(18)人間であること
都市のような規模になったこの拠点を維持するにあたって、戦闘も訓練も何もなくとも、僕が炉の力を使わないわけにはいかなくなっていた。ただ生きるだけでも必要だ。
何の基盤もなく急速に人が増えれば、人数分不足なく食料を調達するのは常識では困難だ。この状況でこの規模の拠点を維持できるのは僕の生成能力があってこそだった。
僕が始めから出来上がった料理を出せば調理の手間など要らないと思ったのだが、味の調整が結構難しい。それにもう、数が多すぎる。配膳の管理の方が大変だ。そして「料理をする」ということも、人間としての営みとして残すべきだとガディアスさんが言った。戦闘ができない人の仕事としてもあった方がいいとのことだった。
炊き出しをする人たちの顔は明るかった。
こんな、危機の中でも人々は生きる。温かいご飯を食べ、夜は眠る。当たり前の営みをする。
「みなさん、おつかれさまです」
「あら、救世主さま、ありがとうございます」
「今日は肉野菜スープのバター味とチーズパンですよ」
「みなさん、先に食べてください。僕はお見舞いに行ってきます」
「は~い、みんな元気づけられると思いますよ」
炊き出しの人たちに声を掛けた。ねぎらいの言葉を掛けると、こしらえている食事をその場ですすめられる。メニューを聞くとおいしそうに思える。だけど、僕は断りその場を後にした。
遠くから、食事を受け取り、それを食べる人たちの姿を見る。
僕は、それだけでお腹がいっぱいになった。
そして、先の戦いで傷付き治療を受け、安静にしている人たちのところへ見舞いに行く。
「みなさん、お加減はいかがですか?」
「おぉ……救世主さま……!」
「おかげさまで、死なずにこうしております」
「すぐにでも復帰して、訓練を……!」
「我らは戦えます……!」
「いや、みなさんはゆっくり休んでください。しっかり治して下さい」
皆、立ち上がり、士気を見せようとしてきた。僕は両手を前に出し、落ち着くように促した。
「どうか、無理をしないでくださいね」
どうやら、僕の力に治癒効果はないようだった。魔力を分配して戦闘力を高めることはできるが、怪我や病気を治すことはできない。
——もっとも、傷付いた人を無理に立たせることはできる。
そんなことはしたくない。だから治って欲しい。それは切に思う。
傷付いても立ち上がるのは僕だけでいい。なにせ、僕は無限炉の救世主なのだから。
結局、見舞いをしてからも炊き出しの場には戻らなかった。
少し前から、こんな感じで食事を回避するようになった。特に、痛みを消すことを覚えてから完全に食べることをやめた。
カツ、カツ、と足音を鳴らし砦の上に登る。
そして、高楼から沈みゆく陽とともに皆の営みを眺める。ただ、無心に。少し、日が沈むのが早くなった気がする。
「肉野菜スープのバター味とチーズパン」
今日のメニューを唱えて、ぱくぱくと口を動かす。
僕が生成した食材がみんなの糧になった。今日も糧になった。それが僕の糧だ。
——味がしない
僕はお腹が空かないことに気付いた。無限炉は空腹すら埋める。
それに気付いてしまったとき、僕の中から食事の意味が消えた。食事の意味を失ったことに気付いたとき、味も失った。
そもそも、僕が生成した食材を僕の体にまた戻す——それに何の意味があるのか。
薄々思っていたことだが「腹が減る」という感覚を失ったことにより、まざまざと突きつけられる。
「……っ、あ……ああっ、う……」
高楼の縁を握り、僕は嗚咽した。何故だろう、涙が出る。
腹が減らないなんて、満たされることなのに。食うのに困る日だってあったのに。
父さんが獲ってきた猪を村の皆で分け合って、それをさらに家族四人で分け合って、手のひら一枚分食べた。
あの日を思い出す。
とても、とても美味しい肉だった。香ばしくて、いい匂いで、肉の旨味が口の中に広がった。
父さんも、母さんも、ナユもおいしいって言っていた。久しぶりに食べたね、って言った。
また食べられるよう、頑張って獲るぞと父さんが言った。
ぱたぱたと涙が石縁に落ちる。
また獲ろうと、父さんは罠を仕掛けにいった。
戻ってきた父さんは——動く死体になって帰ってきた。
「う……っ、う……」
嗚咽が吐き気に変わってきた。でも、もう何も出ない。何も食べてないのだから。酸っぱいものが逆流してきて口から出る。べしゃりと石床に散った。
「っ、ハア……ッ、はあ……」
それが落ち着いてから、上を向き口を開け指先から水を生成し、がぶがぶと含む。そして口を濯いで吐く。
「はぁ……」
もう暗くなってきた空を見上げながら一つ息をついた。
夜が来てしまう。
普通の人間なら、眠らなくてはならない夜が。
……気付いてしまった。
僕は、眠ることすら要らないのでは。
それは少し幸いかもしれないと思った。何故ならば、眠らなければ夢を見ることもないからだ。
……そうだ、眠らなくていい。寝ない。
そう決めた途端、僕は解放感を覚えた。
小屋が建つ、皆が住む方とは反対方向へ魔力壁の階段を作り、駆け上がった。うっすらと姿を現していた月へ向かって駆けた。
「あ……、ははっ、はは!」
どんなに高く駆けあがっても月まで届かないのは知ってる。だから、途中で魔力壁を消して地面へ背を向けて落下する。きっと地面に叩きつけられても痛くないし死なない。そんなことを思いながら、分厚い魔力壁を地面に出して、自分を受け止めさせた。ずぶりと沈み、衝撃を殺した。リターナに渾身の一撃が届かなかったことを思い出す。
こんな無駄なことに力を使ってもいい。眠らなければ悪夢は見ないのだから。
夜は長い。何をしようかな。
◇◇◇◇◇
「イクタ、おまえ、夜に何してんだ」
「え?」
ある日、セドラさんにそう聞かれた。
「噂になってんぞ、夜に何かが空を飛んでるって」
「あ……はは」
笑って誤魔化そうとした。明後日の方向を向いて目をそらす。
「そんな変なことできるのおまえしかいねえだろ」
「見られちゃいましたか……」
頭を掻きながら白状した。
「新技開発! 空を飛べるようになりましたよ!!」
「おー……そりゃすげえ……」
セドラさんが遠い目で反応した。そこは驚いて欲しかった。
「夜通しやってたのか?」
「はい」
「寝ねえのか?」
「寝なくても大丈夫なので! ……ん、ギッ」
はきはきとそう答えると、セドラさんが僕の頬をつねった。
「おまえ、メシも食ってねえだろ」
「食べなくても大丈夫なので……!」
「なんで食わねえんだよ」
「味、しないんです」
「……っ、かぁ……、やっぱりか」
「え?」
セドラさんが苦い顔をし、僕の頬を掴み、口を開けさせ何かをねじ込んだ。
「んっ……!?」
口の中に何かが入った。
——甘い。
「どうだ? 味、するか」
「ふぇ……? なに、こりぇ」
固くて甘い。僕はそれをころころと口の中で転がした。夢中になった。
溶けてじわりと甘さが広がる。唾が湧いて甘さと混ざり、喉を通り流れる。こくりと甘味を飲み込む。
「お子様は飴でも舐めてろ」
「……飴」
夢中になって転がし舐めたそれは溶けて消えていった。しばらく甘さが残った。
「……あ」
はらりと涙が流れた。
「なんで、なんで……」
ぼろぼろと涙が流れる。
「忘れんな。おまえは人間だ」
その言葉が答えだった。
——僕は、まだ人間でいたかった。




