第5話『すれ違う成功』
――海外・イベント会場裏。
武田真優は、リハーサル後の控室で一息ついていた。
まだ手の震えが少し残っている。
けれど、さっきより確実に“場”に慣れ始めていた。
その時、スタッフが差し出したタブレットにニュース通知が表示される。
「日本の人気若手女優、美優がCM業界で急成長」
真優は何気なく画面を見る。
「……美優?」
小さくつぶやく。
記事には、笑顔でCMに出演する美優の姿。
明るい表情。
自然な存在感。
そして「CM女王候補」という見出し。
真優は少しだけ目を細めた。
「すご……」
純粋な驚きだった。
でも同時に、胸の奥にわずかな“距離”を感じる。
その頃、日本。
撮影スタジオ。
美優は新しいCM撮影の準備中だった。
メイクを直されながら、マネージャーと話している。
「次、また大型案件決まりそうです」
「え、まだ増えるの?」
「むしろ今が序盤です」
美優は苦笑する。
「序盤って何……」
その日も撮影は順調だった。
監督がうなる。
「美優ちゃん、今日一番いいね」
「ほんとですか?」
「うん。もう“完成しつつある顔”だよ」
その言葉に、美優は一瞬だけ黙る。
完成。
その言葉は、どこか引っかかった。
夜。
美優は帰りの車の中でスマホを見ていた。
真優からのメッセージはまだ既読のまま。
美優は少しだけ考えてから返信する。
『こっち、かなり順調』
そして少し迷って、もう一文。
『でもさ、なんか遠い感じする』
送信して、窓の外を見る。
東京の夜は明るいのに、なぜか少し静かに見えた。
同時刻。
海外のホテル。
武田真優はベッドの上でスマホを見ていた。
美優のニュース記事。
そして、自分とは違う場所で進んでいる現実。
「CM女王候補……」
声に出すと、少しだけ実感が湧く。
でも、その一方で思う。
(私も今、世界の中にいるのに……)
同じ“成功”なのに、方向が違う。
翌日。
真優の現場。
エミリーが資料を広げながら言う。
「明日は本番イベントです。世界配信もされます」
「……世界配信」
真優はその言葉をゆっくり繰り返す。
エミリーは続ける。
「あなたの名前は、さらに広がります」
その言葉に、真優は少しだけ頷く。
夜。
真優はホテルの窓から街を見下ろしていた。
日本とは違う夜景。
でも、ふと頭に浮かぶのは日本の友達のことだった。
(美優、すごいな)
素直な気持ち。
でも、その後に小さくもう一つ思う。
(同じ場所にいないのに、競争みたいだな)
その瞬間、自分でも少し驚く。
競争ではないはずなのに。
でも――
世界に出るということは、そういうことなのかもしれなかった。
スマホが鳴る。
美優からのメッセージ。
『海外どう?』
真優は少し笑って返す。
『こっちは世界配信イベント前』
少し間を置いて続ける。
『そっちもすごいらしいね』
すぐに既読がつく。
だが返信は来ない。
画面を見つめたまま、真優はつぶやく。
「……置いてかれてるわけじゃないよね」
その声は、誰にも届かない。
でも確かに、そこにあった。
一方、日本。
美優はスマホを握ったまま、画面を見ていた。
返信はできないまま。
ただ一言だけ浮かぶ。
(真優も、すごいところにいる)
でもそれを言葉にするのは、少しだけ怖かった。
二人は同じ場所に立っているようで、少しずつ離れていく。
それでも、それぞれの道は確かに“上”へ伸びていた。
そしてまだ誰も知らない。
このすれ違いが、やがて――大きな交差点になることを。
第5話 完




