういうのが仕事だ」
耳をほじりながらセドラさんがそう言うと、ガディアスさんは唇を突き出し黙った。
「もっとも、おっさんは騎士やめてんだ。もうその辺のおっさんだろ。酔狂なこった」
「まったく、貴様というやつは……」
ガディアスさんは特に文句もなく、深く息を吐いた。
「……ありがとうございました」
僕は二人に向かって頭を下げた。
「俺は何もしてねえよ。おまえが魔王を倒して平和になりゃ、一発逆転、とてつもねえ商売のタネが転がり込んでくるかもだし。だから恩売ったりしてんだよ」
「私は……騎士の勤めをしているまでだ」
「はは、僕は……みんなを、助けたいです」
「はいはい、えらいえらい」
二人がそれぞれ、己の在り方を口にし、僕も意思を口にした。セドラさんが僕を茶化す。僕は笑うしかなかった。
「あ~……、そうそう。ちょっと面白えもん見つかったぞ」
「え?」
「何だ?」
セドラさんが、何かを提示してきた。
「覚えてっか? 聖女リタの伝説」
「……はい」
「ちょいと宝探しにでも行こうか」
——もしかしたら。
僕が薄々思っていたことを確かめられるのかもしれない。




