第1話 残雪のプラットホームと、早春の約束
白羊駅はポツンと1軒屋のように、豊富な自然に囲まれています。超特急が停車したプラットフォーム付近にはまだ白い雪が残っていて、客室から出ると空気がとても冷たく感じました。
3月とはいっても、まだ冬の気候のようでしたが、駅周辺に自生している梅の木に咲く梅の花…その梅の木を宿木にしている鶯の囀りがにぎやかで、プラットフォームには、鳩や燕、その他の小鳥たちの姿を見つけることもできました。
白羊駅と名付けられた駅舎は、なぜか赤レンガ造りの平屋建てで、南口駅前の改札出口には円形の、これも赤レンガ造りの展望ラウンジ付きの馬車ターミナル施設がありました。
駅周辺には目立った建物はなく白い雪が少し残っていて、東西南北に伸びる石畳の並木道が伸びているだけで、馬車ターミナルの展望ラウンジから見回すと四方向すべてに地平線が見えるくらいの…
それくらい人の気配も何もない閑静な場所でした。
北方向の地平線の一部に隆起した雪山がかすかに見えているだけで、360度を地平線に囲まれています。
人はいないけど、自然はたっぷりあって、その自然の色彩の美しさは人工的な建造物の華やかな美しさとはまったく異なるけれど、でも美しいとしか表現することしかできないものでした。
「この展望ラウンジのフロアの高さは、約18メートル…つまり周囲20kmくらいの範囲には何の建物も施設がないってこと…ここは、駅の周辺に人が集まってるような水瓶座の星とは全く違う大自然を大切にする星だからね」
この展望ラウンジは、下から見上げた時に感じたほどは高くはなかったけれど中に入って見回すと、石畳が敷かれた桜並木が南の方向へ伸びていること、西の方向には銀杏並木、北の方向にはもみの木並木、東の方向は楓並木が、それぞれ伸びていることがわかりました。
「アンは、あの桜並木を通った先にある果樹園に囲まれた家に家族で住んでるのよ」
セーラはそう言いながら、展望台の窓越しに、まだ二分咲きの桜並木の方向を指さして微笑みました。
「ここで待っていれば、アンが馬車に乗って迎えに来てくれるから、それまで、スイーツでも食べながらおしゃべりしましょ。魚座のお魚も一級品揃いだったけど、
ここ…牡羊座のフルーツは、どれも絶品揃い…特にメガ盛りフルーツパフェは、この駅の名物なのよ」
展望台ラウンジのフロアに設置されたフルーツパーラーで、セーラは無人販売機の「メガ盛りフルーツパフェ」のボタンを1回押しました。
そして、僕の分のメガ盛りフルーツパフェも続けてオーダーしようとしていたので、僕は、そのクリック動作を慌てて止めました。
「そのメガ盛りフルーツパフェ…セーラさんとシェアしたい…です」
「イチゴはあげないわよ…それでもいいなら」
「ええええぇぇ…じゃ、僕は、ストロベリーパフェ注文します」
「うふ…じゃ、それも、シェアする?」
「うん…セーラさんがOKなら…」
セーラさんは「OK」という代わりに「ストロベリーパフェ」のボタンをクリックしてオーダーを済ませたのでした。
「3つの鍵…瑠璃・瑪瑙・金剛石…
ここにある唯一の石は、この深海に眠っていた黄金が散りばめられた青い瑠璃…キーワードは『おいで今日もラスカル』というスクリプト」
セーラが、無造作に、テーブルの上に瑠璃の石を置きながらつぶやくように言いました。
「瑪瑙は、アンさんが持ってるんですよね」
「探してくれてるらしいけど、まだ見つかっていないみたい…瑪瑙が、この星にあるのは間違いないと思うけど…魚座のように、深海の底にあるのか…それとも、どこかの宝石店の店頭に並んでいるのか…レッドもまだ、見つけられていないみたいだから…まったく、2週間もかけて何をやっているんだか…あの二人…」
「例の折れ耳のロミオは、あれ以降、姿を見せていないんですよね…少なくとも僕らの前には…」
「その彼のことなんだけど…」
「その彼って…ロミオ?」
「うん…彼…ロミオは、マルちゃんのいるとこにしか姿を見せないんじゃないかって…そう、レッドが言ってるのよ」
「僕がいる場所?でも、列車移動の2週間の間、ロミオとは会ってないですよ」
