第12話『同じ名前の、違う景色』
――ロサンゼルス・撮影後の夜。
撮影は無事に終わったはずだった。
世界同時公開のCMは成功し、現場は祝福ムードだった。
それなのに、空気だけが少しだけ重い。
スタジオ裏の駐車場。
武田真優は、一人で壁にもたれていた。
スマホは見ていない。
見ればまた、数字や評価が目に入る気がしたからだ。
その代わりに、頭の中に浮かぶのは一人の存在。
美優。
(同じはずだったのに)
その言葉だけが、何度も繰り返される。
足音が聞こえる。
振り向かなくても分かる。
「……真優」
美優だった。
数秒、沈黙。
どちらも最初の言葉が出ない。
先に口を開いたのは、美優だった。
「今日さ」
「うん」
「普通に良かったよね、私たちのCM」
軽い口調。
いつも通りの笑い方。
でも、少しだけ目が違った。
真優は少し間を置いてから言う。
「うん……すごい良かったと思う」
そこで止まる。
本当はそれ以上の言葉が出そうだった。
でも、飲み込んだ。
美優が真優を見つめる。
「でさ」
「うん」
「真優、今どう思ってる?」
その質問は、逃げ場がなかった。
真優は少しだけ視線を落とす。
「……どうって?」
「私のこと」
静か。
風の音だけが聞こえる。
真優はゆっくり言う。
「すごいと思ってる」
「それだけ?」
美優の声は、少しだけ鋭くなる。
真優は一瞬黙る。
そして、正直に言う。
「……ちょっと、悔しい」
その言葉に、美優は少しだけ目を見開く。
真優は続ける。
「同じスタートだったのに」 「気づいたら、違う場所にいる感じがして」
「でも、それが悪いってわけじゃなくて……」
言葉がまとまらない。
美優が小さく息を吐く。
「私もさ」
真優を見る。
「真優のこと、すごいと思ってる」
真優は少し驚く。
美優は続ける。
「世界配信とかさ、正直まだ意味わかんない領域だし」
「でもさ……」
一瞬だけ間を置く。
「なんか、遠い」
その一言は、正直だった。
真優は少しだけ目を伏せる。
「やっぱりそう思うんだ」
美優はすぐに否定する。
「違う。バカにしてるとかじゃなくて」
「“届かない場所に行ってる感じ”」
沈黙。
二人の間に、初めてはっきりした距離が落ちる。
真優が小さく言う。
「それ、ちょっと怖いね」
美優も頷く。
「怖い」
でも、そのあと。
真優は少しだけ笑う。
「でもさ」
「うん?」
「それでも、同じ場所にいた時間は消えないよね」
美優は少し黙る。
そして小さく笑う。
「それは……消えない」
数秒の沈黙のあと、美優が言う。
「じゃあさ」
「うん」
「今の私たちって、何?」
真優は少し考える。
そして答える。
「ライバル……じゃなくて」
「……途中の友達?」
美優は一瞬だけ笑う。
「なにそれ、曖昧すぎ」
でも、その笑いは柔らかかった。
遠くで車のエンジン音がする。
世界は変わり続けている。
でもこの場所だけは、少しだけ時間が止まっていた。
美優がぽつりと言う。
「私さ」
「うん」
「真優に負けてるって思いたくないけど」
「でも、真優がすごいのも分かる」
真優も同じように言う。
「私も」
「美優に追いつけてないって思いたくないけど」 「すごいのは分かる」
二人は同時に少しだけ笑う。
「めんどくさい関係だね」
美優が言う。
真優が答える。
「ほんとにね」
でも、その“めんどくささ”が、今の二人の関係そのものだった。
遠くの夜景の中で、二つの影が並ぶ。
同じ方向を向いていない。
でも、完全に離れてもいない。
まだ名前のついていない関係のまま。
二人は、次のステージへ進もうとしていた。
第12話 完




