第30話 「パリ」
パリ。
飛行機が着陸した瞬間、玲美愛が窓に張り付いた。
「着いた……」
「本当に着いた……」
「パリだ……」
真衣が冷静に荷物をまとめる。
「まずは入国です」
「分かってるけど!」
「感動する時間くらいください!」
隣で玲美菜も窓の外を見ていた。
初めて見るヨーロッパ。
初めて見る街並み。
初めて感じる空気。
「なんか……」
「東京と違いますね」
真優が微笑む。
「違うよ」
「街そのものが歴史だから」
美優は静かに聞いていた。
空港を出る。
外の空気は少し乾いていた。
車でホテルへ向かう。
窓の外には石造りの建物。
カフェ。
美術館。
広場。
どこを見ても絵画みたいだった。
玲美愛が写真を撮り続ける。
「全部オシャレなんだけど!」
真衣が言う。
「その感想は予想してました」
真優が笑う。
久しぶりに、仕事以外の空気が流れていた。
しかし。
ホテル到着後。
空気は変わる。
ロビーで待っていたのは現地スタッフだった。
「Welcome to Paris.」
英語。
フランス語。
複数の言語が飛び交う。
会議室へ案内される。
そこには海外ブランド関係者。
メディア担当。
イベント責任者。
十数人が座っていた。
美優たちが入る。
一瞬。
視線が集まる。
真優はその空気を感じた。
(見られてる)
日本では慣れている。
でも違う。
ここでは。
「日本で成功した人たち」
ではなく。
「世界で通用するか試される人たち」
だった。
会議が始まる。
現地責任者が話す。
「M&Mは非常に興味深いブランドです」
「ですが」
空気が少し変わる。
「パリは結果主義です」
誰も笑わない。
「経歴も話題性も関係ありません」
「評価されるのは作品だけです」
静寂。
玲美菜が少し緊張する。
玲美愛も表情が真面目になる。
しかし。
美優は静かだった。
責任者が続ける。
「もし評価されなければ」
「パリでは一瞬で忘れられます」
真優が横を見る。
美優は少しだけ笑った。
「それでいいです」
会議室が静かになる。
美優は続ける。
「評価されないなら、それが実力です」
「だから来ました」
通訳が訳す。
数秒。
責任者が笑った。
初めてだった。
「Interesting.」
興味深い。
その言葉が返ってくる。
会議終了後。
ホテルへ戻る途中。
玲美愛が息を吐く。
「寿命縮んだ……」
真衣が頷く。
「かなり厳しかったですね」
玲美菜も緊張が残っている。
「パリ怖いです……」
真優が苦笑する。
「私もちょっと怖い」
全員が驚く。
「真優さんでも?」
「そりゃね」
真優は笑う。
「怖くない人なんていないよ」
そのとき。
玲美愛が美優を見る。
「美優は?」
「怖くないの?」
全員の視線。
美優は少し考える。
そして言った。
「怖いよ」
意外だった。
玲美菜も驚く。
「え?」
美優は窓の外を見る。
夕暮れのパリ。
オレンジ色の街。
「でも」
静かに続ける。
「怖い場所じゃないと」
「来た意味ないから」
誰も言葉を返せなかった。
その夜。
ホテルの部屋。
真優は一人で資料を見ていた。
明後日。
M&Mの海外初プレゼン。
世界への最初の挑戦。
失敗する可能性もある。
成功する可能性もある。
分からない。
しかし。
スマホにメッセージが届く。
美優からだった。
『寝てる?』
真優は少し笑う。
『起きてる』
数秒後。
『私も』
それだけ。
でも。
なぜか少し安心した。
窓の外。
パリの夜景が輝いている。
そして。
世界への本当の挑戦は。
まだ始まったばかりだった。
第30話 完




