第2話 空想する赤毛の学者
僕たちは、アンさんが乗ってきた二頭立ての馬車に乗り込みました。
到着した時に気づいていましたが、この二頭立ての馬を引くのは、ケンタウロス族のお二人なのです。
その幻想的な姿に感動しまくった僕は、いよいよ馬車に乗り込むぞという時に、カボチャ型の天蓋の付いた馬車の居住スペースではなく、
馬車を引くケンタウロス族の一人の背中に乗ってしまったのでした。
「マルコくんはお客さんなんだからさ、ちゃんと後ろに乗ってくれねぇと…
ここだと超スピードに耐え切れなくて飛ばされっちまうぜ」
僕がうっかり乗ってしまった、黒い短髪で太い眉毛と鋭い眼光が特徴のケンタウロス族の彼が、大きな声で僕に注意の言葉をかけてくれました。
「ごめんなさい…あんまりにも素敵な背中なので…つい…」
「俺っちも女の子は大好きだから、こうやってスキンシップを楽しむのは嫌いじゃないよ…ただ、アンが急いでるっぽいからなぁ…な、アン」
「そうそう、ラウンジでいっぱいいっぱい話しちゃったから、ちょっと急いで家に帰らなくてはいけなくなっちゃったのよ。
もう私ったら時間も忘れて夢中になってマルちゃんの冒険譚を聞かせてもらって、すっかりマルちゃんのファンになってしまったの。
わかるわよねケンタロウ…たとえ、マルちゃんの話す冒険譚の3パーセントしか真実ではないとしても…いえ、3パーセントしか真実でないってことは、97パーセントが想像の物語りってことになるのよ…こんなに想像力のたくましい女の子に、私は私以外に今まで会ったことがなかったの。
こんなに小さいのに、子猫ちゃんなのに…遠い遠い別の銀河から3年もかけて、私たちの銀河まで来てくれたんだもん。
その3年の旅の中でマルちゃんが遭遇…いえ想像した事件や事故の話を聞いただけで、わくわくどきしちゃって、もうどうしようもないということなのよ…
ねぇ、ケンタロウ、想像してみて…こんな小さな子猫ちゃんが、ペガスス座の野蛮人たちの魔の手を潜り抜けて、そしてそして、12星座銀河の超絶排他的ポリスマン軍団の超厳重な検問を突破してスパイ活動をするために、やってきたのよ…ああ、なんて素敵な物語なの…」
「あの…急いでるなら、もう出発したいんだけどさ…それに…初めに聞いた話だとそんな危険な旅じゃなかったよな…ええと…マルコくん…」
アンさんがケンタロウと呼んだ、その太眉のケンタウロス族の彼は、いっこうに止まりそうにないアンさんの言葉の腰をいきなり折ってしまいました。
「そうそう、めっちゃ急いでるの…ケンタロウとこんな無駄話してる暇なんかないのよ」
「無駄話…って自覚はあるんだな」
「いえいえ、違うわ…マルちゃんにちゃんとケンタロウとシンタロウの紹介をしたいと思っていたから、ついうっかり無駄話…って口を滑らせてしまったけど、今までの話に全然無駄なことなんてないのよ…それは、マルちゃんには、わかってほしいの」
「わかったよ…で、いつ俺たちのことを、この子猫ちゃんに紹介してくれるんだい?」
「そうそう…それよそれ…ええと、今、マルちゃんがバックハグしてるケンタウロス族の彼の名前は、ケンタロウ…ケンタウロス族のケンタロウだから、覚え易いでしょ。
私なんか、初めて自己紹介された時に秒で覚えちゃったくらいだもん…」
「今でも、たまにケンシロウとか言い間違えられるけどな…」