「なぜか、銀河鉄道の列車の中には現れることができない…それは、姿を現すための条件として、石とキーワードとマルちゃんの3つが揃う条件が必要だっていうのよ」
「でも、ここに瑠璃はあるし…僕もいる…」
「キーワードがないのよ…正確に言うとキーワードが刻まれた物質的な何か…あのキーワードが刻まれたホログラムのように現れた楽譜」
「つまり、あの時ホログラムで映し出されたのは、実際は実体を伴う楽譜で…それが、まだ魚座にある…その石と楽譜という2つの物質の傍に僕がいないと、ロミオは、現れることができない…?」
「そうらしいわ、レッドの調べた結果ではね…そして、マルちゃんがいないと、牡羊座の瑪瑙も実体化しない…らしいのよ」
「3つの石を、ロミオが待っている図書館のどこかにセットすれば、封印された扉が開くんじゃないか…そんな風に考えていたけど」
「たぶん、最終的にはそうなると思うけど」
「その前に、石を鍵として完成させる必要がある…ということ?」
「たぶんね…」
「金剛石の場所は特定できてるんですよね」
「バレンタインライブの会場は、魚座、牡羊座、牡牛座の3会場だったから、3つめの石は、牡牛座のジョオの近くにあるはず…まだ、特定はできていないけど」
「双子座の図書館にある謎…ってなんだろう?」
「それなんだけど、マルちゃんは、『小公女』という物語を読んだことある?」
「うん」
「『小公子』は?」
「それも知ってます」
「私とセディには、前世の記憶があるの…物語の主役だったという過去の記憶が残ってる」
その時、セーラは、さも当然であるかのように、とんでもない告白をしたのです。
「え?」
「ラスカルは、そういう記憶がないらしいのよ」
軽くパニックを起こしている僕の顔を正面から覗き込みようにセーラは説明を続けました。
もちろん、僕には、前世の記憶なんて一つもないし、前世のことを語る人には今まで会ったことが一度もありません。
「前世の記憶って、ないほうが普通ですよね。僕にはないし…」
「まぁ、そうなんだけど。マルちゃんにはあるかなと思って、カマかけたんだけど…ほんとにない?」
「全然、ないですよぉ。なんで、そんなことを…」
「私が知っているのは、私とセディ、コゼットの3人は、前世の記憶を持っているということ…3人とも自分が体験した前世の記憶として物語の全てを知っている」
「もしかして…ラスカルさんも、過去の物語の主役だったということ?」
「どうだろう?3人とも、それぞれの物語が好きすぎて、感情移入し過ぎちゃってるだけかなって思ったこともあるけど…」
「でも、『ラスカル』という名前の主人公が活躍するメジャーな物語とか聞いたことないよ」
「私も検索してみたけど、そういうタイトルの作品も、そういう名前の主人公が活躍するメジャーな作品も、全然、見つからないの」
「もしかして…アンさんにも、前世の記憶があるの?」
「一度聞いてみたけど、『赤毛のアン』として生きた記憶はないみたい…あのマシンガントークは、単にアンをリスペクトしてるだけみたいだけどね」
「『ジョオ』という主人公や主役級が活躍する物語はたくさんあり過ぎて、逆に特定が難しい。彼女の前世がボクサーという可能性もありそう。
牡牛座の星で会えたら、直接聞いてみようとは思ってるけど」
自走の配膳ロボットが、メガ盛りフルーツパフェと、ストロベリーパフェを届けに来てくれました。
「じゃ、食べようか…これに使われてるヴァニラアイス…『赤毛のアン』のアイスクリームを再現してるらしいから…旅に出る機会があれば食べてみたかったの」
「セーラさんは、いろいろ旅をしてるかと思ってたけど」
「引きこもりの配信者が、そんなあっちこっち旅なんかするわけないじゃない。銀河鉄道に乗ったのは、この旅が初めてなのよ…だから、このスイーツを食べられるのはマルちゃんのおかげ…」
その時、僕とセーラのスマホの通知音が同時に鳴って、アンさんからの『着きました』のスタンプが、グループチャットのメッセージに現れました。
席を立ってラウンジの窓から下を見下ろすと、二頭立て4人乗りの馬車が馬車ターミナルに到着してアンさんが馬車から降り立つ姿が見えました。
ラウンジの方向を見上げたアンさんと目が合うと、アンさんは満面の笑顔で大きく手を振ってからターミナルに入って、僕とセーラが待つ展望ラウンジにやってきたのです。
