第29話 「パリへの招待」
M&M本社の朝は早い。
ガラス張りの会議室には、美優、真優、玲美愛、真衣、玲美菜が集まっていた。
机の中央には一通のメールが映し出されている。
誰も軽々しく口を開けない。
そのメールの差出人を見れば、その理由はすぐに分かった。
パリ。
世界のファッション業界の中心地。
そして。
M&Mに届いた正式招待状だった。
「……本物なんですよね?」
玲美菜が小さな声で聞く。
真衣が静かに頷く。
「確認済みです」
「公式ルートです」
「冗談じゃありません」
玲美愛が頭を抱える。
「いやいやいや」
「早すぎるって」
「設立して何か月だと思ってるの」
真優も資料を見ながら苦笑する。
「私も同じこと思った」
「普通なら数年かかる」
しかし。
美優だけは落ち着いていた。
資料を閉じる。
そして一言。
「行こう」
沈黙。
玲美愛が即座に反応する。
「いや、もっと悩もうよ!」
「普通そういうのってあるでしょ!」
美優は首を傾げる。
「行かない理由ある?」
「あるよ!」
玲美愛が立ち上がる。
「めちゃくちゃある!」
「言葉!」
「文化!」
「海外!」
「プレッシャー!」
会議室に少し笑いが起きる。
真優が言う。
「でも」
「チャンスなのは間違いない」
真衣も続ける。
「日本で評価されるのと」
「世界で評価されるのは別です」
「避けて通れません」
玲美菜が恐る恐る言う。
「もし失敗したら……」
美優が答える。
「失敗する」
全員が見る。
美優は続ける。
「たぶん何回も」
真優が少し笑う。
「それ言う?」
「言う」
美優は頷く。
「世界なんだから」
「最初から完璧なんて無理」
その言葉で空気が少し軽くなる。
会議は続いた。
スケジュール。
予算。
渡航準備。
海外向けプロモーション。
翻訳チーム。
現地スタッフ。
考えることは山ほどある。
そして会議終了後。
窓際。
真優が外を見ていた。
東京の街。
見慣れた景色。
美優が隣に来る。
「不安?」
真優は少し考える。
「ある」
即答だった。
「映画とは違うから」
「映画は私個人」
「でも今回は会社」
「みんながいる」
美優は黙って聞く。
真優が続ける。
「私が失敗したら」
「私だけじゃ済まない」
しばらく沈黙。
すると美優が言った。
「じゃあ一緒に失敗しよう」
真優が吹き出す。
「なんでそうなるの」
「だって会社だから」
「成功も共有」
「失敗も共有」
真優は呆れたように笑った。
「それ経営者の発言としてどうなの」
「本音」
二人は少しだけ笑った。
数日後。
出発の日。
空港。
M&Mチームは全員揃っていた。
玲美菜は緊張で顔が固い。
玲美愛は朝から騒いでいる。
「パリだよ!?」
「本当にパリだよ!?」
真衣が言う。
「五回目なので落ち着いてください」
「五回目!?」
「なんでそんな慣れてるの!?」
空港でまた笑いが起きる。
そんな中。
美優は搭乗口の前に立っていた。
少しだけ空を見上げる。
日本。
東京。
ここから始まった。
モデルだった頃。
撮影現場。
ブランド立ち上げ。
会社設立。
全部が繋がっている。
真優が横に来る。
「何考えてるの?」
美優は少し考える。
「別に」
「嘘」
真優は笑う。
「絶対何か考えてた」
美優は肩をすくめる。
「ただ」
「ここまで来たんだなって」
真優も静かになる。
そして言った。
「まだ途中だけどね」
美優は頷く。
「うん」
「まだ途中」
搭乗開始のアナウンス。
スタッフが動き始める。
M&Mチームも歩き出す。
パリ。
世界。
その言葉は昔よりずっと現実的になっていた。
飛行機の中。
玲美菜は窓際で外を見ている。
玲美愛は機内誌を読んでいる。
真衣はノートPCで仕事。
真優は資料を確認。
そして美優は目を閉じていた。
眠っているわけではない。
考えている。
M&Mはどこまで行けるのか。
世界は受け入れてくれるのか。
それとも。
想像以上に厳しい場所なのか。
分からない。
でも。
不思議と怖くはなかった。
飛行機は雲の上を進む。
東京から遠ざかり。
世界へ近づいていく。
そして誰もまだ知らない。
パリで待っている出会いが。
M&Mの未来を大きく変えることになるのを。
美優も。
真優も。
まだ知らなかった。
第29話 完




