第4話 五人のお茶会(ティーパーティー)と論理の迷宮
【1888 Memorial Cafe & Antique】の店主のドーラさんは、エリスさんが顔なじみであることから、とても快く地下金庫を開く鍵を手渡してくれました。
やっぱり、普段の行いは大切なんだなぁと、僕はエリスさんをますます信用できる存在として認識しました。
「他でもないエリスちゃんの頼みだから、特別に貸してあげるけど…いつものようにタダじゃないからね」
「わかっています!だから、ドーラさん大好きなの」
エリスさんは、店主のドーラさんに軽く抱きつくと、ドーラさんの頬に優しいキスをしました。
「ただし、あたしゃあ忙しいからね。エリスちゃんのことは信用してるけど、アンを連れていくっていうなら監視役として使用人のワレラを連れていっておくれ…地下金庫の整理整頓は、あいつに任せてあるから、たいがいのものはすぐに引っ張りだしてくれるよ」
アンさんは、あまりドーラさんには信用されていないようです。
「私ってそんなに信用ないかしら?」
エリスさんと同じようにアンさんも、このお店の常連だと聞いていたので、信用されていないことを、ちょっと意外に思いましたが、確かに、アンティークショップの地下金庫と言えば、お宝鑑定すれば、小さな惑星の統治権くらいは購入できるくらいの高値が付く宝の山…というイメージしか持っていないので、関係者以外を勝手に入れさせるわけにはいかない…というのは納得の措置だということはわかります。
「見つけたいのは、金のりんごなの…」
エリスさんがストレートに打ち明けました。
「金の…?りんごかい?そんなものは見たことないけど…まぁ、とにかく行っておいで…お~い、ワレラ~お嬢さんたちを、地下金庫に案内してやってくれるかい」
「いいっすよ~」
ワレラさんの返事が奥から聞こえました。
「アン…くれぐれも、前みたいに古典書物の初版本を勝手に持ち出さないでおくれよ」
「わかってます…もう昔の話をいつまでも言わないでほしいわ…」
「1回や2回じゃなかったろう…ほんとに、油断も隙もないんだから」
「どうする?とりあえず、全員で行く?」
アンさんは、店内に集合しているみんなの顔を確認します。
「エリスと私はもちろん行くとして…セーラとブルーとイエローも行くよね…ラピスとカーネルは出番があるかもしれないから、私が一応連れていける…あとは、マルちゃんはどうする?行ってみたい?」
「はい…行きます…役に立つかはわからないけど」
「そうね…いち早くここにあることを察知して乗り込んできてるんだから、マルちゃんが金庫に入れば、あっちのほうから寄ってくるかもね」
「僕は、ゴキブリホイホイじゃないんですけどぉ」
「イケメンの人馬族とか、金髪美少女のカリスマダンサーとか、めちゃくちゃ引き寄せてるわけだから…マルちゃんのフェロモンはきっと半端ないと思うわ」
「猫族が弄られキャラなだけですよ…きっと」
出迎えてくれたワレラさんは…筋肉お化けでした。幽霊のようです…足がありません…びっくりしました。
「筋肉幽霊も引き寄せました…素晴らしいわ」
「おいらは単にドローンタイプのドロイドっす…金庫には、重いものもあるし…高い場所に置いてあるものを取るために脚立を使うのも面倒っしょ…昔の偉い人が言ってたじゃないでっすか…足は飾りだって」
「略したら…ドロドロね」
「いやいや、そっち略さないで、ワレラって呼んでほしいっす」
地下金庫というから、とっても薄暗い場所を想像してましたが、ワレラさんが案内してくれた地下金庫は、とっても明るくて、勝手にイメージしていた…
あちこちの埃をはらい除けながら、1個1個段ボール箱を開封していく…
そういう必要はなさそうでした。
「検索パネルは、これっす」
図書館に置かれている蔵書検索のシステムのようなモニター画面が設置されたコントロールルームに通されました。
「とりあえず…『りんご』っと…ヒットしないっすね…まぁ、りんごとか、この中に置いといたらすぐ腐っちまいますからね」
「じゃ…『金』はどう?」
「ほい…『金』…は、めっちゃあるっす。6,874ヒットっす。条件絞りましょ」
「カーネル…あなたのアイテムでしょ…何か感じる気配とかはないの?」
「う~ん、全然反応ないです…」
一番頼りになるはずのカーネルさんは、全く役に立たないようでした。
「それ、イエローにやらせてもいいかな?」
「いいっすよ」
ワレラさんとイエローさんが入れ替わって、イエローさんが検索パネルを超高速で操作します。猫の目で追うことが不可能なくらいです。
