第16話『理由』
東京・ブランドオフィス。
朝から会議室の空気は重かった。
テーブルの中央に置かれた一枚の資料。
そこにはただ一行だけ書かれている。
《キャンペーン出演:武田真優(条件付き承諾)》
その“条件”は、まだ未解決のままだった。
美優は資料を指で軽く叩く。
「理由、か……」
プロデューサーが言う。
「正直、そこを曖昧にすると今回の企画、全部弱くなります」
マネージャーも頷く。
「“有名だから”じゃダメです。“美優が選んだ理由”が必要です」
空気が静かになる。
美優は少しだけ視線を落とす。
(理由なんて、後付けでいいはずなのに)
でも真優は、そういうのを一番嫌うタイプだ。
その夜。
美優は一人で、サンプルの服を並べていた。
まだ完成していないブランド。
まだ“世界に出ていない自分”。
スマホが鳴る。
真優から。
『理由、まだ?』
短い。
逃げ道のない一言。
美優はすぐには返せなかった。
数分後。
ようやく打ち始める。
『理由ってさ』
一度止める。
消す。
また打つ。
『真優なら、ちゃんと“意味”を作れる人だから』
送信。
すぐ既読。
しかし、返信はない。
翌日。
オンラインミーティング。
真優は画面越しに静かに座っている。
「理由、読みました」
それだけ言う。
美優はうなずく。
「どう思った?」
真優は少しだけ間を置く。
「悪くない。でも弱い」
即答だった。
プロデューサーが少し息を飲む。
真優は続ける。
「“意味を作れる人”って、便利な言い方です。逃げにもなる」
美優は黙る。
鋭い。
でも、間違っていない。
真優は画面越しにまっすぐ見る。
「本当の理由は?」
沈黙。
美優は椅子にもたれ、天井を見る。
少し笑う。
「……面倒くさいな」
その言葉のあと、視線を戻す。
「理由なんてさ」
一拍置く。
「真優が“同じ場所に立ってる人間だから”だよ」
画面の向こうの真優の目が、少しだけ動く。
プロデューサーもマネージャーも何も言わない。
美優は続ける。
「トップに近いとか、才能とかじゃなくて」
「今のままだと、交わらないから」
静かに、はっきり言う。
数秒の沈黙。
真優が小さく息を吐く。
「それ、理由としては一番正直」
少しだけ視線を外す。
「じゃあ、受けます」
プロデューサーがすぐに反応する。
「正式決定でいいですね」
真優は頷く。
「ただし」
視線が戻る。
「撮影では、手加減しません」
美優は笑う。
「それはこっちのセリフ」
会議が終わったあと。
画面が切れる直前、真優が一瞬だけ言う。
「……ちゃんと選んだね」
その言葉は、確認でも挑発でもなく。
少しだけ、安心の混じった声だった。
美優は画面が消えたあと、しばらく動かない。
そして小さく言う。
「選んだっていうか……もう逃げられなかっただけ」
窓の外では、東京の朝が始まっていた。
第16話 完




