第14話『名前のないブランド』
――日本・東京。
美優は、真っ白な会議室にいた。
机の上には、まだロゴも決まっていない資料。
空気は、いつもの撮影現場とはまったく違う。
「この度、美優さんには新ブランドの“監修”ではなく“立ち上げ”をお願いしたいと思っています」
プロデューサーの言葉に、美優は一瞬固まる。
「立ち上げ……?」
数秒の沈黙。
続けて資料が差し出される。
『MIYU ORIGINAL APPAREL PROJECT』
美優はゆっくりページをめくる。
そこには、まだ形のない服のデザイン案が並んでいた。
「モデルじゃなくて……作る側?」
思わず聞くと、プロデューサーは頷く。
「はい。“CMに出る人”から、“ブランドを持つ人”へです」
美優はしばらく黙る。
頭の中で、何かが静かに切り替わる感覚があった。
(これ、今までと違う)
その夜。
自宅。
机の上にはデザイン案が広がっている。
シンプルな服。
派手ではない色。
でも、どこか“美優らしい”空気がある。
スマホが鳴る。
スマホが鳴る。
メッセージ。
『武田真優:映画どう?』
武田真優からだった。
美優は少し考えてから返す。
『今ね、ブランド始めることになった』
数秒で既読。
すぐに返信。
『ブランド?』
『うん。服』
短い沈黙。
画面の向こうの真優の顔が、少しだけ想像できる。
真優の返信。
『すごいね、それ』
美優は少し笑う。
でも、その笑いはすぐに消える。
(すごい、で終わる話じゃないんだよね)
翌日。
会議室。
スタッフが説明する。
「このブランドは、“美優の名前そのもの”を商品価値にします」
「つまり、本人そのものがブランドです」
美優はその言葉を聞いて、少しだけ息を止める。
(私そのもの)
サンプルの服を手に取る。
軽い。
でも、重い。
「これってさ」
美優が言う。
「失敗したら、全部私のせいになるってこと?」
誰もすぐに否定しない。
少し間が空いて、プロデューサーが言う。
「はい。でも成功しても、全部あなたのものです」
その言葉に、美優は少しだけ笑う。
「わりと極端だね」
夜。
一人でショーウィンドウを見て歩く。
まだ世の中に存在しない自分のブランド。
でも、頭の中ではもう“現実”になっている。
スマホが鳴る。
また真優から。
『映画、順調?』
美優は少しだけ止まる。
返信を書く。
『順調っていうか、新しいこと始まった感じ』
送信。
すぐに既読。
でも、返事はすぐには来ない。
美優は空を見上げる。
「もうさ」
小さくつぶやく。
「同じ仕事してないよね、私たち」
その言葉には、寂しさでも誇りでもなく。
ただ事実としての重みだけがあった。
同じ頃。
海外。
武田真優は、映画のリハーサル資料を見ていた。
世界中の俳優の名前。
その中で、自分は“候補の一人”。
(美優はもう“作る側”か)
ふと、そう思う。
でもすぐに打ち消す。
(私はこっちの世界で戦ってる)
二人はもう、同じ舞台にはいない。
でも、どちらも“トップに近い場所”にいる。
その事実だけが、妙にリアルだった。
第14話 完