ちなみに、イエローさんは、ブルーさんからちょっと遅れて、セーラさんの乗る馬車に到着したらしいのです。
「とりあえず…怪しいと思えるものを5つに絞りました…特に怪しいと思えるのが、このジュエルボックスですね」
検索結果のアイキャッチ画像では、収蔵されているアイテムの外観が確認できるだけなので、まずは、その画像の詳細を確認してみました。
このジュエルボックスについては、中身の画像が掲載されていません。
「これ…開けてみたいんだけど」
その時…セーラさんのスマホに通知が届きました。
「ホワイトが遺跡エリア88に着いたみたいね…リアルタイム映像が添付されてる…」
セーラさんが、その場のみんなにも見えるように、自分のスマホの映像を見せてくれました。
ホワイトは「水瓶座星の遺跡エリア88」の入り口に着きました。
そして、予定通りにリアルタイム映像の配信を開始します。
「セーラ様、ご覧になれますか?」
(ずいぶん、遠いとこまで行ってくれたのね…ありがとう)
この遺跡のネーミング【遺跡エリア88】というのは単に88番目の遺跡という意味ではなく、G.E.(銀河暦)1888年に魚座星が大陸を失った年を意味する「88」が付けられました。
多くの科学者により予言されたG.E.1888年の魚座全大陸沈没の災禍は、周辺の銀河系の星々へ、32億人という住民を脱出させる必要があったのです。
銀河中が参加した【魚座住民大脱出プロジェクト】では、まず、当時無人の惑星として新発見された現在の牡羊座星に全住人が移住する計画が進められていたのですが、
【すべての住民が同じ星にそのまま移動したら、同じような災禍を繰り返す危険性がある】
と主張する一部の行政官たちの意見を尊重して、およそ3分の1の10億人だけが無人の牡羊座星に移住し、他の22億人は超機動要塞による移動手段を使用し、牡羊座星以外の他の惑星に分散移住する計画に修正されました。
水瓶座星も、このG.E.1888年に魚座星の難民1億人を、「遺跡エリア88」という僻地に受け入れました。
水瓶座星への移住だけでも、500万人収容可能な超機動移動要塞隻2隻を使って、10往復をするという古今未曽有の大プロジェクトでした。
この時使用された超機動移動要塞のほとんどは、改良・改修を重ねながら、魚座星の深海都市として今も機能しています。
既に海に沈んだ魚座星ですから、大陸沈没の災禍が繰り返される可能性は低いのですが、海底火山爆発などで、水中都市が機能不全になるようなケースでは、この超機動要塞が、収容された住民ごと宇宙に飛び出すシークエンスとなっています。
ホワイトが足を踏み入れたのは、この、以前1億人という規模の移住者が生活していたエリアでした。
もともとは、何もない土地への移住であったために、当初は【ピスケス・シティ】という移住者だけの都市の建設を試みたのですが、
水瓶座星の環境に慣れた魚座星の移住者たちの多くは、新しく都市を創ることよりも、既に繫栄している大都市へと住居を移していきました。
そして、移住第1世代から第2世代に移る頃には、既にピスケス・シティは無人の廃墟として、【遺跡エリア88】と呼ばれることになってしまったのです。
(既に廃墟荒らしによって、ダイヤモンドなどの目ぼしいものは、全部回収されてるはずだから、ここの目立つ場所にダイヤモンドがあるとは考えにくいけど)
ホワイトは、思考した内容をあえて口にはせず、エネルギー反応があった場所を目指して進んで行きます。
(せめて移住に使用した要塞が元の星に帰ることなく、ここで都市の中心地となっていれば、このような廃墟にはならなかったと思うけど)
1時間半の探索時間を要求したホワイトでしたが、その1時間半のうちの35分は既に経過していました。
(ここまでは予定通り。あと…10分で到着できる)
ホワイトさんの配信するリアルタイム映像を見つつ、イエローさんが見つけ出したジュエルボックスの置かれた倉庫区画に移動した僕たちは、ようやく、金のりんごと対面できたのです。
厳重なデジタルロックシステムを突破したイエローさんは、解錠されたジュエルボックスを静かに開けて、中に大切そうにしまってあったホログラムではない「黄金のりんご」を取り出して、アンさんに手渡しました。
アンさんは、それがりんごの形をした黄金の調度品であることを確認すると、台座に【1888】という4つの数字が刻まれていることもしっかりと確認することができました。
その刻まれた【1888】の数字にアンさんが手を触れた瞬間です。
「うぉぉぉ・・・・・・」
「感じる…」
ラピスとカーネルが悲鳴に近い声をあげました。
(透明なダイヤモンド…見つけました!!)
