第89話「ノミネート」
六月某日。
アフレコ終了後。
スタジオにはどこか落ち着いた空気が流れていた。
第二期の収録も中盤。
現場の連携は完成しつつある。
監督のOKも増えた。
スタッフの表情も明るい。
順調だった。
その時。
マネージャーが慌てた様子でスタジオへ入ってきた。
「みんな!」
キャストたちが振り返る。
「大変!」
真優 「何ですか?」
美優 「トラブル?」
葵 「機材故障?」
玲奈 「台本変更?」
マネージャーは首を振った。
そして。
スマホを掲げる。
「ノミネートされた!」
一瞬。
意味が分からなかった。
「……え?」
真優が聞き返す。
マネージャーは興奮していた。
「声優アワード新人賞!」
空気が止まる。
数秒後。
「えぇぇぇぇぇ!?」
スタジオが揺れた。
―――
国内最大級の新人声優賞。
毎年注目される賞。
受賞者は一気に知名度が上がる。
新人なら誰もが憧れる舞台。
その候補者が発表された。
真優。
美優。
葵。
玲奈。
四人全員。
同時ノミネートだった。
監督も驚いていた。
「全員か……」
スタッフたちもざわつく。
快挙だった。
作品としても異例。
真優はまだ実感が湧かない。
「私が?」
美優も同じだった。
「信じられない」
玲奈はスマホ画面を見つめている。
葵は静かだった。
だが。
その瞳は揺れていた。
―――
帰り道。
四人は駅まで歩いていた。
誰もが少し浮ついている。
それほど大きな出来事だった。
真優が笑う。
「すごいね」
美優 「うん」
玲奈 「そうですね」
葵 「……」
少しだけ沈黙。
そして。
葵が口を開く。
「でも」
三人が見る。
葵は前を向いたまま言った。
「受賞者は一人」
空気が変わる。
それが現実だった。
ノミネートは四人。
でも。
勝者は一人。
真優も。
美優も。
玲奈も。
言葉を失う。
葵は続ける。
「もちろん嬉しい」
「でも」
「負けたくない」
真っ直ぐな本音だった。
玲奈が小さく笑う。
「同感です」
美優も頷く。
「私も」
そして。
真優も笑った。
「じゃあ全員ライバルだね」
四人の視線が交わる。
今までもライバルだった。
でも。
今回は少し違う。
同じ賞を目指す。
同じ舞台を目指す。
本当の勝負だった。
―――
その夜。
真優は自室でスマホを見ていた。
SNS。
祝福のコメント。
応援メッセージ。
たくさん届いている。
嬉しい。
でも。
不思議と浮かれてはいなかった。
頭に浮かぶのは。
玲奈。
葵。
美優。
三人の顔。
強い。
本当に強い。
だからこそ。
負けたくない。
真優は机の上の台本を開いた。
まだ足りない。
もっと上へ。
もっと成長したい。
その想いが胸に灯る。
新人賞発表まで残り二か月。
四人の想いは。
少しずつ熱を帯び始めていた――。
第89話 完




