(15)奇跡
リターナの襲来に備えて、まだ襲撃を受けていない集落の人たちを可能な限り拠点へ集めた。
リターナに攻め込まれた集落は確実に滅ぼされ、その住人がそのまま動く死体となってしまう。
それならばということで、こちらに集め、腕の立ちそうな人は訓練し、自警団に加えることにした。
「いよいよちょっとした隊ほどになってきたな」
「五百人くらい集めて、戦える人が三百人……」
砦の上からガディアスさんとともに、集めた人々の住まいを眺めていた。
「僕、こんなにたくさんの人がいるところを見たことがないです」
「はは、もうここが新しい国のようだ」
「ええっ」
「もっとも、城下町というのはこんなものではないが」
「そうなんですね」
「魔王を倒して平和になったら……、見てみるといい」
「はい」
砦を囲う壁の位置をずらし、囲う範囲を拡張していた。
砦には戦闘に参加しない人たち、怪我人、世話人の人たちを中心に住まわせている。
砦の外にたくさんの小屋を立て、戦闘員の人たちをそこへ住まわせていた。
「ハハッ、王都城下町か。イクタ君には刺激が強いなぁ」
「そうですね、市を見ただけで知らないことだらけでびっくりしました」
「聞いたか? おっさん。この田舎者の坊やはかわいかろう」
「貴様、闇市に連れて行ったそうだな? 変なことを教えてないだろうな?」
セドラさんが話に入ってきた。市に行った時の話が出る。楽しかった思い出だ。
ガディアスさんが後から聞いて訝しんでいた。心配してくれているようだ。
「いろんなものがありました。村から出なければ知らなかったものばかりです」
「そうか」
「王都城下町にはもっといろんなものがあるんですね」
「そうだ。門を閉ざして流通が止まってるけどよ、俺みたいなのがこっそり流してるってわけ」
「むう……」
僕が王都城下町のことを聞くと、セドラさんがそう説明した。ガディアスさんが唸る。
「自分らの身の安全は確保するし、ものが不足するのも嫌だ。わがままだねぇ」
それは皮肉だった。セドラさんが両手を上げ、くるりと回りながら言い放つ。
「そんな奴らがいるおかげで俺も商売ができるってわけだけど」
「まあ、否定はできぬ」
神妙な顔でガディアスさんがセドラさんの言葉へ応えた。
「はは、門の外に出てきた物好きで酔狂なおっさんがここにいるわけだが」
笑いながらセドラさんはガディアスさんを指差す。ガディアスさんは怒るでもなく、口端を上げた。
「絶望的な戦いだと思った」
ガディアスさんは砦の縁に手を掛け、階下を見下ろしながら語る。
「だが、私は奇跡を見た」
階下には見渡す限りの小屋。そこにはともに戦う人たちがいる。それを囲う大きな壁もある。そして、今ここに立つのは大きな砦。
「イクタ殿」
「はい」
僕はガディアスさんのその背を見ながら応える。
「貴殿は奇跡だ」
ガディアスさんは空を見上げた。僕もつられて仰ぎ見る。
「私はそれに導かれたのかもしれない」
その言葉を耳にすると僕は何故か、目に涙が滲んだ。それを気にして目を擦る。
「おっさん、何いい事言おうとしてんだ」
セドラさんが茶化す。その顔は楽しげで、同じ空を向いていた。
「ガディアスさん、門の外に出てきてくれてありがとうございました」
振り返ったガディアスさんに僕は笑みを見せてそう言った。
無限の力、無敵の力があっても、支えてくれる人がいなければ立つこともおぼつかなかった。
そんな気持ちを込めて、笑った。
——応えたい
そう思った。
◇◇◇◇◇
そして、王都の外では有数の規模となったこの拠点へリターナが攻めてきた。
当然の帰結だ。人を集め、規模を大きくすれば目立つ。そこを攻めないはずはない。
「来ます」
リターナの襲来は僕が一番に気付いた。
気配察知のために張り巡らせた膜を破ってきたからだ。ごく薄い魔力壁だ。もはや膜であった。
「皆さん! 魔王が攻めてきますが、僕たちは屈しません! 戦えます! これまで訓練してきたことを忘れずに対処していきましょう!」
僕は最前線から魔力膜を利用して声を乗せた。膜を伝わせることにより反響し、遠くまで声が届く。
僕の声を耳にした人たちは、鬨の声を上げた。
「この力で! 皆さんは騎士となります! この街を守りましょう!」
僕は両手を掲げ、魔力を配る。約三百人を兵士に変えるのだ。
不安がないわけではない。これは普通に暮らしていた人たちを死地に送る行為でもある。
僕がそれを作り出している。怖いけれど、やるしかない。
振り返った先にガディアスさんがいる。こくりと頷いてくれる。
言ってくれたんだ。
「兵士を作り出す責は貴殿にだけ負わせない」
そんな言葉を。
地平線を埋めるように横に連なる人影が見える。……動く死体だ。元は生きた人たちが変えられた姿。その数は以前にも増していた。
だが、先んじてまだ無事であった集落の人を集めていたので、こちらの兵数を確保した上に、あちらの兵数を減らせたこととなる。
数の上では互角程度にはなった。
「我らはあれを。イクタ殿は奥へ」
「はい」
ゆっくりと歩んでくる動く死体の前に、突如土の巨人が発生する。リターナがその場で生成を始めたのだろう。
ガディアスさんを筆頭にした、初期自警団の面々がそれらを対処する。練度が高い人たちだ。魔力も特に多く配分する。
多数の動く死体は残りの大半の人たちで対処する。
僕はそれらを突っ切って最奥のリターナのところまで駆ける。
これは結局、魔王リターナを倒さなければ終わらない戦いだからだ。
対処できるのは僕しかいない。
「行くぞ!!」
僕は全身に魔力を巡らせて駆けた。
滑るように進行線上の土の巨人を崩す。これは後続のために少し対処しておく。
そして動く死体の肉壁を越える。魔力壁の階段を登り、上を走った。ここはもう相手にする段階ではない。
……怖いはずなのに。
動く死体となった母さんに首を絞められて死ぬ夢を何度も見た。昨日も今日も見た。きっと明日も見る。
全てを失った。それから力を得た。
でも、魔物と遭遇したばかりの頃は何もできなかった。相手が腹を満たして満足するまで食われ続けるしかなかった。
痛かった。
痛いはずなんだ。
だけど、僕は怖くない。痛くもない。
僕はそんな僕を生成した。
だから僕は魔王とだって戦える。
奇跡の救世主様なんだから。