そして、ほぼ同時にリアルタイム映像を配信してくれていたホワイトさんの声が、セーラさんのスマホから発されたのです。
「素敵!!見せて」
セーラさんの指示に従って、ホワイトさんが、目の前の映像をズーミングしていきます。
かすかな光だったそれは、ズーミングされるに従い、光り輝く宝石の姿であることが、僕にもはっきりとわかったのです。
(近寄ってみます)
ホワイトさんがそう言って、光に向かって前進したように見えたのですが、光との距離は縮まりません。
(逃げる…)
そう…その透明なダイヤモンドの光が移動したことは僕の目にも明らかでした。
(光が移動します…捕らえることができません…)
「やっぱり、マルちゃんフェロモンがないと、この宝石たちは近寄ってくれないってことね…」
セーラさんが大きなため息を吐きました。
「紅瑪瑙と同じで、デジタルデバイスではない生身の人間が回収に行かないと取ってこれないのかもしれないわね」
(はい、セーラ様、その可能性は極めて高いです…私にはこの場所を特定することまでしかできないようです。役に立たずに申し訳ありません)
「そんなことないわ、上出来よ。とにかく、あなたも、こっちに一回いらっしゃい…あなたが捕獲できないってことは、きっと他の誰も、その光に手出しすることはできないはずだから…
それに確か…レッドもそれらしいことを言っていたわ。5人でティーパーティでもしながら、今後の作戦を練りましょう」
(了解です…一旦、ターミナルサーバまで移動します)
「セーラが言うように、ダイヤモンドの居場所がわかったのは上出来でしょ…探しに行った場所になかったかもしれないんだし…」
「そうね…ホワイトは、この短時間でよくやってくれたわ」
「そうそう…よくやってくれたと私も思うわ…
ところで…ワレラさん…お願いがあるの…なんでも言うこと聞くから…あの…これ…ください!!」
アンが、そう言いながら胸に抱えた本のタイトルは【Sara Crewe: or, What Happened at Miss Minchin's】でした。
「それは無理っすよ~ドーラに叱られっちまいます」
「ドーラにお願いすればいいのね!」
「まぁ、おいらは、アンさんが泥棒まがいの異常行動をしないようにってって、ドーラにきつく言われてるんで…欲しい本があれば、直接交渉してほしいっす」
「わかったわ!すぐに頼んできます」
そう言って、アンさんは、一目散に、地下倉庫から出て行ってしまいました。
「しょうがないわね…私たちも戻りましょう…どうやら、アンにとっては1冊の古本のほうが、こっちの純金の調度品より大切らしいわ」
イエローさんが苦労して解錠して、見つけ出した【黄金のりんご】は、本来の持ち主であるはずのアンさんの手から手放されて、ジュエルボックスの横に放置されてしまっていました。
【黄金のりんご】は、アンさんの代わりに僕が持つことになりました。みんな、透明なダイヤモンドがホワイトさんから逃げるのを見てるので、僕が持っていれば逃げられることはないよと言うのです。
そんなオカルトあり得ないのに…まぁ、それでも、こんな僕でもみんなの役に立つなら、この高価そうな宝物を持つくらいなんでもありません。
お店のフロアに戻ると、アンさんとドーラさんが口論をしていました。
「だから、言ってあるだろう…あたしの店で一回でも泥棒をした奴には、何一つ売らないって決めてるって」
「だから…なんで、1回や2回の過ちで人を評価するんですか?ジャン・バルジャンだって、泥棒だったけど、ちゃんと真人間になっているじゃないですか…今の私は、もう何一つ悪いことなんかしてないのよ…それなのに11歳の時のことをいまだに根に持って、こんなにお願いしてるのに、『売れないねぇ』の一点張りって、とってもひどいことだとは思わないの?それが、私よりも何倍も生きてきた人間がする仕打ちなの?」
「それが、人にものを頼む態度かい?あたしゃ、泥棒も嫌いだけど、礼儀知らずはもっと嫌いだからね…」
「ひどいわ…ひどいわ…私のどこが礼儀知らずだっていうんですか?」
「頭の先から足のつま先までだよ。ちったぁ、エリスちゃんを見習ったらどうなんだい…エリスちゃんの足の爪の垢でも煎じて飲めば、ちっとは礼儀が身につくんじゃないか…農場に戻ったらやってみるといいよ…」
