第67話『中心の自覚』
朝。
M&M COMPANY本社は、昨日の夜とはまるで別の顔をしていた。
静かで、整っていて、普通の会社に見える。
結衣はそのギャップに少しだけ違和感を覚える。
「昨日あんなに騒がしかったのに……」
真優がコーヒーを飲みながら言う。
「夜型だから」
美優は一言。
「音の会社」
結衣は即座にツッコむ。
「そんな分類あります?」
会議室。
ホワイトボードには昨日のままの文字が残っている。
『音の重心』
結衣はそれを見てため息をつく。
「まだ続いてるんですねこれ」
凛が資料をめくりながら言う。
「むしろここから」
麗華は椅子を回している。
「昨日、結論出たじゃん」
結衣は振り向く。
「出てませんよね?」
玲緒菜が元気に手を上げる。
「出たよ!結衣ちゃんが中心!」
結衣は即答。
「決まってません」
瑠美愛がニヤニヤする。
「でも昨日、音崩れたじゃん」
結衣は黙る。
その時、美優がホワイトボードの前に立つ。
「確認」
部屋が静かになる。
美優は短く続ける。
「結衣がいる時」 「音は揃う」
ペンで一線引く。
「いない時」 「散る」
結衣は顔を覆う。
「やめてくださいその実験結果発表みたいなの」
真優が笑う。
「事実だからね」
凛が静かに言う。
「検証済み」
玲緒菜が頷く。
「科学だね!」
結衣は天井を見る。
「音楽って科学でしたっけ……?」
麗華が軽く手を叩く。
「で、結衣はどう思ってるの?」
結衣は一瞬固まる。
「どうって言われても……」
少し考える。
「私、そんなに重要じゃないと思うんですけど」
真優が即答。
「それは違う」
結衣は顔を上げる。
真優は少しだけ真面目な声になる。
「重要じゃなくて、“基準”」
結衣は黙る。
美優が続ける。
「音は人に引っ張られる」
凛が補足する。
「軸があると安定する」
瑠美愛が笑う。
「つまり結衣ちゃんは杭?」
結衣は即座に反応。
「言い方!」
玲緒菜も笑う。
「でも分かりやすい!」
結衣は机に突っ伏す。
「なんかもう、普通に生きたいんですけど……」
その言葉に一瞬だけ空気が緩む。
真優が軽く笑う。
「もう無理でしょ」
美優も一言。
「遅い」
結衣は顔を上げる。
「諦め早すぎません?」
凛が少しだけ微笑む。
「でも今の環境、嫌じゃないでしょ?」
結衣は言葉に詰まる。
少し沈黙。
結衣はゆっくり言う。
「……嫌じゃないです」
真優が頷く。
「正直でよろしい」
美優も短く。
「それでいい」
玲緒菜がニコニコする。
「じゃあ決まりだね!」
瑠美愛が続ける。
「結衣ちゃん=中心!」
結衣は小さくうなだれる。
「もう固定されてるじゃないですかそれ……」
その時、ドアが開く。
スタッフが入ってくる。
「すみません、次の案件です」
真優が振り返る。
「はい」
スタッフは資料を渡す。
「新プロジェクト“ライブ構造設計”」
結衣は顔を上げる。
「……また難しい名前出てきましたね」
美優が資料を見る。
「ステージ設計」
凛が続ける。
「音の配置を設計する企画」
麗華が笑う。
「もう完全に工学だね」
スタッフが続ける。
「中心人物として、天野結衣さんの動きを基準に全構成を作ります」
その瞬間。
結衣は固まる。
「……え?」
真優が小さく笑う。
「ほらね」
美優は一言。
「正式」
結衣は椅子に座り込む。
「ついに会社の設計基準になったんですけど……」
玲緒菜が拍手する。
「すごーい!」
瑠美愛も笑う。
「伝説じゃん!」
凛は静かに言う。
「もう戻れない」
夕方。
結衣は一人で稽古室にいる。
誰もいないのに、昨日の音がまだ残っている気がした。
(中心って何なんだろう)
ピアノに触れる。
ポーン。
音が一つだけ鳴る。
それだけで、少しだけ整う気がした。
そこへ真優が入ってくる。
「まだ考えてるの?」
結衣は振り返る。
「これ、ずっと続くんですか」
真優は少しだけ笑う。
「続くよ」
結衣はため息をつく。
「怖いですね」
真優はピアノの横に座る。
「でもさ」
結衣は見る。
真優は続ける。
「中心って、守るものじゃなくて“動かすもの”だよ」
結衣は黙る。
少し間。
結衣は小さく言う。
「じゃあ……私、ちゃんと動けてます?」
真優は即答する。
「動きすぎ」
結衣は顔を覆う。
「どっちですかそれ」
真優は笑う。
「いい意味で」
夜。
稽古室に再び音が入る。
今度は結衣も最初からいる。
真優が言う。
「始めるよ」
美優がスティックを構える。
凛がベースを持つ。
麗華が鍵盤に触れる。
玲緒菜と瑠美愛が声を整える。
結衣は一度だけ深呼吸して言う。
「……行きます」
音が重なる。
今度は崩れない。
むしろ、最初から揃っている。
結衣はその中心で気づく。
(私、ここにいるだけじゃない)
(動かしてる)
音は止まらない。
そして——
次のステージの形が、少しずつ見え始めていた。
第68話へ続く。