「それはしょうがないじゃない…脳筋のくせに、脳だけじゃなくて…見てのとおり全身が鋼の筋肉なんですもの…
マルちゃんだってきっと『ケンシロウ!!』って呼びたくなっちゃうはずよ」
「あの…ケンタロウ…さんが正解ですよね?」
見事にビルドアップされた上半身を持つケンタロウさんなのですが、ウエストのくびれがまた凄くて、僕の短い両手をウエストに回してギュッとすると、
ケンタロウさんの岩のように固くて、さらに太い紐で縛り上げられたハムのように見事に割れた彼の逞しい腹筋にまで手が届いてしまうのです。
以前ふざけてセーラさんにバックハグした時と同じくらいのウエストのサイズ感なのです。
いえ、セーラさんのお腹が引き締まっていないとかじゃなくて、ケンタロウさんのお腹が細過ぎるのです。
「ケンタロウのウエストは59センチだから抱き心地は最高でしょ…バストサイズも確かめるといいわよ…ウエストが59センチなのにバストは150センチのナイスボディなんだから…
え~と、ケンタロウの話ばかりしちゃうとシンタロウがひねくれちゃうから、紹介するね…こっちの見事な銀髪の彼がシンタロウ…シンちゃんって呼んであげると喜んでくれるわ」
「シンタロウさんの銀髪綺麗です…サラサラでキラキラで…はじめまして、マルコです」
「はじめまして…シンタロウです。プリンセス・マルコ」
無口そうなシンタロウさんが、そう挨拶を返してくれましたが、男性からプリンセスとか呼ばれたことは初めてだったので、僕はどぎまぎドキドキし過ぎて、それ以上言葉が出ませんでした。
(やばい…セーラさん一択のはずなのに…シンタロウさんにときめいてしまう…やばいやばい)
シンタロウさんの特徴はというと、とにかく腰までストレートに伸びきった美しい銀髪です。
ケンタロウさんは見るからに鍛え上げたボディビルダーのような筋肉おばけなのですが、
シンタロウさんは、ケンタロウさんほどの胸の厚みはないけれど、いっさいの無駄がないと思える肩と胸の筋肉は「お見事!!」としか表現できない、それはそれは美しいフォルムなのです。
「プリンセス・マルコ…僕にはハグしてくれないのですか?」
「いや…あの恐れ多くて…」
「残念です…プリンセス・マルコ」
「シンちゃん…女の子とみれば、老若男女かまわずにナンパするのはやめなさい…」
「老若男女って…さすがに…男はナンパしてないけど…
アンは僕のことを誤解しているんだよ…プリンセス・マルコ」
「そうかしら…ケンタロウと仲が良すぎるって噂を聞いてるわよ」
アンさんのその言葉に、僕は思わず、ケンタロウさんとシンタロウさんのラブラブシーンを思い描いてしまいました…
これは完全にオタク女子のサガだ…
自己弁護するわけじゃないけど、こういう想像をしてしまうのは、しょうがないと思うのです。
「うんうん、そうそう…想像したくなる気持ちはよくわかるわ…マルちゃん…でも、そろそろ本気で出発しないとまずいから…
馬車のほうに移動しましょうね」
「多少の遅れくらいなら、僕とケンなら、全然取り返せるので安心してください…シンデレラ・マルコ」
なんと、「プリンセス」から「灰かぶりのシンデレラ」に…降格となってしまいました。残念至極です。
(ハグしてあげなかったから嫌われちゃったのかな?
それとも、これも、シンタロウさんのナンパの手口なのかな?
ほんとに嫌われちゃっていたらどうしよう?
今からでもハグしたほうがいいかな?