「あの…お取込み中、お願いがあるんですが…」
僕はドーラさんに、ジュエルボックスを手渡しました。
「探し物…見つかりました…それであの…」
「いいよ、持っていきな…ただし条件がある…そいつは、あたしじゃ開けられなかった宝石箱だ…中に何が入っているかもわからなかったものだ…
うちには、そういう鍵を無くした宝箱が、まだ他にもたくさんある…そいつたちを、もし、あんたたちがこれからも開けてくれるっていうなら、そいつだけは、ただであんたにあげるよ」
「ええええええ…ほんとにいいんですか?」
「ほんとに…マルちゃんフェロモンやばすぎる…」
「うんうん…」
後ろのほうで、セーラさんとブルーさんが、そんなやり取りをしているのが聞こえました。
結局、アンさんが見つけた古本を、アンさんは、ドーラさんから買うことはできませんでした。
でも、アンさんが馬車に乗り込んだ後で、ドーラさんが僕を呼び止めて言ってくれたのです。
「明日はアンの誕生日だろ…アンには売れないけど…あんたからのプレゼントだってことにしてあげてくれるかい?」
そう言って、ドーラさんは、さっきの古本を僕にそっと渡してくれました。
【1888 Memorial Cafe & Antique】からアンさんの農場へ馬車で移動している時に、水瓶座星の遺跡調査を終えたホワイトさんが合流しました。
「とりあえず…約束の時間ぴったりね…1時間半ジャスト…たいしたものだわ…ホワイトの仕事は正確過ぎ…」
「できれば入手したかったのですが…」
「ううん…結局、あの透明のダイヤモンドは、私かジョオのどちらか…あるいは、他の違う誰かが直接取りにいかないといけないようだし…まずは、私が取りに行ってみるつもり…しばらく、マルちゃんを一人っきりにさせてしまうけど…水瓶座は私の星だし…仕事も溜まってるし…ねぇ、マルちゃんは、私がいなくても旅を続けられそう?」
「セーラさんは…これから水瓶座に戻るんですか?」
「とりあえず、明日のアンの誕生日が終わったら、帰ってみるわ…私が帰るまで、マルちゃんはここにいてくれてもいいし…先に、牡牛座に行ってもいいし…」
「あの…セーラ様…マルコ様は…私の卒業式まで、ここにいてくれるって言ってくれました。もしも、セーラ様が水瓶座にお戻りになるのでしたら、また、この牡羊座にもう一度来ていただけますか?」
エリスさんが、意を決したようにセーラにそう伝えました。
「そうね…考えてみるわ…まだ、満開の桜を見てないし…」
「私の卒業式には、きっと、ここの桜は見ごろになってるはずです…それまで、マルコ様と一緒にいてもいいですか?」
「私は、水瓶座にマルちゃんを連れて行くつもりはないから、この後のことは二人で決めてくれていいわよ…溜まってる仕事を片付けてからになるけど…戻れたら戻りますよ。
ダイヤモンドをここに持って帰って、アンと一緒にお祈りをすれば、石の封印が解かれてアイテムの位置がわかる…みたいだから」
「ぜひ、戻ってきてください…」
「うん…でもね…マルちゃんを独占したくて私を追い出したいのはわかるけど、まだ、明日まではいますからね…あんまり邪魔者扱いはしないでね。可愛いエリスちゃん…」
そして、農場に帰ってきたセーラと4人のAIアシスタントチームは、レッドに与えられた研究室でティーパーティを始めました。
「とりあえず、レッドはお疲れさまでした…ここまでは順調ね」
セーラは、まずレッドを労いました。
「はい…セーラ様、とりあえず想定外の事態は起きていません」
「みんなにこうやって集まってもらったけど…明日のアンのバースデーパーティーの後、明後日には、たぶん、ここを発ちます」
「透明のダイヤモンド…絶対、ゲットしましょう」
そして、今日、透明のダイヤモンドを視認しながら、手に入れることができなかったホワイトが、もう一度決意を新たにしました。
「でもね…あのエリアに足を踏み入れるのは、とっても怖いの」
セーラは下を向いてしまう。
「1億人の移住者すべてが見放したエリアですからね」
「昔…一度だけ行ったことがあって、その時、とてもとても怖い思いをしたから」
