第39話 『神崎麗華の決断』
神崎麗華と出会ってから一か月。
M&M COMPANYは順調だった。
新人育成。
ブランド事業。
俳優部門。
どれも着実に成長している。
そんなある日の朝。
社長室。
真優が慌てて飛び込んできた。
「美優!」
「どうしたの?」
「これ見て!」
タブレットを差し出す。
画面には速報記事。
大きな見出し。
『大手芸能事務所・スターライトプロダクション、経営破綻』
美優は目を見開いた。
そこは――
神崎麗華が所属している事務所だった。
数時間後。
芸能界は大混乱になった。
所属タレント。
スタッフ。
マネージャー。
全員が今後を心配している。
テレビでも特集が組まれる。
SNSも騒然。
『神崎麗華はどうなる?』
『移籍先は?』
『芸能界引退か?』
様々な憶測が飛び交っていた。
夜。
M&M COMPANY本社。
仕事を終えた美優が帰ろうとしていた。
その時。
受付から連絡が入る。
「社長」
「はい」
「神崎麗華さんが来られています」
美優が固まる。
「……麗華さん?」
「はい」
応接室。
静かな部屋。
ソファに座る麗華。
いつもの自信に満ちた姿ではなかった。
少し疲れている。
少しだけ寂しそうだった。
美優が入る。
「こんばんは」
麗華は顔を上げた。
「急にごめん」
「大丈夫です」
数秒の沈黙。
そして。
麗華が小さく笑った。
「情けない姿見せちゃうな」
美優は向かいに座る。
紅茶が運ばれる。
しかし。
麗華は手をつけない。
やがて。
静かに口を開いた。
「事務所がなくなった」
「……」
「分かってたの」
「経営が危ないことも」
「でも」
麗華は拳を握る。
「まさか本当に潰れるとは思わなかった」
その声には悔しさが滲んでいた。
「スタッフもいる」
「後輩もいる」
「みんな行き場を失った」
麗華は窓の外を見る。
東京の夜景。
だが。
その瞳はどこか遠くを見ていた。
「私は強いって思われてる」
「でも」
「正直少し怖い」
初めて見せる弱さだった。
美優は黙って聞いていた。
否定しない。
急いで答えも出さない。
ただ。
最後まで話を聞く。
それが美優だった。
しばらくして。
麗華が言う。
「相談がある」
「はい」
「もし」
少しだけ迷う。
そして。
覚悟を決めたように続けた。
「もし私が」
「M&M COMPANYに入りたいって言ったら?」
部屋が静かになる。
美優は驚かなかった。
むしろ。
どこか納得していた。
麗華ほどの人材。
どの事務所も欲しがる。
それでも。
ここへ来た。
相談しに来た。
それには理由がある。
「どうして私なんですか?」
美優が聞く。
麗華は笑った。
「簡単」
「?」
「信じられるから」
その言葉に。
美優は少し目を見開く。
「他の事務所はたくさん声をかけてきた」
「でも」
「条件ばかり」
「数字ばかり」
「商品みたいに扱われる」
麗華は首を横に振る。
「でもあなたは違う」
「夢を見てる」
「人を見てる」
「だから来た」
長い沈黙。
真剣な空気。
そして。
美優は静かに答えた。
「私は嬉しいです」
麗華が顔を上げる。
「本当?」
「はい」
「でも」
「?」
「一つ条件があります」
麗華が少し身構える。
美優は微笑んだ。
「一緒に会社を大きくしてください」
麗華が固まる。
「所属じゃなくて?」
「仲間です」
「……」
「ライバルでもありますけど」
その言葉に。
麗華は数秒黙る。
そして。
突然笑い出した。
「ははっ!」
「何ですか?」
「やっぱり面白い」
目尻に少し涙が浮かんでいた。
翌週。
緊急記者会見。
M&M COMPANY本社。
大勢の報道陣。
カメラ。
フラッシュ。
会場が騒がしい。
壇上には二人。
美優。
そして神崎麗華。
記者たちがざわめく。
美優がマイクを持つ。
「本日」
「神崎麗華さんがM&M COMPANYへ加入します」
会場が大きくどよめく。
フラッシュが連続で光る。
続いて。
麗華がマイクを握る。
「私はここで新しい挑戦をします」
「モデルとして」
「そして仲間として」
「もう一度夢を追います」
力強い言葉だった。
会見後。
SNSは大爆発。
『神崎麗華が移籍!』
『M&M COMPANY最強すぎる』
『美優と麗華の共演が実現』
トレンド1位。
ニュース速報。
芸能界中が注目した。
夜。
社長室。
窓の外には東京の夜景。
美優と麗華が並んで立っていた。
「本当に入っちゃった」
麗華が笑う。
「歓迎します」
「後悔しない?」
「しません」
即答だった。
麗華は嬉しそうに微笑む。
そして。
静かに言った。
「ありがとう」
その言葉は。
事務所を失った一人の女性の。
本心だった。
こうして――
神崎麗華はM&M COMPANYの新たな仲間となった。
しかし。
二人はまだ知らない。
この移籍が。
芸能界全体を巻き込む大きな変化の始まりになることを。
第40話へ続く。