でも、嫌われてしまったなら逆効果だし…やばいよ~この状況…シンタロウさん美し過ぎて…
)
と、しょうもないことを考えて頭の中がグルグルグルグルと堂々巡りを繰り返してしまったけれども、とりあえずの挨拶は済んだということで、アンさんに促されるままに僕は馬車に移動しました。
「ケンちゃんとシンちゃん…どっちもいい子でしょ…私も大好きよ」
先に馬車の中に移動していたセーラさんは、彼らと面識があるようでした。自称引きこもりのセーラさん…
定例の配信では、ケンタロウさんとシンタロウさんがリスナーで入室してきたことはなかったと記憶してるので、きっと、なにか別の仕事の関係で繋がりがあるのかもしれません。
「セーラさんはこの星に初めて来たんですよね…どこで、彼らと知り合ったんですか?」
と、思わず聞いてしまいました。
「マルちゃんには浮気とかしてほしくないんだけど…
あの二人…二人ともラスカルをめっちゃ推してるから、ラスカルの歌配信の時に会ったことがあるの…」
「う…う…う…浮気とか絶対しないです!でも、そういうことなんですね…」
「そうかしら?コゼットの配信を聴いてるのは、私としては完全に浮気認定なんだけどなぁ」
セーラさんは、そう言ってそっぽを向いてしまった。
「でもま、男の子に興味を持つのは悪くないわね…どっちが、よりマルちゃんのタイプなの?お姉さんにそっと教えてちょうだい…」
そして、セーラさんは、わざとらしくそっぽを向いた後ですぐに僕に顔を近づけて、小声で聞いてくるのです。
「ラスカルの配信のリスナーは大人数だから、よっぽどじゃないとリスナー同士が繋がることはないけど…
あれだけ目立つ二人だからね…セーラが色目を使うのももわからなくはないわ…マルちゃんだって、シンちゃんにメロメロなんでしょ…
もう、二人とも分かり易いすぎなんだから…」
最後に乗り込んできたアンさんが好奇心むき出しでキラキラと瞳を輝かせながら、そう言って僕の隣に座りました。。
「この牡羊座星の交通手段は、基本的に蒸気機関車と馬車での移動なの…その馬車移動も、ケンタウロス族の人たちが積極的に引き受けてくれていてとても助かってるの。
ケンタウロス族の人たちには、とっても住み易いって評判らしくて、この星は、今でも射手座星からの移住者がすごく多いのよ。
以前にセーラには言ったことあったと思うけど、もともとこの星は無人の星で…魚座星からの移住者が開拓したんだけど…
その開拓を積極的にサポートしてくれたのが、射手座星の人たち…
この広大で自然があふれる地上で駆け回ることが、ケンタウロス族の方たちはとっても嬉しいらしいの…
とにかくあの脚力だから…めちゃくちゃ速いのよ…レース仕様の電気自動車なんかじゃ追いつけないくらいなんだから」
「きっと速いだろうなって思ってました…やっぱり、そんなにですか?」
「そんなに…ですよ」
「え?もしかして…まさか?」
「そのまさかよ…彼らは、翼がないのに空を飛べるのよ。さすがマルちゃんね、想像力が私以上だわ」
そしてアンさんの家には、アンさんのその言葉通りに一瞬で着いてしまったのです。
アンさんの家で、出迎えてくれたのは、透明感のある薄い色の金髪がとても美しいエリスと名乗る少女でした。
「お待ちしていました…こちらにいる間、マルコ様のお世話をいたしますエリスと申します」
「え?僕は一人でも大丈夫ですよ…セーラさんもいるし…」
「そのセーラ様から仰せつかっています…謎解きも重要ですが、セーラ様もアン様もとても忙しい方たちなので、マルコ様のお食事やショッピングや観光のお付き合いは、私がやらせていただきます。
ケンタロウもシンタロウもお世話係をやりたがったのですが、『マルコ様は女性だから女である私が適任なんです』って言って黙らせました。
特にあのシンタロウの悔しがる表情と言ったら…くくく…
心の中で何度もガッツポーズしてしまいました」
「そうなのよ、謎解きとお仕事は私たちに任せて、マルちゃんは、桜の花が満開になるまでの間、この牡羊座星の観光地を全部見て楽しんでほしいの。
双子座のロミオとの接点以外、今のところマルちゃんの出番はなさそうだからね。
エリスは、私の大切なかけがえのない妹のような存在なの…お世話係といってもメイドさんじゃなくて、本職はダンサーだから、彼女のステージライブも必ず観に行ってほしいわ。
この前のバレンタインライブで、エリスはシェリルのバックダンサーもやっていたのよ…けっこう凄いダンサーで、私の親友の一人なんだから、とにかく大切にしてあげてね」
アンさんは、微笑みながらエリスさんについて説明をしてくれました。
「マルコ様…この家は身寄りのない子どもたち12人と、二人のお母さんで果樹園経営をしているんですよ…
ケンタロウとシンタロウも、マルコ様と同じお客様だったけど、ずっと居ついてしまってるので、家族同然と言ってもいいくらいなんです」
エリスさんは、アンさんが言わなかった事実について、いきなり僕に伝えました。
「ただ、果樹園経営と言っても基本的に人が行う仕事は農場用ドロイドが正確に仕事をしているかの監視、そして、そのドロイドたちのメンテナンスをするだけなんですよ」
「セーラは研究室に来て…さっそく3つの石の謎解きをしましょう」
僕をエリスさんに任せたアンさんは、セーラさんを促すと奥の研究室に二人で入って行ってしまいました。
「まずは、明るいうちにショッピングに行きましょうか?マルコ様は外出着だから、そのままの格好で大丈夫そうですね…お化粧直しとかも…うん、大丈夫ですね」
エリスさんは、半ば強引に僕を家の外へと連れ出してくれたのでした。
アンの研究室に移動したアンとセーラは、瑠璃と、瑪瑙の二つの石を並べた。
「マルちゃんがいると、偶然のタイミングの一致で例のロミオが出てきちゃいそうだから、しばらくは、二人で調べることにしましょう」
アンは、マルコを研究室に入れなかった理由をそうはっきりと述べた。
「マルちゃんがロミオを引き寄せてるのは確定なのね」
「うん…間違いない…マルちゃんがこの12星座銀河に来たことが、この謎のトリガーとなってる。
単純にマルちゃんの出生の秘密に関する謎が解かれるのか?
