第33話 「広がる距離」
東京。
美優は朝から会議室にいた。
大型モニターにはブランド企画の資料。
壁にはデザイン案。
机の上には生地サンプル。
モデルの仕事より会議の方が多い日も増えていた。
「こちらが第一弾ラインになります」
担当者が説明する。
美優は真剣な表情で資料を見ていた。
「このデザイン」
「もう少し日常で着やすくしたいです」
スタッフがメモを取る。
会議は二時間。
三時間。
四時間。
気付けば昼を過ぎていた。
それでも美優は集中していた。
(作るのって面白い)
モデルとして着るだけでは分からなかった世界。
今はその中心にいる。
少し前の自分なら想像もできなかった。
その頃。
フランス。
真優は映画撮影の真っ最中だった。
爆発。
カーチェイス。
格闘シーン。
本格アクション映画。
監督が叫ぶ。
「カット!」
スタッフが拍手する。
「素晴らしい!」
真優は息を切らしながら笑った。
全身が痛い。
アザも増えた。
それでも楽しい。
夢だった世界が目の前にある。
「次のシーン準備!」
「はい!」
真優は再び走り出した。
夜。
東京。
美優は帰宅していた。
時計は23時。
ようやく一息つける時間。
スマホを見る。
通知。
真優からだった。
『生きてる?』
美優は少し笑う。
『たぶん』
すぐ返信が来る。
『こっちは死んでる』
『大丈夫?』
『爆発した』
『本当に?』
『映画で』
思わず美優が吹き出す。
久しぶりに自然に笑った。
しかし。
会話は数分で終わった。
以前なら一時間以上話していた。
最近は違う。
忙しい。
時間がない。
互いに。
それが当たり前になり始めていた。
数日後。
都内ホテル。
芸能授賞式。
有名人が集まる大規模イベント。
美優も招待されていた。
黒いドレス。
報道陣。
フラッシュ。
「美優さん!」
「こちらお願いします!」
カメラが向く。
美優は笑顔を作る。
慣れた光景。
しかし。
授賞式会場でふと足が止まった。
大型スクリーン。
そこに映し出されていたのは。
武田真優。
海外映画主演決定。
世界進出特集。
観客席がざわめく。
「すごいな」
誰かが言う。
「日本でもトップクラスだよ」
別の声。
美優は静かに映像を見る。
少し誇らしかった。
そして少しだけ悔しかった。
(負けたくない)
その感情を否定しなかった。
ライバルだから。
友達だから。
同じ夢を追った仲間だから。
一方。
パリ。
真優もホテルにいた。
撮影終了後。
部屋で休んでいる。
テレビをつける。
偶然流れた日本の芸能ニュース。
そこに映ったのは美優だった。
『ブランドプロデュース本格始動』
『若手実業家としても注目』
『SNS総フォロワー数急増』
司会者が話している。
真優は画面を見つめた。
「すごいな……」
小さく呟く。
美優もまた遠い場所へ行こうとしている。
昔のように隣で歩いているわけではない。
でも。
確かに前へ進んでいる。
それが分かった。
その夜。
珍しく真優から電話をかけた。
「もしもし」
『珍しい』
「なんとなく」
少し沈黙。
そして真優が聞く。
「最近どう?」
『忙しい』
「知ってる」
『そっちは?』
「爆発してる」
『まだ?』
二人とも笑った。
久しぶりだった。
昔みたいに笑うのは。
数分。
たった数分。
それでも楽しかった。
電話を切る前。
真優が言った。
「また会おう」
美優は少し黙った。
そして答える。
『うん』
「絶対」
『絶対』
電話が切れる。
静かな夜。
東京とパリ。
距離は何千キロも離れている。
それでも。
二人を繋ぐものは消えていなかった。
ただ。
少しずつ。
それぞれの世界が大きくなっているだけだった。
そして運命は。
再び二人を交差させる準備を始めていた。
第33話 完




