第3章 プロローグ
「終わりそうにないね…アンコール…」
双魚駅から飛び立った銀河鉄道のヴィジュアルルームの大型モニターを見ながらセーラがそう、つぶやきました。
「ラスカルさんに挨拶しないで出てきちゃったけど、大丈夫?」
「うん…そうね…大丈夫じゃ…ないかも」
「もう少し、ラスカルさんと一緒にいたかったなぁ」
「それは、きっと無理…ラスカルは超忙しい人だから」
「セーラさんは、歌配信しないですよね」
「私は、ゲーマーだからね」
「ゲーム配信してる人も、けっこう歌配信してますよぉ」
「マルちゃんは、私以外にも推しがいる…ってことね」
「だって、セーラさんの配信時間って深夜でしょ…配信してる時以外はずっと仕事ばっかりしてるし、お仕事中は他のライブ配信見ててもいいですよね」
「そうだね…まぁ、私の配信皆勤賞のマルちゃんだからね。そういう浮気なら許してあげるわ」
セーラさんは、そう言って、僕の頭と喉元を撫でてくれました。
「ちなみに、私以外に誰の配信に参加してるの?」
「う~ん、とりあえず、相互フォローしてくれてる配信者のライブは観に行ってるけど…」
「そうか、フォロワーリストを確認すれば、浮気相手がわかるってことだ…」
セーラさんは、僕のスマホを取り上げると勝手に配信アプリのフォロワーリストをチェックし始めました。
「え?マルちゃんって、コゼットとも相互なの?」
「セーラさんの知り合いですか?コゼットさんって」
「仕事仲間だよ。お互い距離が近すぎるから、配信を聴きに行ったりはしていないけど」
「そういえば、セーラさんの配信中に入室してくることってないですよね…コゼットさん」
「配信しててもね…ついつい、仕事の話になっちゃうんだよね。
クレジットには名前を出してないけど、コゼットには私のゲームのショート動画をよく作ってもらってるから」
「セーラさんの挿入動画は、アシさんたちが作ってるって思ってました。外注だったんですね」
「うん…なんでもかんでもレッドたちに作らせたら、動画職人さんたちの仕事…なくなっちゃうでしょ」
僕たちが、今乗っている水陸空対応型の密閉式タイプの銀河鉄道は、深海の双魚駅から星の表層にあたる水面を突破し、無量大数とも言える夜の星が煌めく空中軌道に乗り入れ、
そして、双魚駅のある魚座惑星の大気圏を突破していきます。
「私は、この星のこの大気圏を突破していく瞬間が大好き。重力から解き放たれることで世界が広がっていく…
特に、この魚座惑星は全ての大陸が温暖化に耐え切れずに、海の底に沈没した過去を持つ星だから…」
「この星にそんな歴史が…あったんですね」
「うん…すべての大陸、島…陸と言えるものの全てが失われた世界で、その星からこうやって宇宙へ移民することもできたはずなのに、この星の人たちは、海中に大きな要塞都市を建設することで、星と共生することを選んだの…そして、たくさんのお魚や、海の草花たちと共存している…他の星の環境変化で済む場所を失った生物も、この星でなら生き永らえることもできてる」
「僕はどうしても、セーラさんに会いたくって、故郷を飛び出してきちゃったけど、水瓶座の星、そして、この魚座の星を見ることができて…
めちゃくちゃ世界が広がった…気がしてます」
「ペガスス座銀河と、この12星座銀河では、まったく生活の仕方が違うんじゃないの?」
「それほどでも…ないかな?通信ネットワークのお陰で、いろいろな銀河の文化と交流できてるし…正直言うと、ペガスス座銀河より楽しい配信してる人が多い…気がしてます」
「たぶん、気のせいよ…隣の庭は青く見えるって言うでしょ」
「それぞれの銀河系の中で、独自に発達していた言葉の壁が崩壊したのは大きかったみたいです。そう、僕はお祖母ちゃんに教わりました」
「言葉や記録データ、映像データ…そういった豊富なコンテンツが、この12星座銀河には本当にたくさんあった…そういう文化を他の銀河にも伝えたくて、先人は、銀河系間の通信網を拡大していったというのが建前らしいけど…ぶっちゃけちゃうと帝国的植民地政策だったんだと思う…残されている、私たちが目にすることができる記録が改ざんされてなければ…だけどね」
「その通信網や鉄道網のお陰で、こうやってセーラさんとも会うことができてます」
「ペガスス座銀河では星間戦争も絶えなかったらしいけど、12星座銀河の干渉で、それらの戦争や紛争も解決していったと記録にはあるね」
「とんでもない内政干渉だったみたいだったけど…外圧でないとこじ開けることができない課題や壁というものが、ペガスス座銀河にはたくさんあったらしから…少なくとも、僕は今のこの平和な社会に暮らせることを感謝してます」
「この12星座銀河のすべての歴史・文化の記録が集まっているのが、これから行く双子座の星…銀河最大の図書館を有していて、ロミオという守護者が、すべての鍵の管理を任されている場所よ」
ロミオ…魚座の水族館でそのシルエットを目撃した折れ耳の猫族…3つのキーを彼…彼女?に直接手渡すことで開かれるかもしれない謎の扉の存在…その扉は、普通の物理的な扉なのか、それとも、データのロックを解除するためのキーワードが記録されているものなのか…どうすれば、その謎を解くことができるのか…そもそも、そのロックは解除して良いものなのか…
「まだ、公開されていない過去の記録…