それとも、星や銀河宇宙にまで関連する謎なのか?
それは、まだはっきりしたわけじゃないけどね。
ただもう、この石を見ているだけで想像できることがたくさんあり過ぎて、ほってはおけないというのが私の正直な気持ちなのよ」
「マルちゃんが必要な場面では、もちろん、一緒にアイテム探しもしなくてはいけないだろうし、
マルちゃんによるロミオ召喚をする必要もあるかもしれない…
で、そのロミオ召喚は偶然ではなく、必然として研究成果に基づく正確で実行可能なプロジェクトとしてプランニングしなければいけないということね」
「そう…瑪瑙については、まだキーワードがわかっていないから、どうすれば、あの楽譜のようなアイテムが出てくるのか…
レッドくんのおかげで、その方法がわかったから…まずは、そこを解決しましょう」
「レッドが役に立ってよかったわ」
「やっぱり、超優秀ね。手順としては、ホログラムアイテムを現出させて、まずは、キーワードを確認する。
そして、そのホログラムの実体が、この星にあれば当然、即探しに行くし…
もしも、他の星にあるようなら、その星に行って回収しないといけなくなると思うの」
「そうね」
「じゃ、始めるね」
「瑪瑙は私の石…この研究室は、レッドくんが正確にプログラミングして、石の力を最大限引き出すことができる環境を整えてくれてあるの…
キーワードが書かれたアイテムを現出させるために必要なのは【12星座のパワーを宿した選ばれし者の2つの魂】が共鳴すること…
マルちゃんも12星座のパワーを備えてるから、この部屋に入ってしまっては、ノイズとなってしまってアイテムを出すことがかえって難しくなってしまうらしいの」
「なるほどね」
「この部屋の一部始終は、4つのカメラで常時撮影されているから…後でレッドくんに詳細の解析をお願いするつもり…
今も別室でこの部屋をモニタリングしてくれてるのよ…
じゃ、セーラも、この石に手を置いて…」
「はい…こうでいい?」
「うん…このまま、15分間、2人の12星座パワーを、この石に集中させることができれば必ず現れるはず…
『時のアーカイブ』につながるアイテムとキーワードが…」
そして15分が経過し、二人の目の前に一つのアイテムが浮かび上がった。
それは、一つの黄金色のリンゴのホログラム映像だった。
そのリンゴの表面には【1888】という数字が浮かび上がっていた。
「出た…あとは、このリンゴがある場所を特定することができれば、探しに行くことができる」
アンとセーラは、にっこりと笑い合いながら、次のフェーズとなる、アイテムが存在する場所の特定をし始めた。
第3章 第2話:空想する赤毛の学者(後半)
「——というわけで、マルコ様! こちらが白羊の誇るメインストリート『春風通り』です!」
エリスさんに連れられて家を出ると、そこは満開の蕾を抱えた桜の巨木が石畳の両脇にずらりと並ぶ、美しい並木道でした。
先ほどまで残雪の冷たい空気が漂っていた駅前とは違い、この通りにはどこかほっとするような陽だまりの暖かさと、甘い花の香りが満ちています。
「すごい……! 本当に桜の並木がどこまでも続いているんですね」
「ふふ、でしょう? 満開になると、まるでピンク色のトンネルをくぐっているみたいになるんですよ。あ、あそこに見えるのが『1888(トリプルエイト)』っていう、この街で一番古い老舗のカフェ&洋服店です!」
「え……? 『1888』……?」
思わず足が止まりました。
なぜなら、エリスさんの口から出たその数字は——今まさに、裏の研究室でセーラさんとアンさんが解析しているかもしれない「何か」と、不思議な奇妙さで重なった気がしたからです。
