第34話 「再会の招待状」
春が過ぎ、初夏の風が東京の街を包み始めた頃。
美優は相変わらず忙しい日々を送っていた。
モデル。
CM撮影。
雑誌取材。
テレビ出演。
そしてアパレルブランド立ち上げ。
一日の予定が空白になることはほとんどない。
朝から深夜まで仕事。
そんな生活が続いていた。
都内のオフィス。
ブランド会議。
大型モニターには完成間近のロゴデザインが映されている。
スタッフたちが真剣な表情で議論していた。
「こちらが最終候補です」
机の上には複数のデザイン案。
美優は腕を組みながら眺める。
どれも悪くない。
だが。
何か足りない。
そんな感覚があった。
「どう思いますか?」
担当者が尋ねる。
美優はしばらく黙った。
そして静かに言う。
「綺麗なんですけど」
「私らしくない気がします」
会議室が静かになる。
「私が作りたいのは高級ブランドじゃないんです」
「もっと身近で」
「でも着た人が少し前向きになれる服」
スタッフたちは真剣に聞いていた。
以前の美優なら言えなかった言葉だった。
しかし今は違う。
自分が何を作りたいのか。
少しずつ見えてきていた。
会議が終わった頃には夜になっていた。
時計を見る。
午後9時。
今日も長かった。
エレベーターに乗る。
スマホを見る。
通知が一件。
送信者。
武田真優。
美優は少し驚いた。
最近は互いに忙しく、連絡頻度も減っていた。
メッセージを開く。
『日本帰る』
短い一文。
しかし。
その一文だけで十分だった。
思わず笑う。
すぐ返信。
『いつ?』
既読。
数秒後。
『来週』
『撮影終わった?』
『一旦』
『お疲れ』
『ありがとう』
少し間が空く。
そして。
『久しぶりに会う?』
美優は画面を見つめた。
久しぶり。
本当に久しぶりだった。
『会う』
即答だった。
その頃。
フランス。
ホテルの部屋。
真優もスマホを見ていた。
美優からの返信。
『会う』
真優は少し笑った。
どれだけ忙しくなっても。
この関係だけは変わらない。
そんな気がした。
翌週。
東京国際空港。
到着ロビー。
真優が日本へ帰国した。
キャップ。
サングラス。
ラフな服装。
しかし隠しきれない存在感。
海外映画主演。
今や世界進出女優として注目されている。
報道陣も集まっていた。
フラッシュが光る。
「真優さん!」
「映画について一言!」
質問が飛ぶ。
真優は笑顔で応じる。
しかし心の中では別のことを考えていた。
(美優、変わったかな)
最後に会ったのはかなり前。
連絡は取っていた。
だが直接会うのは久しぶりだった。
その日の夜。
都内レストラン。
個室。
先に到着したのは美優だった。
窓際の席。
夜景が見える。
時計を見る。
数分後。
扉が開いた。
真優だった。
一瞬。
お互い言葉が出ない。
久しぶりすぎた。
そして。
真優が笑う。
「久しぶり」
美優も笑った。
「久しぶり」
たったそれだけ。
でも。
なんだか安心した。
席につく。
料理が運ばれる。
しかし最初の数分は少しぎこちなかった。
久しぶりだから。
お互い変わったから。
そんな空気があった。
真優が先に口を開く。
「テレビで見た」
「ブランド」
美優が苦笑する。
「私も見た」
「爆発してた」
真優が吹き出した。
「まだ言う?」
二人とも笑う。
その瞬間。
昔の空気が戻った。
学校帰り。
仕事帰り。
何でもない話で笑っていた頃。
少しだけ懐かしかった。
食事をしながら近況を話す。
ブランドのこと。
映画のこと。
海外のこと。
経営のこと。
話題は尽きない。
しかし途中で真優が言った。
「変わったね」
美優が首を傾げる。
「どっちが?」
「お互い」
真優は笑う。
「昔の美優なら」
「会議で十時間とか無理だったでしょ」
「否定できない」
即答だった。
二人とも笑う。
そして美優も言う。
「真優も」
「世界行くとか思わなかった」
「私も」
再び笑う。
だが。
その笑顔の奥には。
少しだけ複雑な感情もあった。
互いに遠くへ行こうとしている。
同じ場所にはいられない。
それが分かるから。
食事が終わる頃。
真優が窓の外を見た。
東京の夜景。
「綺麗だね」
美優も見る。
「うん」
しばらく沈黙。
そして真優が小さく言う。
「でも」
「?」
「なんか安心した」
美優が見る。
真優は少し照れたように笑った。
「久しぶりに会ったら」
「別人になってるかと思った」
美優は吹き出した。
「失礼」
「だって社長みたいになってるし」
「まだ社長じゃない」
「でも近いでしょ」
否定できなかった。
二人は再び笑う。
そして。
別れ際。
店の前。
真優が言った。
「また会おう」
美優は頷く。
「今度はもっと早く」
「約束」
「約束」
握手。
それだけだった。
でも。
どんな契約書よりも。
どんな約束よりも。
信頼できる気がした。
二人は再び別々の道を歩き出す。
世界を目指す女優。
ブランドを作るモデル。
進む方向は違う。
それでも。
互いに背中を押し合える関係だった。
そして。
この再会が。
後に二人の運命を大きく動かすことになる。
まだ誰も知らなかった。
第34話 完




