(14)闇市
元々この拠点は、市の近場にある集落だった。規模や流通の面でここを拠点としたのである。だから、市へ行こうと思えばすぐ行けるのだ。でも僕は行っていなかった。なにせ、自分で何でも生成できるからだ。
「これが、市……」
「初めてか?」
セドラさんに連れられて来た。そう問われ、初めて来たことに気付いた。
「そもそも村から出たことがなかったです……」
「おぅ、ガチの田舎もんだ」
「はは」
そんなふうに茶化されてしまう。思わず笑ってしまった。
こんなこともなければ、僕は一生村の外へ出ることもなかったのかもしれない。それは果たして良かったのかどうか。
「ここは闇市なんです?」
「いいや、まだだ」
「へぇ……?」
セドラさんは闇市に連れていってやると言っていたが、ここはまだ闇市ではないらしい。
見渡すと、食料、日用品、雑貨、衣料品などが並んでいる。地べたに敷物を敷いただけだったり、荷車そのままだったり、木造りの屋根がある台だったり、形は様々だ。
「わ……わぁ……」
「おぉ、いい反応だねえ」
魔王に住処を潰されても、こうして人々の生活を支えるものが出回っている。これを用意し、必要とする人々がまだいるということだ。僕はそれが嬉しくなり、ほっとした。
「まだ、人が……いるんだ。これだけのものがあるということは」
「そうだな」
セドラさんの目が優しかった。
「……ん? あれ?」
「どうした?」
「何か、見たことある……」
「アッ、ハハ」
先日生成したチーズと同じものが並んでいた。セドラさんが手で刻印を入れていたのを見ていたので、それと一致する。
「セドラ印のチーズだぞ。最近巷で評判の」
「いや、それ、僕が……」
「クックック」
セドラさんはいたずらをしたような顔で笑った。これはセドラさんへの手間代として出しているものなので、咎めるものではない。だけど、セドラさんの品として我が物顔で卸されているのを見ると、何とも言えない気になる。
でも、嫌ではない。なんか、面白い。
「もっといっぱい持っていったと思いますが、思ったより並んでませんね」
「そりゃそうよ。いっぺんに出したら価値が下がる」
「そういうもんなんですね」
「まあ、チーズはナマモノだからあまり溜めとけないけどな」
そう言い、セドラさんは片手に抱えてきた袋を振る。
「今日はこれ置いてくぜ」
「あっ、それ」
「これはマジでいい」
「香辛料……」
「そうだ。保存がきく上にいい値がつく。軽くて持ち運びもしやすい」
「なるほど」
「おまえさんがこれ覚えて出せるようになってよかった。ボロいぜこれは」
「それはよかったです」
上機嫌な様子で軽やかな足取りとなったセドラさんは、少し奥へ行ったところで交渉を始めた。店の人とは顔見知りのようだ。店の人は袋の中身を見て、驚きを見せていた。
「いやあ、ありゃあいい品だって言ってたぜ」
「なんか、盛り上がってましたね」
「フフン、そうだ。今までになく儲かった。イクタ君、君は俺の救世主だ」
「はは」
なんか、ちょっと悪いことをしたような気がする。元手がかからないのに、そんな風にお金を稼いでいいのだろうかと思った。でも、友達と一緒に落とし穴を掘った時のような楽しさがあった。
「これも、出し過ぎたらよくないんですよね?」
「おぉ、わかってきたな。そうさ。これは特にそうだ。扱いやすいからついいっぱい出しそうになるけどな」
そう話しながら歩いていくと、ちょっと雰囲気が変わっていく。
「よっ、セドラ」
「おーっす」
セドラさんが顔見知りっぽい人に話しかけられる。髭もじゃでゆらゆらと揺れながら立っている男の人だ。お店の人だと思うが、置いてあるものがよく分からない。干からびた葉っぱみたいなものとか、何かの尻尾みたいなものがある。
「相変わらずやべーもんあるな」
「どうだ?」
「うーん、今はもっとおいしいモン扱ってるからまたな」
「了解」
何か、匂いまで変わってきた気がする。ツンとしたような、何かが混ざったような匂いがしてきた。
「なんか、雰囲気が変わってきましたけど」
「おう、だいたいここらから闇市だ」
「ええ、闇市って闇市という看板はないんですね」
「出すわけねえだろ」
そう突っ込まれて、僕は笑ってしまった。『闇市』という看板が出ていたら確かに闇っぽくないと思った。
「ぼ、僕が見てもいいんでしょうか」
「クク、イクタ君はオトナだから大丈夫だ」
通りを歩いている人たちも変わってきた気がする。普通の市には親子連れや買い出しに来たっぽい女の人が一人でいたりしたが、ここまで来ると、人相が怪しげな男の人ばかりになってきた。その男の人の腕に絡む女の人もいた。綺麗な女の人だ。
「アレはおまえにはまだ早いぞ」
「え!? 何がです?」
「まー、いろいろ」
ひゅう、と口笛を吹きセドラさんはすたすたと歩いていく。僕は小走りで追いかける。
そして、露店の最奥といえるところまで来た。すっぽりと資材と資材の間に収まり、布を掛けて垂らしていた。そこに店主のお爺さんがあぐらをかいて座っている。お爺さんの背後にも布が垂らされていた。その布は教会で見かける意匠が織られていた。
そこだけ、聖堂のように見えた。
「ん? 気になるか?」
セドラさんにそう声を掛けられる。僕は無意識にそこへ引き寄せられていた。
「こいつは、聖女リタの時代のものだ」
「また始まった。爺さんの品は全部何百年前の聖女様由来だな」
そこに並んでいたのは、古い聖具や古文書のようなものなどだ。
「聖女……、リタ?」
その名前が僕の中で鈴のように鳴った。頭の奥まで響くような——
「あ~、知らんのか?」
「はい」
「あれよ、大昔の救世主様」
「え?」
セドラさんが端的にそう説明してくれた。
「英雄譚で聞いたことはないです」
「うーん、物語として伝説化しておまえんとこみたいな田舎まで伝わるのはまだ先か」
「え? 英雄譚って本当にあったことなんですか?」
「どうなんだかな」
村で伝え聞いてきた英雄譚は物語として聞いていた。実際にあったことなのかすら考えたことはなかった。考えてみたら、実際にあったことの可能性もあるのか、となった。
「ひょひょ……坊主、リタ様の伝説を知らんのか」
「はい」
お爺さんが聖女リタの伝説を話してくれるらしい。僕は気になった。
「いい、いらん、またな!」
「えっ!?」
セドラさんに遮られ、手を引かれ店を後にした。
「なんで!?」
「長げぇんだよあの爺さん、話が!」
「でも気になります、聖女リタの伝説」
「あーー、魔王の脅威から皆を守った、以上!」
「それだけ!?」
「そうだ、それだけの話を二時間くらいする」
「ええっ!?」
気にはなるが、さすがにそれは長いと思った。
そうして久々に笑った。楽しいと思った一日を過ごした。
今日は訓練も生成もしていない。
夕食の場には顔を出した。
でも、眠るのが怖かった。あの日からいつも、ずっと悪夢を見てきたからだ。
それでも目を閉じ、眠りに落ちた。
——悪夢は見なかった。
そのことから僕はあることに気付いた。