「セーラ様を、4人で絶対守り抜きますよ…安心してください」
ブルーが4人の代表となってセーラを励ましました。
「頼りにしています…アンから、デジタルデバイスの製造を依頼されちゃったから、水瓶座に帰ったら、さっそく作りましょう」
「そんな約束までなさったのですか?」
「まぁね…デジタルデバイスを作って調整するの大好きだし…ここにいても、なんかお邪魔虫扱いだし…ぼっち配信者はぼっちに戻ります」
「私たちがいるから…一人にはさせませんよ」
「うん…そうだね…ひとりにさせない…ひとりにならない…だもんね…ありがと…みんな大好き」
「では、本題に入りましょう…5人揃ったところで、コードの解読を始めます。といっても、まぁ肩の力を抜いて、リラックスして聴いてください。
これが、『時のアーカイブ』というキーワードから予測できる可能性の全てになります…
そこに、今までの情報をインプットした結果が…このような時系列と位置情報になります…
今、一番の不確定要素は、やはり、これから乗り込む【遺跡エリア88】です…実在することが確認できた透明なダイヤモンドを、確実に回収する方法を見つけ出すこと…
そして、まず、ブルーに調べてほしいことは…」
その夜は、レッドがこれまでにまとめた【時のアーカイブ】についての膨大な資料が5人に共有され、それぞれが担当する今後の行動シミュレーションをベースとしたタスクの説明がレッドにより続けられたのです。
深夜の24時が過ぎた瞬間…アンのSNSのアカウントに、たくさんの誕生日を祝うメッセージが届きました。
一通一通のメッセージに目を通しながら、そのメッセージに返信をし終えると、アンは深い眠りにつきました。
3月5日…目が覚めたアンが寝室から出て朝食のリビングに姿を現すと、農場の全員…2人の母、そしてエリスとノンノを含む12人の子供たち、客人待遇のケンタロウとシンタロウの2人、そして、特別ゲストのセーラとマルコの2人と、セーラのアシスタントの4人が祝福の「お誕生日おめでとう」の言葉を合唱しました。
さらに、リビングに特別に設置された、ASPSシステムによりオンラインで繋がったたくさんの友人たちの顔(アバターで参加の友人も多数でしたが)に囲まれたのでした。
「こんな朝から…みんな忙しいのに…ありがとう」
紙吹雪とクラッカーの音が賑やかに響き渡り、農場のダイニングは一瞬にして祝福の光に包まれました。
ASPSのホログラムウィンドウには、銀河各地から接続された友人たちの笑顔がズラリと並んでいます。画面の向こうでは、魚座のラスカルが「アン、ハッピーバースデー! 今度歌の特訓付き合ってあげるからねー!」と手を振っていました。
「みんな……本当にありがとう! こんなにたくさんの人にお祝いしてもらえるなんて、私、世界一……いいえ、十二星座銀河一の幸せものだわ!」
瞳を潤ませながらお礼を言うアンの前に、山のように積み上げられたプレゼントの箱が運ばれてきます。
12人の子どもたち手作りの花冠、ケンタロウさんとシンタロウさんが持ってきた採れたての巨大なリンゴ、エリスさんが贈った美しい刺繍入りのブックカバー……。
そして、僕がそっと差し出したのは——あのカフェ『1888』で、ドーラさんから託された一冊の古本でした。
「アンさん……これ、ドーラさんから。本当は僕から渡してほしいって言われたんです」
「え……? 『Sara Crewe』……!?」
本を受け取ったアンは、目を見開いて息を飲破しました。ページの表紙を撫でる彼女の手が、かすかに震えています。
「ドーラさん……『アンには売らないけど、お友達からのプレゼントなら』って。本当は、アンさんのことすごく大切に思ってるんだと思います」
「……あのおばあちゃんたら……! 意地悪なんだから……っ!」
アンはポロポロと涙をこぼしながら、その本を愛おしそうに胸に抱きしめました。
「ありがとう、マルちゃん。私……この本、一生の宝物にするわ!」
感動のプレゼント贈呈が落ち着いた頃、セーラさんがそっと僕の隣に寄り添い、テーブルの上に置かれた【黄金のリンゴ】と、アンがもらったプレゼントの山を交互に見つめました。
「……ねえ、アン。その本と、黄金のリンゴ……何か『違和感』がないかしら?」
