第66話『止まらない音の中心』
夜の稽古室は、もう“練習室”というより別の場所になっていた。
床にはケーブル。 机には楽譜。 ホワイトボードには謎のメモ。
そして人が多い。
結衣はそれを見て、静かに呟く。
「……これ、会社の一室ですよね?」
真優が即答する。
「一応ね」
美優はスティックを回しながら一言。
「今はスタジオ」
麗華が笑う。
「もう“拠点”って言った方がいいんじゃない?」
凛が冷静に言う。
「拠点はもっと管理されてると思う」
玲緒菜が元気よく手を上げる。
「でもここ楽しいからOKじゃない?」
瑠美愛も続く。
「カオスだけどね!」
結衣はその会話を聞いて頭を抱える。
「誰か止める人いないんですかこれ」
真優は即答。
「いない」
美優は一言。
「必要ない」
部屋の中央では、新旧メンバーが入り混じっていた。
白石凛は腕を組みながら周囲を見渡す。
「昨日より音がまとまってきてる」
後輩の少女は楽譜を抱えながら頷く。
「でもまだ怖いです……音が強すぎて」
玲緒菜がニコニコしながら近づく。
「怖いの慣れるよ!」
「慣れるの!?」
瑠美愛が笑う。
「ここ基準おかしいからね」
結衣はそれを聞いて小声で言う。
「それ一番問題発言では?」
真優が手を叩く。
「じゃあ今日のテーマいくよ」
結衣は即座に警戒する。
「またテーマあるんですか」
美優が短く言う。
「毎日ある」
麗華が笑う。
「授業みたいだね」
真優はホワイトボードに書く。
『“音の重心”』
結衣は固まる。
「何ですかそれ」
真優は振り返る。
「全部の音の“中心”」
美優が補足する。
「ブレない場所」
凛が即座に質問する。
「誰が中心ですか?」
真優と美優が同時に結衣を見る。
結衣は一歩下がる。
「なんで私を見るんですか」
真優はニヤッとする。
「分かってるでしょ?」
美優は一言。
「リーダー」
結衣は天井を見る。
「重いんですけどその単語」
玲緒菜が手を上げる。
「じゃあさ、中心って固定なの?」
真優は即答。
「違う」
瑠美愛が首をかしげる。
「動くの?」
美優は短く言う。
「状況で変わる」
結衣は小声で言う。
「一番ややこしいやつじゃないですかそれ」
麗華が笑う。
「でも面白いじゃん」
真優がピアノに手を置く。
「じゃあ実践」
美優がドラムセットに座る。
「入る」
結衣はため息。
「説明なしで始めるのやめてください……」
真優が軽く鍵盤を叩く。
ポーン。
美優がリズムを入れる。
ドン、ドン。
その瞬間——
部屋の空気が一気に変わる。
真優が言う。
「じゃあ誰が“中心”?」
玲緒菜が即答。
「結衣ちゃん!」
瑠美愛も笑う。
「だよね!」
結衣は慌てる。
「ちょっと待ってください流れが早い!」
凛は冷静に分析する。
「でも確かに今はそう」
後輩の少女が小声で言う。
「音が集まってるの、あの人のところです」
結衣は固まる。
「いや私何もしてないんですけど……!」
美優が一言。
「それでいい」
結衣はさらに混乱する。
「説明になってないです!」
真優がピアノを止める。
「逆に聞くけど」
結衣は顔を上げる。
「はい?」
真優は少しだけ優しく言う。
「結衣が動くと音どうなる?」
結衣は考える。
「……まとまる?」
美優が即答。
「正解」
凛が頷く。
「崩れない」
麗華が笑う。
「指揮者ってことじゃん」
結衣は首を振る。
「そんなかっこいいものじゃないですって」
玲緒菜が笑う。
「いや、普通にかっこいいよ?」
瑠美愛も続く。
「無自覚タイプの中心だね」
結衣は机に突っ伏す。
「もうやめてくださいその言い方」
その時、白石凛が一歩前に出る。
「じゃあ試したい」
真優が顔を上げる。
「何を?」
凛は真っ直ぐ結衣を見る。
「結衣がいない状態」
空気が一瞬止まる。
結衣は目を瞬かせる。
「え?」
美優が静かに言う。
「いい」
真優も頷く。
「やってみよ」
結衣は慌てる。
「私抜きでやるんですか!?」
玲緒菜がニヤッとする。
「実験だね!」
瑠美愛も楽しそう。
「怖いけど面白い!」
結衣が少し離れる。
その瞬間。
音が始まる。
真優のピアノ。 美優のドラム。 凛のベース。 麗華のキーボード。 玲緒菜の声。 後輩の歌。
最初は普通だった。
でも——
数秒後。
音が少しずつズレる。
重さがバラける。
結衣はそれを見て気づく。
(あれ……)
(崩れてる?)
真優が途中で止める。
「……分かった?」
結衣は頷く。
「私、必要なんですか」
美優は短く言う。
「必要」
凛が続ける。
「中心がないと散る」
玲緒菜が笑う。
「やっぱり結衣ちゃんだね」
瑠美愛も頷く。
「決まりじゃん」
結衣は顔を覆う。
「プレッシャーの塊なんですけどこれ……」
真優が軽く言う。
「でもさ」
結衣は顔を上げる。
真優は少し笑う。
「悪くないでしょ?」
結衣は少しだけ黙る。
そして小さく言う。
「……まあ、嫌ではないです」
美優が一言。
「それでいい」
夜がさらに深くなる。
でも稽古室の音はまだ止まらない。
むしろ、今の方が強くなっている。
結衣はその中心に戻る。
「じゃあ……もう一回やります?」
真優が笑う。
「当然」
美優はスティックを構える。
「まだ途中」
凛はベースを持つ。
「もっと上へ」
麗華は鍵盤に指を置く。
「面白くなってきた」
玲緒菜と瑠美愛は同時に言う。
「いける!」
後輩も小さく頷く。
「やります」
結衣は深呼吸する。
(この場所、終わらないな……)
でも不思議と嫌じゃない。
音がまた始まる。
そしてその中心に——
結衣がいる。
第67話へ続く。




