第17話 『同じ温度』
撮影前日。
都内スタジオの控え室は、静かすぎるくらい静かだった。
ハンガーに並ぶ未発売のサンプル服。
白と黒と、わずかなベージュ。
その中心にいる二人だけが、少しだけ浮いている。
美優と真優。
仕事としては成立している。
でも、空気はまだ“仲直り前”のままだった。
スタッフが一度退室する。
ドアが閉まった瞬間、沈黙が落ちる。
真優が先に口を開いた。
「理由、さ」
美優は椅子に座ったまま視線を上げる。
「まだ気にしてる?」
「気にしてるというか……確認したいだけ」
真優は少しだけ目を細める。
「本当に、私でよかった?」
美優はすぐに答えない。
数秒、天井を見る。
それから小さく笑う。
「まだそれ言うんだ」
真優は視線を外さない。
逃げない顔だった。
美優はゆっくり立ち上がる。
真優の前に歩く。
距離は、1メートルもない。
「真優ってさ」
静かに言う。
「いつも“意味”とか“立場”とか気にするじゃん」
真優は黙って聞く。
「でも私、それどうでもよくて」
一拍。
「一番最初に思ったのは、“この人なら対等にぶつかれるな”ってだけ」
真優の目が少しだけ揺れる。
「対等?」
「うん」
美優は頷く。
「モデルでも俳優でもなくて、“ちゃんと同じ高さで喋れる人”」
少しだけ笑う。
「正直、それって今までいなかった」
真優は視線を落とす。
数秒。
それから、ふっと息を吐く。
「……それ、ずるい」
美優は首をかしげる。
「何が?」
真優は少しだけ苦笑する。
「ちゃんと納得できる理由なのに、悔しい」
沈黙。
でも、さっきまでの“距離のある沈黙”じゃない。
少し柔らかい空気。
真優が言う。
「私もさ」
視線を上げる。
「最初は、ただの仕事だと思ってた」
一拍。
「でも今は違う」
美優は黙って聞く。
真優は続ける。
「美優って、“作る側”になっても、ちゃんと前に出てくるじゃん」
「逃げないというか、責任の取り方が変」
少しだけ笑う。
「それ、ムカつくけど……嫌いじゃない」
美優は小さく吹き出す。
「それ褒めてる?」
「半分くらい」
沈黙のあと。
真優が一歩だけ近づく。
「じゃあさ」
「仲直りってことでいい?」
美優は少しだけ目を細める。
「今さら?」
真優は肩をすくめる。
「今さら」
美優は軽く手を差し出す。
真優は一瞬だけ見て、それから握る。
強くもなく、弱くもなく。
ちょうどいい力。
その瞬間。
“仕事の関係”が、少しだけ変わる音がした。
真優が小さく言う。
「明日、負けないから」
美優は笑う。
「それは私のセリフ」
控え室のドアが開く。
スタッフの声。
「準備入ります!」
二人は同時に手を離す。
でも、さっきまでとは違う距離だった。
第17話 完