「え……? 違和感?」
涙を拭いたアンが首を傾げます。
セーラさんは自分のスマホを操作し、昨夜レッドたちが解析していた『時のアーカイブ』のデータホログラムを空間に展開しました。そこには、水瓶座、牡羊座、そしてまだ見ぬ「双子座」へと続く複雑な幾何学コードが浮かんでいます。
「レッドたちの論理モデルでは、次に目指すべき『双子座駅』への座標コードが、どうしても解読率78%で止まってしまうの。欠けているのは……数式でもデジタルキーでもない、もっと『人間的な概念』なのよ」
「人間的な概念……?」
アンは腕を組み、うーんと唸りました。そして、自分が手にした『Sara Crewe』の表紙に刻まれた発刊年と、黄金のリンゴの台座に刻まれた【1888】の数字をじっと見比べました。
「……待って。1888年……魚座の大陸沈没、牡羊座への入植……そして、この物語が書かれた時代……。セーラ、この【1888】って、単なる『西暦』や『歴史の記録』じゃないんじゃないかしら?」
「えっ……? どういうこと、アン?」
アンの瞳に、あの大好きな「空想家」の強い輝きが宿りました。
「1888年という時代はね、人々が故郷を失い、新しい星へ向かって『想像力』だけを頼りに旅立った年なの。つまり、この【1888】というコードは……『過去の記憶』ではなく、『未来を夢見る詩』として入力しなきゃダメなのよ!」
その言葉に、息を飲んだのはセーラのアシスタントAIたちでした。
『——思考ロジックの変換を開始』
実体化していたレッドのゴーグルが激しく点滅し、ブルーとイエローが驚愕の声をあげます。
「凄いです、アン様! データの属性を『数値』から『言語的メタファー(詩的構造)』へ変換したところ……プロテクトが次々と解除されていきます!」
「嘘でしょう!? ホワイトが持ち帰れなかった『透明なダイヤモンド』の波動データと、アンさんの発言が完璧にリンクしたわ!」
ホログラムの幾何学模様が、まるで満開の桜が散るように鮮やかに弾け、一つの新しい美しい立体路線図へと再構築されていきました。
そこに浮かび上がったのは——眩い光を放つ【双子座ルート】の軌道でした。
「解読率……100%達成……!」
レッドが静かに、けれど誇らしげに告げました。
「やったわ……! やったわね、アン! あなたの『想像力』が、AIの論理の迷宮を打ち破ったのよ!」
セーラさんが歓声をあげ、アンの手を固く握りしめました。
「ふふん! どうかしら? 詩の暗誦なら任せてって言ったでしょう?」
アンは得意げに胸を張り、眩しい笑顔を弾けさせました。
賑やかなお誕生会が夕暮れとともに落ち着き、客たちが一人、また一人と帰路につく頃。
農場のテラスで、夕日に染まる桜の蕾を眺めていた僕の隣に、セーラさんが歩み寄ってきました。
「マルちゃん。私……明日、一度水瓶座に戻るわ」
「……はい。ホワイトさんたちが言ってくれた通り、ダイヤモンドを手に入れるためですね」
「ええ。怖くないと言ったら嘘になるけれど……今回、アンやマルちゃん、そしてレッドたちと一緒にいて分かったの。一人じゃ解けない謎も、みんなとなら乗り越えられるって」
セーラさんは優しく微笑むと、僕の肩にそっと手を置きました。
「エリスちゃんのこと……聞いてるわよ。卒業式まで、マルちゃんがここに残ってあげるんでしょう?」
「……はい。僕にどこまでできるか分からないですけど……エリスさんの『新しい旅立ち』を、見届けたいんです」
「ふふ、さすが私の選んだパートナーね。優しくて、とってもかっこいいわ」
セーラさんは悪戯っぽくウィンクすると、静かな声で続けました。
「水瓶座で用事を済ませたら、満開の桜が散る前に……必ずここへ戻ってくるわ。だからマルちゃん、その時まで……牡羊座での『あなたの物語』を、しっかり紡いでおいてね」
「はい! 約束します、セーラさん!」
茜色に染まる白羊の空の下で、僕たちの旅はひとつの大きな節目を迎えようとしていました。
セーラさんの水瓶座への一時の帰還、エリスさんの卒業と旅立ちの決意、そして解き明かされた「双子座」への道標——。
新しい風が、僕たちの背中を優しく押し始めていました。