アンは、もしかしたら、その謎の研究をしているのかもしれない…
学者の知識は、この謎の解明には絶対に必要なものだから…
マルちゃんも、アンに直接あったら、きっとびっくりするよ。
とにかく、ず~~~~~~と、途切れることなく、しゃべり続ける人だから」
進行を停めることのない銀河鉄道…そのヴィジュアルルームのモニターには、やはり、いつ終演となるかわからないラスカルのバレンタインライブが続いていて、もう、10回を超えるアンコールと、それに応えるラスカルさんの歌声が素敵なBGMとなって、このビジュアルルームに響いています。
「この超特急の次の行き先は、牡羊座の白羊駅なんですよね」
「うん…そうだけど、マルちゃんは、どこか寄り道したいとこがあったりする?」
「あの…ラスカルさんが…言ってくれたんです」
「え?ラスカルが?なんて?」
「白羊駅に行くなら、桜が咲く季節までいたほうがいいよ…って」
「なるほど…水瓶座の宝瓶駅も、魚座の双魚駅にも四季はないから…というか、12星座銀河系の中で白羊駅周辺の四季の移ろいは、見逃す手はないかもね」
「そんなに綺麗なんですか?白羊駅の桜並木って」
「この星の滞在期間はあっという間だったから、白羊駅周辺で、のんびりと1カ月半くらい過ごすのも悪くないかもね…マルちゃんと一緒にお花見したいなぁ」
「でも、早く双児駅に行ったほうがいいんじゃ…」
「大丈夫よ…確かに、この謎解きに興味はあるけど、すぐに銀河が崩壊したりとか、戦争が起きたりとかそういうことではないはずだから、ゆっくりのんびりと謎解きをしていきましょう。
だから、これからも、ゆるファイで…
焦らず、ゆっくり、たくさんの人の意見も聞きながら、双児駅のロミオに会いに行きましょう…
それに、牡牛座の金牛駅にジョオという探偵さんがいるらしいから、彼女にも会って意見を聞いてみたいと思っているの…
噂や報道記事の中で、だいたいどういう人かは知ってるつもりだけど、1回も直接は会ったことない人だから、アンに紹介状も書いてもらわないと会ってもらえそうにないしね」
「アンさんは、そのジョオさんを知ってるんですか?」
「お隣さんだから、ご近所付き合いしてるらしいわ。私とラスカルがお隣さんで仲良しなのと、きっと一緒なんだと思う」
「お隣さんかぁ……近所付き合いがあるなら、きっと心強いですね」
「うん。アンはすごく面倒見が良いし、頼めば二つ返事で書いてくれると思うわ。……ただね」
セーラさんはそこで言葉を区切り、くすりと小さく笑いました。
「紹介状を書いてもらうだけで、半日はアンのマシンガントークに付き合わされる覚悟が必要だけどね」
「そんなに喋る人なんですか?」
「『赤毛のアン』って呼ばれてるくらいだからね。頭の回転が速すぎて、言葉が次から次へと溢れ出てきちゃうの。でも、彼女の知識と情熱は本物よ。今回手に入れた『魚座のブローチ』の解析も、彼女なら何か面白い視点をくれるはず」
セーラさんはそう言いながら、コンソールに軽く手をかざしました。
ヴィジュアルルームの大型モニターの片隅に、これから向かう「牡羊座・白羊駅」のリアルタイム映像が映し出されます。
画面に広がっていたのは、見渡す限りの広大なピンク色のグラデーション——。
雲海の合間から覗く惑星の表面が、まるでうっすらと紅を浴びたように、鮮やかな桜色に染まっていました。
「うわぁ……すごい……!」
思わず声を漏らしてしまう僕の横で、セーラさんも満足そうに目を細めています。
「綺麗でしょう? 白羊駅があるこの星は、12星座銀河の中でも『生命の始まり』を象徴する場所。厳しい冬を越えて、春が一斉に芽吹く星なの。ちょうど今、桜が満開の時期を迎えてるみたいね」
「ラスカルさんが『桜が咲く季節までいたほうがいい』って言ってた意味が、なんとなく分かった気がします」
「ふふ、あの子も意外とロマンチストだからね。よし……決まり! 白羊駅に着いたら、まずはアンのところに顔を出してブローチを見せて、それからは少し長めの春休みを決め込みましょう」
「春休み……いいですね!」
「屋台で団子を買って、満開の桜の下で花見をして……ついでに、配信の企画で『お花見雑談ライブ』でもやろうかな」
「セーラさんの屋外配信! リスナーさんたち絶対喜ぶと思います!」
「マルちゃんもゲストで声だけ出演する?」
「ええっ!? ぼ、僕なんかが出たら、リスナーさんに『その猫だれ!?』って叩かれちゃいますよ!」
慌てる僕の姿を見て、セーラさんは楽しそうに「冗談よ」と笑い、僕の背中をポンポンと叩きました。
進行を留めることのない銀河鉄道。
窓の外では、魚座の深い蒼の世界がゆっくりと遠ざかり、代わりに暖かな陽光のような、やわらかな春の光が車内を包み込み始めていました。
モニターから流れるラスカルさんの11回目のアンコール曲は、どこか旅立ちを祝うような、晴れやかなアップテンポのメロディに変わっています。
「重力」から解き放たれ、広がり続ける世界。
謎解きの旅はまだまだ始まったばかり。
でも、僕の隣には頼もしいセーラさんがいて、行く先々には温かい出会いが待っている。
「……まもなく、牡羊座・白羊駅。白羊駅に到着いたします」
車内アナウンスが静かに響き渡り、銀河鉄道は春色のヴェールを纏った未知の星へと、滑るように下降を開始しました。