「どうされました、マルコ様?」
「あ、いえ……なんでもないです! すごくお洒落なお店ですね」
「でしょう! 昔、この星が開拓された初期——西暦1888年頃のデザインをコンセプトにしたお店なんですって。レトロでとっても可愛いんですよ。今日はそこで、マルコ様に似合う春物のストールでも選んじゃいましょうか!」
エリスさんはそう言って楽しそうに僕の手を引いて歩き出しました。
街を行き交う人々はみんな笑顔で、ケンタウロス族の若者たちが颯爽と馬車を引いて駆け抜けていきます。
射手座からの移住者が多いというアンさんの言葉通り、この星は生き物たちが伸び伸びと、そして自由に暮らせる「楽園」そのものでした。
エリスさんにお気に入りのブティックへ連れ込まれ、可愛らしいフリル付きのピンクのストールを首に巻かれ、「うふふ、やっぱり子猫ちゃんにはパステルカラーが最高に似合います!」とガッツポーズされる僕。
(シンタロウさんに見られたら、また『プリンセス』ってからかわれるのかな……)なんて、しょうもないことを考えて赤面しながらも、僕の心は白羊の春の風のように温かい幸福感で満たされていました。
——その頃、アンの研究室では。
「黄金のリンゴ……そして、表面に刻まれた【1888】の刻印……」
浮遊するホログラム映像のリンゴを前に、アンは目を見開いて画面上の量子データを食い入るように見つめていました。
隣に立つセーラも、アームレストに肘をつき、真剣な表情でモニタリング画面を追っています。
『チーフ、メインサーバーの過去ログ照合が完了しました』
部屋のスピーカーから、別室でオペレーションを担当しているアシスタントAI・セーラーレッドの静かな声が響きました。
『【1888】という数字は、12星座銀河の創世記……すなわち、魚座の大陸沈没と牡羊座への第一次開拓船団が到着した「西暦1888年」を指しています。そして、この黄金のリンゴの波動パターンと一致する物質的反応が、たった一つだけ、この白羊の街の中に存在します』
「どこなの、レッド!? まさか本当に果樹園のどこかに埋まっているとか!?」
アンが乗り出すように尋ねると、メインモニターに白羊の街の立体マップが拡大表示されました。
赤く点滅しているカーソルが指し示していたのは——。
『いいえ。白羊駅前メインストリート最古の建築物……【1888 Memorial Cafe & Antique】の地下金庫内です』
「1888カフェ……!?」
アンは思わず声をあげました。
「あそこなら知ってるわ! エリスがよくダンスの衣装を仕入れに行ったり、お茶をしに行ったりしている店よ! 今まさに、マルちゃんたちが向かっている場所じゃないの!」
「……やっぱりね」
セーラは小さく吐息をつき、口元に笑みを浮かべました。
「マルちゃんを外に行かせたのは正解だったわね、アン。あの子は自分でも気づかないうちに、吸い寄せられるように『鍵』のある場所へ向かっちゃうのよ。……まるで、磁石みたいに」
「なんて素晴らしいの……! 想像を絶する運命の引き寄せ(シンクロニシティ)だわ!」
アンは瞳を爛々と輝かせ、拳を握りしめました。
「セーラ、すぐに追うわよ! 黄金のリンゴを手に入れて、瑪瑙の真のスクリプトを解放するの! マルちゃんがロミオを引き寄せてしまう前に……いいえ、ロミオが現れたとしても、私たちが絶対にその謎を暴いてみせるわ!」
「ええ、行きましょう。……レッド、予備の通信ラインを確保しておいて」
『了解いたしました、セーラ様。武運を』
桜の蕾が風に揺れる白羊の街で、少女たちの知性と運命が、一つの「1888」という数字に向かって鮮やかに交差し始めていました。




