(16)痛くない
「リターナッ!!」
見えた。最奥で人を滅ぼさんとする軍勢を操っている魔王が。
僕は動く死体の上を駆けてきた。その魔力壁から飛び降り剣に魔力を巡らせ一直線に突進する。魔力がいかにも巡らされて見えるよう、派手に、煌々と光らせた。
「食らえッ!!」
声を張り、口上を述べることもなく、即攻撃する。もう、言葉は要らない。ただ壊し合うだけ。
僕の真正面からの攻撃は前と同じように分厚く細長い魔力壁に阻まれる。それは織り込み済みだ。
それと同時にリターナの背後から魔力槍を発射した。
「クソッ」
それもさも当然と言わんばかりに魔力壁で阻まれた。
心なしかリターナが微笑んだ気がする。
僕は正面から大量の魔力槍を発射した。リターナもそれを打ち消すかのように魔力槍を発射する。
その攻防と同時に、剣と魔杖で打ち合いをした。
「やるわね」
「クッ」
そうしながら、横からも魔力槍を発射する。当たった。
だが、リターナは貫通した箇所を瞬時に再生させた。何事もなかったように修復される。当たったのは幻だったのかと思えるほどだ。
痛みは感じていないのだろうか。痛みという概念はないのだろうか。
何も揺らぎを感じなかった。
打つ手がなくなっていく。
これまでの僕なら、諦めただろう。到底敵わないと思い、次に繋げようと食らいつくしかできなかった。
「まだだ!!」
だけど、引けない。もう退けない。
僕は幾多の命を預かる救世主となった。
パタパタと短く千切れたマントがはためく。
僕は命を背負っている。
頭の先からつま先まで熱い。自分が大地と接続されて力を介しているかのようだ。
皆に配っている魔力の奔流を感じる。向こうの戦況も激化しているのが分かる。
「厄介なことをしてくれたのね」
リターナが笑みを湛えながらも冷たく語りかけてくる。
「お前の兵士を増やしてなるものか」
リターナが何を言いたいのかは分かる。僕たちが先んじて人々を集めて、動く死体になるはずだった人を消したということだ。
「あなたも、兵士を作ったのね?」
その口元が嗤う。リターナは僕の柔らかいところを刺す。
「誰の……ッ、誰のせいだ……ッ!?」
僕は八つ当たりをするかのように渾身の一撃を浴びせた。ギィンと甲高い音が響き渡った。
僕が生み出した剣は折れない。リターナが持つ魔杖も折れない。
その激昂が隙となり、僕は足を掴まれる。
「……ッ!」
文字通りだ。土の手が地面から生え、僕の足を掴んだのだ。
「こんなもので止められると思うなッ!」
僕は自分の足へ向けて魔力槍を放ち粉砕した。
「躊躇ないのね」
「してられるかッ!」
僕は縄を生成し、魔力でリターナの魔杖へ飛ばし絡ませ接着し、引き寄せた。瞬間的に出力を高め、奪取に成功した。
「ふぅん……」
徒手となったリターナは感心したように一言漏らし、両手が塞がった僕の懐に一気に入った。
——そして一撃。
リターナの拳が僕の腹を殴った。
「……!?」
カランと魔杖と剣が落ちる音が響く。
僕は一瞬、全ての接続が切れたように「無」の状態になり、目の前に暗幕が張られたようになった。
その暗幕が開かれた時にはもう、リターナは魔杖を再び手にしていた。
「ウグッ、カハッ」
目から血が流れ、ゴボッと口から血が吹き出した。
でも痛みはない。力との接続は感じる。
「は、ハハッ、大丈夫、そんな、の効かない」
目を見開き、まばたきをせず再び剣を握り立ち向かう。僕もいつの間にか剣を握っていた。
痛みも、苦しみも、恐怖もない。
どんなことをされたって僕は動ける。
体が解けても、編み直される。僕の意思とは無関係に。
「もう、そこまで来たのね」
リターナの静かな声が僕を撫でるように響いた。
それは、憐れみにも似た——
「うん、分かった。また来るわ」
そう言い、リターナは魔杖をトン、と地に叩き鳴らした。すると、壁の方まで押していた動く死体たちがこちらに来るのを感じる。土の巨人が地に還ったのも分かる。
「ま……」
待て、とは言わなかった。言おうとしてやめた。
防衛は成功する。ひとまずの成功はさせなければいけない。ここで引かなければならない。
「今回は、私の兵士は増やせなかった」
そう言い、リターナは撤退していった。
「は……ぁ、ああ……」
僕はがくりと膝を付いた。それとともに全ての糸が切れたように皆への魔力供給が止まった。
「イクタ殿……ッ」
ガディアスさんが駆けてきた。
「仕留められませんでした」
僕は膝を付いたままガディアスさんを見上げ、そう報告した。
「防衛は成功だ。上々だ」
「そうでしょうか」
僕は剣を杖にし、緩慢な動きで立ち上がった。そのままゆっくりと城壁の方まで歩む。
「……みなさん、すみません。魔王は倒せませんでした」
城壁の中に入り、戦ってくれた人たちの前に立った。そして僕は頭を下げた。
その人たちは皆、傷付き倒れていた。僕が兵士にした人たちだ。
死んで倒れそうと判断したら城壁の中に入るように指示してあったのである。そのおかげで動く死体となるのは免れていた。
それだけは守られていたのだ。
だが、僕が魔王を仕留められなくては意味がない。
……この人たちを踏み台にして僕は歩んだんだ。
「大丈夫です、我らは……!」
「救世主さまの力で俺たちは、戦えた!」
「痛くないんです、大丈夫です」
「俺たちも、できることがあった。やった、やったぞ」
誰も僕を責めなかった。それどころか誇らしげだった。
何か既視感があった。なんだ、これは?
——これは、僕が初めてリターナと戦った時と似ている。
「あ……っ、ああ、みなさん、休んで、休んでください」
皆、立ち上がり、僕の元へ寄り何かできることはないかと聞いてくる。高揚感すら感じた。
「あー、ああ、其方たち、休むがいい。戦いは終わった。防衛は成功だ。次の防衛に備えて回復をはかるのが今の其方たちの仕事だ」
ガディアスさんがそう言い皆を鎮めさせた。うまく言葉を発せられない僕の代わりに言葉にしてくれた。
「あの……」
「ああ」
砦の中に入り、装備を外した僕とガディアスさんは水を飲みながら報告をし合う。
「だいぶ、戦えるようにはなったんですけど」
「そうだな……」
あと少しで届かない。もっと、何か、何かがいる。
「おつかれ」
セドラさんがやってきた。
「……あの、結構いいところまでいけそうでした」
「そうかい。どんな感じだ言ってけ」
「はい」
頭の整理も兼ねて話すことにした。
「僕は強くなったと思います」
「ほう、それは大きく出たな」
「はい。痛みはないものとして考えるだけでかなり違いますね」
少し笑いながらそう話すと、二人の顔色がさっと変わる。
「おまえ、そんなこともできるのか」
「はい。早く気付くべきでした」
「馬鹿野郎」
それが誰に向けられた言葉なのか一瞬理解できなかった。