「セーラ! マルコくん! ようこそ、白羊へ!」
展望ラウンジの自動ドアが開いた瞬間、弾けたような明るい声が室内に響き渡りました。
そこに立っていたのは、つばの広い可愛らしい帽子に、夜空のような深い紺色のドレスを纏い、赤毛の三つ編みを揺らした少女——アンでした。
彼女は一目散に僕たちのテーブルへ駆け寄ってくると、息をつく間もなく言葉の絨毯を広げ始めました。
「ああ、なんて素晴らしい日かしら! 朝起きて窓を開けたら、東の空がまるで薔薇色の真珠みたいに輝いていて、今日の出会いを祝福してくれているって確信したのよ。セーラ、会いたかったわ! それにあなたがマルコくんね? 思っていた通り、なんて利発そうで可愛らしい瞳をしているのかしら! まるで摘みたての勿忘草みたい! ああ、立ち話も何だから座らせてもらうわね。あ、そのパフェ、もしかして名物のメガ盛り!? 実はうちの果樹園のイチゴも使われているのよ、信じられる?」
「……相変わらずの怒涛のオープニングね、アン。元気そうで何より」
セーラさんは苦笑しながらも、本当に愛おしそうにアンを見つめて席を勧めました。
「マルちゃん、言ったでしょう? 彼女の辞書に『行間』や『溜め』という言葉はないの」
「失礼ね、セーラ! 私はただ、世界に対する感動を言葉に変換するスピードが人より少し早いだけよ!」
アンはプッと頬を膨らませたあと、すぐに悪戯っぽく笑い、僕に向かって身を乗り出しました。
「でも本当に歓迎するわ、マルコくん。ペガスス座銀河からようこそ。セーラから連絡をもらってからというもの、私、嬉しくて昨日は一晩中眠れなかったの。この白羊の春の風や、蕾を膨らませる桜の樹々も、あなたという新しい旅人を心から歓迎しているわ!」
「あ、ありがとうございます、アンさん……! お会いできて嬉しいです」
圧倒されつつも、彼女の持つ天真爛漫な温かさに、僕の緊張は一瞬で解けていきました。
「さて……挨拶はこのくらいにして」
セーラさんはパフェのイチゴを大事そうに頬張ったあと、表情を少しだけ引き締めました。
「アン。例の『魚座のブローチ』……手に入ったわ」
「!……本当なの!?」
アンの緑色の瞳が、一瞬で学者特有の鋭く知的な輝きを帯びました。先ほどまでの賑やかな少女の顔から、一気に対象を深く見通す「探求者」の顔へと変化します。
セーラさんはポケットから、あの深海の双魚駅で手に入れた、黄金の星々が散りばめられた瑠璃のブローチを取り出し、テーブルの中央にそっと置きました。
「……美しい……」
アンは溜息を漏らし、吸い寄せられるようにブローチへ手を伸ばしました。しかし、触れる直前で指を止め、ポケットから繊細なレンズと小型の分析デバイスを取り出します。
「間違いないわ。この幾何学模様の刻印、そして内部から漏れ出るかすかな量子波形……12星座銀河が形成される以前の、古代のデータ構造体よ。魚座の深海に眠っていたというのも頷けるわね。光を吸収して、代わりに『記憶』を放射しているみたい……」
「解析できそう?」
「もちろんよ! うちの書庫には、昔の解析用ホロ・コンソールがあるわ。レッドさんから共有してもらった基礎データと照合すれば、このブローチに封印された『スクリプト』の真の意味や、次の『瑪瑙』へつながる手がかりが掴めるはずよ」
アンは興奮を抑えきれない様子でブローチを見つめたあと、バッと顔を上げました。
「さあ、二人とも! パフェを食べ終えたら、すぐに私の家へ行きましょう! 馬車を用意してあるの。まだ二分咲きけれど、桜並木を通る風は最高に気持ちがいいわよ。それに、母さんが焼きたてのアップルパイを用意して待っているの!」
「アップルパイ? それは断る理由がないわね」
セーラさんは嬉しそうに微笑むと、残りのパフェをスプーンですくい、僕に言いました。
「ほら、マルちゃん。急いで食べて、アンの『不思議な果樹園』へ出発しましょう。……私たちの、新しい謎解きの始まりよ」
僕たちの乗った馬車が、残雪の残る赤レンガの駅舎を背にして、ピンク色の蕾が並ぶ石畳の桜並木へと走り出すまで——あとほんの数分のことでした。




